医学界新聞

 

インタビュー

看護・介護に発想の転換を!
「古武術介護」の可能性
岡田慎一郎氏(介護福祉士・介護支援専門員)
聞き手眞島千歳氏(看護師・NPO「そらとびねこ」代表)


 「ナンバ歩き」「肩甲骨の活用」……近年,武術や伝統芸能に伝わる日本古来の身体技法に注目が集まっている。そんな中,介護福祉士の岡田慎一郎氏は古武術の身体操法を介護に取り入れ成果を上げているという。岡田氏を講師に招いての講習会「介護技術セミナー・古武術バージョン」を企画した眞島千歳氏が,岡田氏に話を聞いた。


身体が教えてくれる動き

眞島 岡田さんは昔から武術をやってらしたのですか?

岡田 いえ,まだ1年くらいです。ちょうど,甲野善紀先生(注1)がNHKの人間講座という番組(注2)に出演されたのを拝見して興味を持ち,当時先生が定期的に開催されていた講習会に参加したんです。

眞島 それ以前は普通に介護のお仕事をされていたんですよね。

岡田 そうですね。ただ,甲野先生にお会いする前から,教科書的な介護技術と違ったやり方を自分なりに工夫はしていました。

 僕は専門学校を1か月くらいで中退しちゃったので,ほとんど何も基本を知らないままで就職したんですよ(笑)。ですから,働き始めた時は介護技術はもちろん,右も左もわからない状況でした。それで,ともかく「基本」とされるやり方を教わって仕事をしていると,自分の身体がすごく違和感を感じていることに気が付いたんです。「このままだと身体が危ないな」と思っていた時に出てきたのが,趣味でやっていた空手の動きでした。

 僕はとても弱かったので,よく空手の試合では相手に組み付いていたのですが,要介護の方を抱え上げる時に,思わずその動きが出てしまったんです(笑)。でも,やってみるとこの方法はとても楽だった。自分の身体が危機に陥った時に自然に出た動きには,どこか必然性があるんじゃないか,とその時思いました。

「教えない」教育

眞島 その後,甲野先生に出会ってその技術を進化させたのですか?

岡田 そうですね。甲野先生からは,新しい技術や技術を深めるヒントを学ばせていただきました。ただ,何より学んだのは個々の技術というよりは考え方,発想の仕方です。甲野先生って,具体的なことはまったく教えてくれないんですよ(笑)。

 技を実際に体験させてくれたり,解説はしてくれるんですが,「こういう練習をしましょう」といった「指導」は一切ありません。甲野先生の講習会というのは,ただただ先生の技を体験するだけなんです。

眞島 では,どうやって習うんですか?

岡田 そこがおもしろいところなんです。介護に限らず,教育って,みんなで一斉に同じことを学んで,同じようにできるようになるっていうのが基本的な考え方ですよね。

 しかし,甲野先生は,それぞれの感じ方,考え方の中で,自分に合ったやり方で取り組んでください,と言うのです。これは,先生自身が,正しい1つのやり方というものを持っていなくて,日々変化されているからなんですね。僕は学校では落ちこぼれでしたので(笑),そういうふうに自分の感覚で探りながらやり方を見つけていくのは新鮮で,楽しかったんです。

その場で創造する

眞島 なるほど。看護師って,どうしても型にはめて分類していきがちなんです。介護技術に関しても,みな同じやり方でやるものだと思っているところがあります。よく言えば「サービスの質を一定レベルで保つ」ということなのですが,甲野先生の,「正解はない」という考え方は,そういう看護師の思考の枠組みを破る意味でも役に立ちそうだと思いました。

岡田 甲野先生の技は固定化されていないので相手によってその都度変化します。そのことって,看護や介護の現場とよく似ていますよね。

眞島 現場はどんな人が来るかわからないですからね。その場の判断ができないと,結局,危険のない範囲での消極的なケアになってしまいます。でも,本来看護や介護って,甲野先生のように相手に合わせて判断して,創造的に仕事するもので,だからこそおもしろいものだと思うんですよ。ぜひ,看護師にはそういう発想を持ってほしいと思います。

