医学界新聞

 

書を持って海に出よう

夏の読書特集
看護学生のために選ぶ,この3冊


 実習や講義に明け暮れた看護学生の皆さんも,夏休みになればほっと一息。看護師としての将来を考えたり,看護や人間について深く考えて“アート”の感性を磨く絶好の機会ではないでしょうか。

 弊紙では,「(海もいいけど)この本はぜひ読んでみてほしい」という書籍を3冊ずつ,各方面で活躍中の先生方にお寄せいただきました。未来を担う看護学生の皆さんが,この夏,大切な本と出会えることを願っています。


角田直枝
日本訪問看護振興財団
(認定看護師教育課程/訪問看護学科主任教員)

(1)山崎章郎
  『病院で死ぬということ』(文春文庫)
(2)中島みち
  『がん・奇跡のごとく』(文春文庫)
(3)梨木香歩
  『エンジェル・エンジェル・エンジェル』(新潮文庫)


 (1)は映画にもなった有名な本だけど,1990年出版だから皆さんは知らないかも。でもここに書かれていることは今もどこかで起きているかもしれない。皆さんが実習で出会う終末期の患者さんはどうですか? 終末期医療はこの15年前でとても変わりました。著者の山崎先生が,この後ホスピスに行かれて,今は新しい地域ケア作りに関わっておられるのも時代を反映している。その「地域まるごとホスピス構想」は今からとても楽しみ。私も在宅での看取りからたくさんのことを教えられたし,訪問看護をやって本当によかった。ねえ,あなたもいつか一緒に在宅ケアしましょう。

 (2)は,がんの長期生存者の闘いの記録。病気を経験してもっと豊かになっていく患者さんが登場します。この本を読むと,ひとりのナースは,患者さんの人生のほんの一部にしか関わらないということが良くわかる。でも,患者さんの生活の,どこかで看護師が役に立てるならそれが嬉しい。そのためには,がんのことも,患者さんのことも,授業より勉強になる(!?)本書を読んでください。そして,何よりも冒頭に登場する素敵な先輩看護師さんに会いたくなります。

 (3)は,高校生コウコと介護が必要になった祖母さわちゃんの不思議な時間。夜間の介護を引き受ける条件で,コウコは熱帯魚を飼うことを許される。コウコからみた祖母,祖母がコウコに見せる一面……。大人がする介護より,意外とコウコの方が本質をついているのかも,なんて思う。よく考えれば少子高齢化なんだから,十代の若者が高齢者介護をする機会も増えるだろう。「介護は大変なもの」などと刷り込まれる前に,この本で介護をイメージすると,皆さんにもまったく違って見えますよ。マチガイナイ。


勝原裕美子
兵庫県立大学助教授
(看護システム学)

(1)ロバート・B・チャルディーニ
  『影響力の武器』(誠信書房)
(2)山岸俊男
 『心でっかちな日本人』日本経済新聞社)
(3)武井麻子
 『感情と看護』(医学書院)


 看護学生って,なんで“看護学生”って呼ばれるんだろう? “心理学生”や“経済学生”って言わないのにね。まあ,そんなことはどうでもいいのですが,愛読書,必読書の中から無理矢理3冊選ぶにあたって,ふと“影響”という言葉がキーワードとして浮かびました。看護の仕事って人の生死や生活に深く影響を及ぼす仕事だけど,同じくらい人から影響を受ける仕事だとも思うのです。そのことで成長もし,傷つきもします。これから紹介するのは,その“影響”について考える視座を与えてくれる3冊です。

 (1)は,人はなぜ影響を受けやすいのかについて,たくさんの日常的な例や,実験で明らかになった結果を示しながら説明しています。いつも教員の言うことを聞いてしまう,買うつもりのなかった水着をつい買ってしまったなど,どこにでもあるような現象が,この書を読めばすっきり理解できます。そして,今度はこの武器を使って,教員に私の意見を認めてもらう,欲しい水着をねぎって買うという行動に結びつけられそうな気になります。

 次も実験社会心理学者の本ですが,(2)は,日本人は“和”を尊ぶ集団主義だという従来の主張をくつがえす興味深い本です。この書では,本当の原因が別のところにあるのに,目につきやすい“心”に原因があると考えてしまうことを“心でっかち”と呼んでいます。例えば,社会にはいじめという現象があります。その原因は,いじめる人の心のすさみだとか,コンピューター社会がもたらす共感性の減少だとかという説明がまことしやかになされます。しかし,相手を思いやる心を持った人はいじめなどしないとか,コンピューター社会以前にはいじめはなかったという前提が問題だということに気づかないと,“心でっかち”の落とし穴にはまります。この本を読むと,自分の心でっかちさに唖然とさせられます。

