医学界新聞

 

古(いにしえ)の身体技法をヒントに新しい介護技術を提案する

古武術介護入門
kobujutsukaigo-nyumon

【第2回】
古武術の「チカラ」

岡田 慎一郎(介護福祉士・介護支援専門員)


前回よりつづく

 今回は,古武術介護の基本的な考え方を簡単に解説したいと思います。古武術の「チカラ」は一般的な「力」とは異なります。それぞれを体感し,比較して,介護現場への活かし方を考えてみましょう。

介護は筋力勝負!?

 まず,現場で,もっとも力を使ってしまう場面を見てみましょう。写真1は,前回も行った立ち上がり介助です。しかし,この方法では被介護者の脚力が不十分な場合,立ち上がることができません。

 ここで使われている「力」を分析してみましょう(数字は写真と対応)。

(1)被介護者の腰をつかみ,腕の力で引っ張り上げる
(2)足腰を踏ん張り,腰・肩を支点にして腕力を使う
(3)腕だけでは最後まで持ち上がらないので,腰を反らせる

 いかにも筋力を存分に使ってる感じです。さらに,現場では立ち上がらせるだけでなく,車椅子,ベッド,トイレなどへ移動させる必要があります。すると,がっぷり四つでつり上げた体勢のまま,被介護者を振り回して移動することになります。このため,被介護者のズボンのベルトのあたりが破れたり,股に食い込んだりします。同時に介護者の腰や肩に強い負担がかかり,身体を痛める原因にもなります。

 結果として,現場では「なんだかんだ言っても体力がないと介護はできない」という論調が一般的ではないでしょうか。しかし,これは少々寂しい「現実」だと私は思います(それでは,私のような華奢な人間に介護は勤まらない,ということになってしまいます)。

筋力に頼らない古武術の 「チカラ」

 こうした問題を解決する方法の1つが,筋力トレーニングなどを行って,介護をしても壊れない身体を作ることでしょう。これも1つの方法で,有効だと思います。

 しかし,古武術的な発想では,筋力をつけるのではなく,もともとある「チカラ」を有効活用することをめざします。「もともとあるチカラ」とは,重力だったり,身体の「形」がもたらすものだったり,いろいろです。ともかく,筋力をアップさせるのではなく,効率的なチカラの使い方を工夫する,というのが古武術的な「チカラ」の使い方なのです。

 でも,そんなにウマイ話ってあるのでしょうか? では,早速,身体を使った「遊び」で体感してみましょう。

 まず,立っている人を後から抱え上げてください。何も考えずに普通にやると,腕をまわして両手をギュッと握ると思います(図1-a)。もしかすると,より相手と密着できるように,手首を握る持ち方をする人もいるかもしれません(図1-b)。しかし,いずれにしてもかなり筋力を使用するやり方で,体重差があるとだんだん厳しくなってくると思います。

 ここで,古武術的な一工夫を加えます(図2)。

(1)中指と薬指を折った,「キツネさん」の手を両手とも作る。
(2)手首の内側を重ね合わせる。
(3)そのまま肘を後に引いていくと,それぞれの中指,薬指がフックのように手首に引っかかる。
(4)その姿勢のまま相手を持ち上げると,通常よりかなり軽く持ち上げることができる(写真2)。

 ……どうでしょう? 常識で考えれば,しっかり力を入れて握ったほうが安定するし,力も効率的に伝わりそうですよね。でも,実際にやってみると,こちらのほうが相手の身体を楽に持ち上げることができるのを実感いただけるのではないでしょうか?

 この方法の威力を強く実感した出来事をご紹介します。

 NHKの「ようこそ先輩」という番組に甲野善紀先生が出演された時,その収録現場でアシスタントとして小学校5年生の女の子にこの方法を教えたところ,なんと当日のゲストで,183cm92kgのスポーツ指導者の方を軽々と持ち上げてしまったのです。持ち上げたのは3名で,みな体重40kgにも満たない女の子でした。

 この時感じたのは,彼女たちが,未知のものに対して先入観がなく,「とにかく何でも体験してみよう」という柔らかな気持ちを持っていた,ということです。大人になると,どうしても固定概念に縛られがちですが,彼女たちにはそれがない。だからこそ,筋力でない「チカラ」を上手に出せたのだと思います。

