医学界新聞

 

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第6回〉
組織のミッション

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

組織文化と理念ほど 大切な要素はない

 サービス組織のフロントラインで顧客に接する場面を重視し,「真実の瞬間」という概念を初めに作ったとされるリチャード・ノーマンは,次のように説明している(サービス・マネジメント/近藤隆雄訳.279-285頁,NTT出版,1993年)。

 「企業におけるサービス活動の分析は,顧客が品質を認知する,顧客と企業との接触場面,つまり真実の瞬間から始めなければならないことを再び強調しておこう。人対人との相互作用を含むサービス企業の主要な目標は,顧客との接触において良好な社会的ダイナミクスを作り上げることでなければならない。それによって,提供されたサービスと顧客は相互に強化し合うシステムを形成することができる」

 この真実の瞬間は「ミクロの循環」とされ,良質な行動が良質の行動を生むという「良い循環」となる。その結果,強力な市場での位置づけ,良好な経済的成果,そしてうまく機能しているサービス・マネジメント・システムといった「良いマクロの循環」をもたらすと指摘している。

 さらに,内部的な風土と優れたサービス活動に必要な卓越性との調和を導く,もうひとつの「良い循環」を強調し,それを「内部的サービス循環」としている。つまり「サービス企業が成功の条件を備えるには,トップ経営陣からすべての段階を経て,真実の瞬間に至るまで,組織の全体が“単一の原理”によって貫かれているような状態にもっていかねばならないということである」とし,サービス・マネジメント・システムの5つの要素の中心に「組織文化と理念」を置いている。

 組織文化と理念は,顧客へのサービスとデリバリーを生み出す社会過程を統制し,維持し,発展させる諸原理を包含する。優れたサービス・デリバリー・システムと適切なサービスコンセプトが作り上げられれば,企業がよって立つ価値観やエトスが形づくられるのであり,組織の活性化には「組織文化と理念ほど大切な要素はない」(86頁)と述べている。

組織のミッションは 機能しているか

 昨今,病院機能評価の受審に伴って,病院職員は,それまでほとんど関心のなかった自院の理念を,例えば理念カードなどにして携行し,時に暗記しておくよう求められる。このような強制は,理念が組織の価値や存在理由,方向性を再び職員に喚起することとなった。職員が自らの組織理念に覚醒することは,実際の組織運営や提供されるサービスが組織理念と矛盾がないかどうかを吟味することとなる。

 リチャード・ノーマンは,「ある係員が顧客との関係においてある基準とある種の行動パターンをとっているとき,管理者や監督者から異なった反対の種類の行動によって接せられ,扱われると,この係員は相反する矛盾した状況におかれることになって,自分の行動パターンを続けることができなくなる」とし,その結果,「彼がぶつかる強力な行動基準との不調和を減らすためにこの従業員は自分の行動を変えてしまう」と述べている。

 JR宝塚線(福知山線)で脱線事故を起こした運転士は,運転の「安全性」よりも「懲罰的で不合理な日勤教育」からの逃避を,同乗していたJR西日本の社員も,人命の救助より,遅れずに出勤するという行動を選択した。

 私は再び,良い「内部的サービス循環」とは,従業員に対して企業が良いサービスに則した行動を示し,従業員間で良いサービス規範の内面化が循環されることであることを認識するに至った。「人間性尊重の立場に立って,労使相互信頼のもと,基幹事業としての鉄道の活性化に努めるとともに,地域に愛され共に繁栄する総合サービス企業となることを目指し,わが国のリーディングカンパニーとして,社会・経済・文化の発展,向上に貢献します」というJR西日本の「経営理念」が真に機能するように,管理者は組織全体を点検しておくべきだった。

 これを他山の石として,組織の管理者は,組織のミッションにもとづいて,組織が機能しているかどうかを点検し,良い「内部的サービス循環」を促進しなければならない。

次回につづく