 最後に紹介する(3)は,看護の仕事を再定義している衝撃的な本です。ホックシールドが著した『管理される心』の主題となっている感情労働という概念を使って,いかに看護が感情をコントロールすることを対価にしている仕事なのかが描写されています。患者さんの前ではニコニコしていなきゃいけないとか,患者を責めてはいけないとかという不文律についての理解が深まり,きっと目が覚めるような納得感が得られることと思います。


渋谷恵子
札幌市立高等看護学院教務主任
(基礎看護学)

(1)苅谷剛彦
 『知的複眼思考法』(講談社プラスアルファ文庫)
(2)武井麻子
 『感情と看護』(医学書院)
(3)寺本松野
 『きょう一日を』(日本看護協会出版会)


 看護学生の皆さん,毎日講義や臨地実習で疲労困憊なのではありませんか。そして,同世代の仲間に比べ,日々考えること・学ぶことの多さやその内容の深刻さに戸惑う毎日なのではないでしょうか。遠い昔になりましたが,看護学生時代,日暮れ時も講義を受けている教室の窓から,他学科の学生が楽しそうな笑い声を上げて帰宅する姿を,何度も羨ましく思ったことを今もはっきりと記憶しています。

 日頃,時間との競争でオーバーヒートしている心と頭を,夏休みはゆっくり寛いでリフレッシュしてくださいね。そこで,リフレッシュのお供に連れて行っていただきたいと願う本を,3冊ご紹介します。

 (1)は,個別的・状況的な看護場面で,根拠に基づいた実践を行う基盤となるクリティカルに思考する力を育てるのに役立つ本です。著者は「自分の頭で多面的に考える思考のノウハウ」をわかりやすく述べており,読みやすく理解しやすい本です。

 (2)で,著者は「看護は感情労働」であると述べ,これまで公に語られてこなかったが今もなお根強く存在する看護実践の感情的側面について語っています。将来,看護師という職業に就いた時に経験する,感情労働の側面を考える機会を与えてくれます。

 最後の(3)は,故・寺本松野さんの大変コンパクトな本です。でも,その中身は濃く,看護についてドキッとさせられるインパクトの強い本です。看護実践や看護観を揺さぶることばや勇気を与えてくれることばに溢れています。臨地実習での悩みに,新しい光(視点)を与えてくれる1冊です。

 少々大げさかもしれませんが,看護学生は未来の人類の幸福の担い手だと私は考えています。皆さんが,日々出会う困難にポジティブな意味を発見し成長され,未来の看護を牽引してくださることを願っています。看護学生に幸多かれ!! ファイト看護学生!!


鈴木浩子
豊島区保健福祉部
保健師

(1)木村元彦
 『誇り――ドラガン・ストイコビッチの軌跡』(集英社文庫)
(2)浅田次郎
 『椿山課長の七日間』(朝日新聞社)
(3)菊田まりこ
 『いつでも会える』(学習研究社)


 思い通りの人生を送ることができたらどれだけ幸せだろう。でも病気,障害,死などは思い通りの逆をいく出来事。そんな人生の困難さに向き合う看護という仕事を選んだ皆さんへ,ノンフィクションと,小説,絵本を1冊ずつ。

 (1)旧ユーゴスラビア出身のフットボールプレイヤー,ドラガン・ストイコビッチは18歳で国の代表に選ばれ,1990年,25歳で迎えたイタリア・ワールドカップでは衝撃の国際デビューを果たした。順当にいけば世界的名選手として活躍したであろう彼が,なぜサッカー後進国日本のJリーグへ来たのか。彼らユーゴスラビアの選手がなぜ長い間国際試合から締め出されたのか。理不尽な国際政治にプレーヤーとしての人生を翻弄されながらも誇りを持ちつづけ,妖精「ピクシー」と呼ばれピッチで輝いた,そして日本を愛する彼の半生をサッカーファン以外の方もぜひ。

 (2)さえない中年,椿山課長は激務から急逝するが,やり残したことを果たすために死後7日間だけ現世へ戻ることが許される。真面目に生き,平穏で幸せな人生だったはずなのに,舞い戻って知る予想外の現実。話は同時期に現世に戻った別の主人公2人とも交錯しながらすすむ。限られた時間の中,現世では正体を明かせない3人が最後にできることとは……。3人の主人公と彼らを取り巻く登場人物ひとりひとりの心情や事情,愛情が切ない。そして軽妙な描写には笑いながら泣けます。

 (3)小さな絵本です。誰もが大切だった誰かに出会えます。


中沢裕里
賛育会病院
助産師

(1)H・ヘッセ
 『デミアン』(岩波文庫)
(2)加島祥造
 『タオ――老子』(筑摩書房)
(3)フィリス・K.デイヴィス著,三砂ちづる訳
 『わたしにふれてください』(大和出版)