「チカラ」の正体

 「キツネさんの手」は,どうして「チカラ」が出るのか。私は,これを「構造の力」のおかげだと考えています。体重40kgの女の子の腕には,92kgを持ち上げる筋力はありえません。持ち上がったのは,力が出やすい構造を上手く使ったからです。

 「キツネさんの手」を組み合わせて作った輪が相手の胴の周囲にピタッと密着すると,それ以上,腕の筋肉を使うことは難しくなることがわかると思います。その体勢から相手を持ち上げると,相手の体重は腕ではなく,こちらの身体全体に分散します。つまり,あえて局所的な力を使わないことにより,身体全身の力を引き出すことができるのです。これが,私の考える「構造の力」のメカニズムです。

 身近な例を1つ。机の間にコピー用紙を置き,そこに消しゴムをのせます。すると当然,落ちます。でも,コピー用紙を「コの字」に折って置けば,落ちることはありません(図3)。

 筋力をつける発想は,コピー用紙を重ねて厚くするのに似ています。古武術の発想は,紙を折り曲げて構造を変えるのに近いものです。現在の電化製品は,昔のものに比べて電力の使用量は少なくなったにもかかわらず,高性能になっています。身体も省エネ設計で質をよくする。それが,古武術的発想なのです。

 とはいえ,古武術の「チカラ」はもちろん万能ではありません。私がご紹介するものよりももっと有効な方法だってあるはずです。ですから,この連載は「閉塞感のある現場へのヒントの1つ」として受け止めてもらえばと思っています。

 古武術介護を取り入れるからといって,現在使用している技術を否定する必要はありません。むしろ,これまでの技術は,古武術的な身体運用や発想の転換を加えることによって,さらに進化する可能性を秘めていると私は考えています。

 パソコンでいえば,古武術介護の考え方はOSを交換するのと似ています。OS(=身体運用)がよいものになれば,同じソフト(=従来の介護技術)を使っても,楽に,スムーズに動かすことができるということです。

 次回からは,いよいよ古武術の身体運用に基づいた具体的な介護技術を紹介していきます。肩肘張らずに,身体を動かす楽しさ,不思議さを楽しんでもらえたらと思います。

次回につづく


参考図書・映像資料
DVD『甲野善紀 武術との共振』
武術家・甲野善紀氏が研究する身体操法の格闘技,スポーツ,介護への応用を解説。介護への応用の章に岡田氏が出演。60分,5,980円(税5%込)。
 問合せ・販売 人間考学研究所
 URL:http://www.ningenkougaku.jp
 (書店でもお求めいただけます)

岡田慎一郎氏プロフィール
介護福祉士,介護支援専門員。古武術の身体操法を応用した介護術を研究。岡田慎一郎氏への質問・講演依頼等は岡田慎一郎氏公式サイト(http://shinichiro-okada.com/)まで。

講習会情報

朝日カルチャーセンター「古武術に学ぶ介護術」(講師=岡田慎一郎)
新宿教室(tel:03-3344-5450)
 9月3日(土)13:30-17:00
 1回 会員4,410円/一般4,930円
神戸教室(tel:078-321-5222)
 9月24日(土)(1)13:00-15:00,(2)15:30-17:30
 各1回 会員3,150円/一般3,780円
<湘南教室は9月まで満席となっています>
 

本連載の内容をまとめ,新たにDVD映像(60分)を加えたDVDブック刊行!

古武術介護入門[DVD付]
古の身体技法をヒントに新しい身体介助法を提案する
岡田慎一郎

・判型B5 頁128 定価 3,150円(本体3,000円+税5%)
[ISBN4-260-00295-3]


目次

(「sample」をクリックすると動画の一部がご覧になれます)


推薦の序(甲野善紀)
第1章 古武術介護の考え方
第2章 古武術介護の6つの原理13
第3章 現場で使える古武術介護
sample:ベッド上での上体起こし~端座位まで
第4章 Q&A 古武術介護でできること,できないこと
第5章 現在は常に通過点
 


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【関連情報】
●岡田慎一郎氏の最新刊 『DVD+BOOK 古武術介護実践編』 (動画配信中!)
●岡田慎一郎氏が最新技術を紹介する「こんな方法もあるかもしれない――介護発,武術経由の身体論」は,『看護学雑誌』で2008年1月号(Vol.72 No.1)より2010年3月号(Vol.74 No.3)まで連載。電子ジャーナル「MedicalFinder」からも検索・閲覧・購入できます。
●岡田慎一郎氏の公式サイトは こちら です。