医学界新聞

 

MEDICAL BOOK REVIEW


市場原理が医療を亡ぼす
アメリカの失敗

李 啓充 著

《評 者》内藤 恭久(浜松医大・第1病理)

今後の日本がめざすべき 医療制度の指針

 本書はアメリカの医療行政の破綻の原因が,病院を市場原理に基づく株式会社化したことにあり,その失敗したアメリカの医療システムを盲目的に踏襲しようとする日本医療界の動向に警鐘を鳴らし,将来の日本医療の基本的な「ルール」の明確化とそれを守る体制の整備の必要性を論述している。

 第1部では,まずアメリカの医療行政がなぜ破綻に至ったのかを詳細に論じている。

 病院を株式会社化し,病院経営や医療運営を経済プロに委ねることで,医療の経済効率の精度化や無駄のない,スリムな質の高い医療を患者に提供することが表向きの標榜であったものの,現実的には経済優先の医療システムは当然の仕儀として,医療費の自由化,薬価の無規制,看護師数の削減などにより医療の質的低下を招来した。特に,医療費の自由化は混合診療導入による公的保険配分の不公平化や民間保険会社と病院との独占契約により,高齢者や低所得者層への公正な医療資源の分配を奪い,企業の欲望にゆがめられた医療倫理の惑乱,医療訴訟結果と医療過誤との非医学的裁定という医療病理学的現象の招来を論述している。

 第2部では,日本の医療界が破綻したはずの問題の多いアメリカ型医療システムを無条件で導入しようとすることの誤謬と愚鈍さを力説する。今後の日本の目指すべき医療行政の根本的な改革理念の樹立・医療制度や財源問題の再検討の必要性もさることながら,診療現場における個々の患者の権利を守るための「アドボカシーadvocacy(患者支援室)=患者と医師の橋渡し役」を設け,制度や法律の手が行き届かない側面からのきめ細かい各論的な医療提供(看護師が最適任)の重要性も述べている。特に,医療現場で看護の質が患者の死亡率に比例するという決定的な統計学的事実を鑑みれば,むべなるかなである。

 本書は医師,看護師,および医療関係諸氏にとって,時宜を得て,見逃せない必読の書である。

(『看護教育』Vol. 46, No. 4より)

四六判・頁280 定価2,100円(税5%込)医学書院