 思い出す限り,これといって大きな挫折を味わったということはない。しかし人並みに失敗や失恋をして悩んだことはある。そういう時に読んだ本の1行に励まされることが多かった。

 何度も開いたのは(1)だ。正直,読み通したのは一回きりである。しかし,くよくよしている時に「卵は世界である」「鳥は生まれる時,ひとつの世界を壊す」という一節を読むと,あと一歩を踏み出せないでいる自分は居心地のよい古い世界を捨てられないでいるからだと考えさせられたものだ。生きている限り破壊と再生を繰り返さねばならないのだったら,さっさと次の世界へ行くのがいいだろうと納得できた。

 最近はもっぱら(2)を好んで開く。老子を知ってから「上善如レ水」が座右の銘になった。「水善利二萬物一而不レ争」と続く。原文でもなんとなく意味は通じるだろうか。加島訳を読み「水のように生きる」ことを人生のテーマにしたいと心底感じた。強い動機もなく選んだ助産師という仕事であるが,「水の働き」はこの仕事に繋がる気がするのである。もし助産師になっていなければ,これらの言葉は心の琴線に触れ得なかったかもしれない。勝手な解釈だが老子に繋がり,今は大好きになったこの仕事を選べたことがとてもうれしい。

 『オニババ化する女たち』(光文社新書)という今年の新書のベストセラーがある。その風変わりな内容について,多くの場で議論を呼んだ。「オニババ」という言葉が一人歩きしてしまい,なんだか面白おかしく,時には怒りを孕んで取り上げられることが多かったが,著者の三砂さんが言いたかったことの本質は,(3)『わたしにふれてください』という小さな絵本の中にあると思う。ページを開くたびに鼻の奥がツーンとしてしまう。助産師という仕事の性格上,人に触れるという動作に特に意味づけすることはなかった。しかしこの詩を知り,どのような場面でも「この人はどんな気持ちで私の体温を感じているのだろう」と考えるようになった。

 人生は長いようでそれほど自由になる時間が持てるわけではない。本とゆっくり向き合える時間はそうそう作れない。しかし,本は望めばいつでも智恵をくれる賢い友人である。ぜひ「私にとっての賢い友人は,この本」といえるものを学生時代に見つけてほしい。


服部祥子
大阪人間科学大学教授
(精神医学)

(1)サン=テグジュペリ
 『星の王子さま』内藤濯訳(岩波少年文庫)
(2)マーガレット・ミッチェル
 『風と共に去りぬ』1・2(河出書房新社)
(3)ミッチ・アルボム
 『モリー先生との火曜日』(NHK出版)


 この本に感激しない人とは友だちになれないの,と言った人がいる。その本とは(1)『星の王子さま』。砂漠に一人不時着した飛行士が遠い小さな星から旅をしてきた王子さまに出会い別れてゆく物語。自身も飛行士で空を飛び,第二次大戦中帰らぬ人となった作者のサン=テグジュペリ。

 私は文章も好きだが作者の彩筆になる挿絵が大好き。王子さまもヒツジもキツネも,二本の線だけの砂漠の上にぽつんと一つ星のあるこの世で一番美しく一番悲しい景色かも。そして人間にとってあまりにも大切な事柄が何とさりげなく会話の中にちりばめられていることか。ほとんど惰性の中を生きている私たち大人の心を目覚めさせ,本来の自分や自分の可能性を思い出させてくれる魔法の力がこの本にはある。海辺で満天の星空を眺め,王子さまの星に咲くバラの花やヒツジのことを思ってみてはいかが。

 次いで小説の棚から一冊抜き出すとしたら(2)『風と共に去りぬ』。映画があまりに強烈な印象を残したので原作に手を伸ばしそびれている人がいたら,ぜひ読んでもらいたい。南北戦争当時の南部の農園地帯を舞台にした壮大なドラマで,登場人物4人の鮮やかな群像と綾なす心理描写は人を惹きつけずにはいない。

 中でもヒロインのスカーレットは情熱を傾けた激しい生き方を貫くが,最後に愛していることに気づいたレットに去られ,何もかも失ってしまう。しかし敗北に直面してもきっと顔をあげ,力強く立ち上がろうとする彼女のセリフが圧巻である。「みんな明日,タラ(スカーレットの故郷)で考えることにしよう。……明日はまた明日の日が照るのだ」。これを読むと,どんな時にも明日からの大きな空間に向かって生きていかれるという生命力が感じられ,勇気を与えられる。