「いかに転ぶか」という転倒予防

眞島 少し話が変わりますが,私は岡田さんの技術が介護予防にも役立つのではないかと感じています。今,高齢者に筋力トレーニングをやってもらって転倒を予防しようといった試みが盛んですが,それとは違ったアプローチがないかと思うんです。

岡田 筋力トレーニングは転倒予防にも有効だろうとは思います。ただ,人間の動きには,筋力以外のものがあるわけで,それを使えば違った転倒予防ができるとも思います。

 例えば,今やっている古武術を応用した介護術を通して効率のよい身体の使い方を学んでもらえば,将来の介護予防にもなると思います。介護者が介護を通して介護予防のトレーニングを行えるということで,一石二鳥じゃないでしょうか。

眞島 筋トレをやったって,転ぶ時は転ぶんですよね。しかも,下手に筋力が強いと転んだ時になまじ抵抗してしまって,かえってダメージが大きくなるような感じもあるんです。

岡田 無理に安定しようとすると,転んだ時余計にひどい目にあうことって,高齢者でなくてもありますよね。

 転倒予防教室のプログラムを見ると,「転び方」を教えているプログラムが見あたらないことに気が付きます。現在の転倒予防では,「いかにして転ばないか」に焦点が当たっていて,怪我をしない転び方や受け身は教えていないのではないでしょうか。

 でも,リスク管理の観点からいえば「いかに転ぶか」を考えるほうが「転ばない方法」を考えるよりも現実的だと思います。その点では,古武術的な発想で「うまい転び方」を学ぶことは有効だと思います。また,根本的な身体の動かし方や全体のバランスに焦点をあてることにより,転倒予防の効果も得られると思いますね。

 ただ,そうはいっても向き不向きはあります。トレーニング機器に向かって汗を流す充実感も,年齢・性別にかかわらずたくさんの方が感じていることですから。

 いずれにしても,身体の使い方ということに立ち戻って,それを楽しんでいく中でその人が考えていくことってことがいちばん大切だと僕は思います。まずは身体を動かして,それからその人に合ったやり方を選んでもらえばよいのではないでしょうか。

眞島 介護技術はもちろん,岡田さんの発想はいろんな点で看護に刺激を与えてくれるものだと思います。どうもありがとうございました。


注1……甲野善紀
武術家。他流派や異分野と交流しながら日本古伝の武術に伝わる術理を探求。近代スポーツの常識を覆すような身体運用が注目を集め,スポーツ,音楽などさまざまな分野の専門家が稽古会に参加し,影響を受けている。2005年1月刊行の田中聡氏との共著『身体から革命を起こす』(新潮社)の中でその術理を応用した介護術が紹介され,話題を呼んだ。

注2……NHK人間講座
1人の講師が1週間講義を行うNHK総合テレビのシリーズ。甲野氏は2003年11月に登場。そのもようはDVD『古の武術を知れば動きが変わるカラダが変わる』(MCプレス,2004年,1500円(税5%込))に収載。


岡田慎一郎氏
1972年生まれ。介護福祉士,介護支援専門員。私立常総学院高校卒業後,身体障害者,高齢者施設の介護職員を経て,現在は東洋パラメディカル学院等で講師を務める。従来の介護技術に疑問を抱く中,武術家・甲野善紀氏と出会い,古武術の身体操法による介護術に感銘を受け,以後師事する。新たな介護術を提案すべく,甲野氏の最新のDVD『古武術による発想の転換 武術との共振』(人間工学研究所)に出演,今夏には角川書店から甲野氏との共著を出版予定。

眞島千歳氏
訪問看護師・介護支援専門員,1951年生まれ。法政大入学後2週間で中退。8年間のフリーター生活を経て東京女子医大看護短大入学。大学病院勤務後,精神病院にて訪問看護を体験。以後,介護コーディネーター,看護短大助手,介護専門学校講師,行政の委嘱看護師として高齢者・身体障害者などの訪問看護に従事。2002年NPO法人「そらとびねこ」設立,代表となる。

<編集室よりお知らせ>

『看護学雑誌』(医学書院発行)69巻7号「招待席」に岡田慎一郎氏が登場します。また,こちらから岡田氏の連載がスタートします。その他,岡田慎一郎氏への質問・問合せ・講演依頼は編集室まで。