医学界新聞

 

QOLと経済性の両立めざす

日本疾病管理研究会設立


 さる6月4日,日本教育会館(千代田区)において,日本疾病管理研究会の設立記念シンポジウムが行われた。同会は日本における疾病管理(ディジーズ・マネジメント;Disease Management 以下,DM)のあり方を検討すべく,2003年より活動を続けていたもので,今回正式に研究会として発足した。シンポジウムでは,会長に就任した開原成允氏(国際医療福祉大)の挨拶のほか,各理事と海外からのゲストによるディスカッションが交わされた。


オープンな議論の場として

 設立の挨拶に立った開原氏はまず,本研究会を一部の企業や研究者を対象とした閉じたものとするのではなく,できる限りオープンなものにしたいと述べ,開原氏の考えるDMの概要と,研究会の目的について紹介した。

 DMが日本で定着するためには,いくつかのハードルがある。まず,DMは個人ではなく集団を対象として扱うため,医療の標準化を必然的に求めることになるが,これは,医師の裁量権を大きく認めてきた日本の医療制度と対立すると考える人は少なくない。またもう1つは経済性が医療に持ち込まれることによって,医療職以外の人が医療に介入することへの抵抗感である。

 これらの点から,日本でDMが定着するかどうかはいまだ未知数といえるが,開原氏は結核に対する本邦での取り組みを「日本で過去に行われたDMの成功例」として引用。この会がオープンな議論の場を提供し続けることで,かつての結核医療に匹敵するような成果をあげるDMを確立していきたいと抱負を述べた。

「2つの脅威」に対抗

 招待講演「世界的な2つの脅威への挑戦――慢性疾患と肥満」では,国際疾病管理連盟(IDMA)会長のWarren E.Todd氏が,世界各国の疾病管理の現状と展望,さらには日本でのDMの可能性について述べた。

 Todd氏はまず,世界的に保険医療制度を危機に陥れている問題として,慢性疾患と肥満という,「2つの脅威」を指摘。高齢化と慢性疾患は「今,足下にある脅威」として存在しているのに対し,若い世代の肥満は,今のところ保険医療制度に直接の影響を及ぼすには至っていない。しかし,若い世代の肥満者が近い将来,大量の慢性疾患患者となることは容易に予想される。よって,これら2つの脅威に並行的に対応することが,世界各国の保険医療制度運営上,深刻な課題となっていると解説した。

まずは機能するプログラムを

 では,DMはこうした困難な課題に対し,どのような貢献ができるのか。

 DMは,主に糖尿病などの慢性疾患を対象とし,病状悪化・合併症の発生を防止することを目的とした医療マネジメントシステムと定義されている。しかしTodd氏は,現在世界各国で取り組まれているDMのすべてが,こうした定義を満たしてはいないと指摘。混乱を来したドイツにおけるDMの例を紹介した。

 ドイツでは,DMを導入した際に,既存の保険医療制度に,DMプログラムを無理に適合させようとしたことが問題となった。DMの導入においては,まず目的に対して機能する可能性の最も高いプログラムをデザインすることが先決であり,既存の保険制度との整合性については,そうしたプログラムが説得力のある結果を示す中で,確保されていくだろうと述べた。

 DMがめざすところは,コストの抑制とサービスの質(=治療効果,患者QOL)の向上を同時に実現することであり,米国では患者アウトカムとしてはもちろん,医療資源の効率的配分や,ヘルスケアビジネスの新たなモデルとして評価が高まっている。

 もともとヘルスシステムに営利企業が入り込んでいた米国と,皆保険が浸透している日本では背景が異なるが,利益とアウトカムを継続的に出すプログラムをデザインすることができれば,日本においてもDMが機能しうるとTodd氏は解説した。

世界各国のDMと今後の展開

 慢性疾患と肥満による保険医療費増大という課題は世界的なものであり,米国においてこの抑制に一定の成果をあげているDMには,各国が注目している。

 Todd氏によれば,オーストラリアでは初期プログラムに相当の資金が投入され,公的医療部門ではDMが「主流」を占めつつあるという。また,もともと優れた公衆衛生システムを持っていたシンガポールも成果をあげており,英国,南アフリカ,ブラジル,アルゼンチン,インド,スペインなども,取り組みを始めていると紹介した。

 最後にTodd氏は,DMの推進に重要ないくつかのポイントについて言及。テクノロジーの発展や各種の疾患予測モデル,行動変容プログラム,医療者-患者間のインタラクティブなデータシステムなどが,今後DMが世界的な展開を果たす際の大きな武器となるだろうという見通しを述べた。

患者の声に応えるDMのあり方

 この日は「疾病管理とは」「わが国における疾病管理の展望」の2部に分けてパネルディスカッションが行われた。

 Gregg L. Mayer氏(Gregg. Mayer & Company)は,「自分にどのような治療がなされているのかわからない」「自分の担当医の言葉を信頼してよいのかわからない」といった不安に満ちた患者の声を紹介。DMは,そういった患者の声に応える救世主となりうること,また,日本においてDMを展開していく場合には,患者の疾病情報を網羅的に把握している健康保険組合の協力が不可欠であろうという見解を述べた。

 川井真氏(JA共済総研)は,近代における社会保障史の中で,DMを位置づけることを試みた。川井氏によれば,疾病構造が変化する中で今,健全で,持続可能な制度を求めるならDMは重要な視点となると述べたうえで,最終的には地域単位での患者本位の医療制度を実現する方向に,その発想を活用していきたいとした。

日本版DMは一次予防を中心に

 一方,島崎謙治氏(国立社会保障・人口問題研究所)は,DM導入を検討するのであれば,その定義をきちんと議論すべきだと述べた。アメリカでのDM実践を簡単に振り返った氏は,アメリカのDMは必ずしも疾病予防を中心に据えたものではなかったことを指摘。「疾患の特性からも,医療費の抑制の観点からも,日本でDMを適用すべき対象はメタボリックシンドロームを中心とする生活習慣病に焦点化すべき」と述べた。

 この点については,田城孝雄氏(順大)も同様に「日本版DMは,一次予防中心になるだろう」と予測。二次医療圏,あるいは介護保険と同様に小学校区ごとに,地域連携パスを構築し,地域内で情報と治療方針を共有していくというプランを提案した。

 また,長谷川均氏(医療法人真正会)も,自施設での「地域に開かれた病院づくり」の取り組みを紹介し,患者,医療者はもちろんのこと,保険者,国,地方自治体も含めた,すべての参加者が「WIN,WIN,WIN」の関係をめざすことが大切と述べた。

 ディスカッションでは,会場から多くの意見が寄せられた。特に,「いかがわしい,ビジネス本位の業者が登場したらどうするのか。自然淘汰にまかせるとしても,淘汰されるまでの間に被害を受ける患者が存在する。また,そういったいかがわしい業者によって,DM全般の信頼が低下するかもしれない」という指摘に対しては,座長を努めた須磨忠昭氏(メディアーク経営研究所)が,「本会が認定・管理するような形に持っていきたい」と返答。他の理事からも,「まだ前段階」としながらも,基本的な方向性として研究会が日本におけるDMのあり方をコントロールしていく方針を確認した。