 最後にノンフィクションから一冊,(3)『モリー先生との火曜日』。コラムニストの作者は,ある日偶然テレビで大学時代の恩師の姿を見かける。彼は難病の筋萎縮性側索硬化症に侵され,死の床に横たわっていた。16年ぶりにモリー先生に再会し,毎週火曜日老教授と学生一人の最後の授業が始まった。テーマは愛,仕事,社会,家族,老い,許し,そして死。葬式が卒業式でこの本が卒業論文,と作者は涙を押しやってユーモラスに書いている。

 モリー先生の一生は人間の悲しみを骨身に染みるほど知らされる日々の連続で,最後は残酷な病気だった。それなのにどうしてこの豊かさ,笑い,感謝,そして愛にあふれているのか……その答えを探しながらこの本を読むと何かが得られる。そして自分が変わりうることが信じられる。

 さあ,この夏海辺で本を読もう。あなたの人生もきっと何かが変わるにちがいない。


鳩野洋子
国立保健医療科学院
(公衆衛生看護)

(1)黒田龍彦
  『緒方貞子という生き方』(KKベストセラーズ)
(2)クリスティーン・ブライデン
  『私は私になっていく――痴呆とダンスを』(かもがわ出版)
(3)帚木蓬生
  『国銅』上・下(新潮社)


(1)かっこいい人になりたいあなたへ
 自分の判断に1500万人の命がかかっていると想像してほしい。緒方貞子さんは第8代国連難民高等弁務官としてそれが現実だった人である。重い責任,そして国連とはいえ決して人命が第一とはされない状況の中,圧力がかかっても彼女はぶれない。尋常ではない肝の据わり方である。それを可能にしているのが何なのかは本を読んでのお楽しみ。日本女性にも心底かっこいい人がいる,と思える本。

(2)人の気持ちをわかりたいあなたへ
 クリスティーンさんは認知症(書かれた時点では痴呆症の言葉が使われていた)の診断を受けた方。その本人自身が書いた本。認知症の方の世界を知ることができると同時に,彼女のアクティブな生き方に圧倒される。彼女は診断を受けた後に結婚もし,世界を駆け回るのだ。気持ちをわかるということや,人が人を癒すということ,そして専門職の存在の意味も伝わってくる。

(3)毎日がつまらないと思っているあなたへ
 最後は小説を。奈良時代,大仏建立のために田舎から連れてこられた銅を扱う人足,国人が主人公。前述2つの主人公がある意味スーパーであるのに対比すれば,その対極の生き方が描かれる。(たぶん)「普通」が嫌いな看護学生さん世代には受けいれ難いエンディングかもしれないが,「普通」に生きる日常に違う角度から光を当ててくれる。ちなみに私の中で国人はヒーロー。

 私は海より山派なので,どれも山で読む方が向く本かもしれません。いい夏休みを!

■寝苦しい夜には映画を観よう!

本紙連載「シネマ・グラフティ」の著者によるお奨め映画3本

高橋祥友
防衛医科大学校防衛医学研究センター・教授(精神医学)


 精神医学はとても奥深い学問ですが,講義を聴いているだけでは,看護学生の皆さんには今ひとつピンと来ないのではないでしょうか。そこで,せっかくの夏休みに思いっきり羽を伸ばすのもよいですが,時には映画で精神医学といきましょう。

 まず,統合失調症というと,『シャイン』(1995年)が思い浮かびます。実在のピアニストのデビッド・ヘルフゴットをモデルとして,統合失調症の解体型を描いています。ヘルフゴットは若くして発病して,徐々に論理的な思考の障害が目立っていきます。一般には,統合失調症の患者さんというと一生精神病院で暮らすとか,とんでもない犯罪に及ぶとかいったイメージを持たれがちですが,それはまったくの誤解です。家族との葛藤や厳しい練習の末,発病したヘルフゴットですが,周囲の人々の温かい愛情に支えられて幸せに暮らしています。毎年来日して演奏会を開いていますから,映画を観た後に,彼のコンサートに行くのもよいでしょう。

 アルコール依存症では,『男が女を愛する時』(1994年)がお奨めです。アンディ・ガルシアとメグ・ライアンが夫婦を演じていますが,ラブコメディではありません。女性のアルコール依存症をこれほど真剣に描いている映画はありません。この病気が精神,身体,対人関係を巻き込む病であることがよくわかります。家族が深く傷つくとともに,回復のためには家族の協力が欠かせないこともひしひしと伝わります。

 境界性パーソナリティ障害には,『17歳のカルテ』(1998年)がよいでしょう。不安定な感情,対人関係の危うさ,自傷行為などといった症状が特徴のパーソナリティ障害ですが,この映画は今まさに旬の二大女優アンジェリーナ・ジョリーとウィノナ・ライダーが熱演しています。

 以上の3作は映画そのものを十分に楽しめます。そのうえ,こころの病を学ぶことができるのですから,まさに一石二鳥です。では,楽しい夏休みを!