医学界新聞

 

糖尿病学は新たなステージへ

第48回日本糖尿病学会開催


 さる5月12-14日,第48回日本糖尿病学会が,神戸国際会議場ほかで開催された。春日雅人会長(神戸大)のもと,「生命科学が切り開く糖尿病学の新たなステージ」をメインテーマに開催された今学会では,基礎から臨床にわたる最前線の研究成果が確認された。本紙では,先ごろ発表されたメタボリックシンドロームに関するシンポジウムと,文化庁長官・河合隼雄氏が出席し話題を集めた臨床心理に関するシンポジウムの2つを紹介する。


■メタボリックシンドロームと糖尿病診療

 本年4月7-9日に行われた第102回日本内科学会では,本邦で初めてメタボリックシンドローム(Metabolic syndrome以下,MS)の診断基準が発表された。これは日本動脈硬化学会,日本糖尿病学会,日本高血圧学会,日本循環器学会,日本腎臓病学会,日本血栓止血学会,日本肥満学会,日本内科学会の8学会からそれぞれ委員を出して作られたメタボリックシンドローム診断基準検討委員会が,約1年をかけて作成したものである(診断基準の詳細は本紙2633号参照のこと)。

 今回の糖尿病学会でもシンポジウム「メタボリックシンドローム-2型糖尿病と心血管病の架け橋」(座長=住友病院院長・松澤佑次氏,筑波大・山田信博氏)が行われ,会場には立ち見でも入りきれないほどの参加者が詰めかけた。

複合的危険因子としてのMS

 最初に座長の山田氏が,MSの疾患概念に対する簡単な解説と,糖尿病との関係についてJDCS(Japan Diabetes Complication Study)の中間解析結果に基づいて発表した。MSは動脈硬化の危険の高いマルチプルリスクファクター症候群で,内臓脂肪の蓄積とそれを基盤とするインスリン抵抗性,糖・脂質の代謝異常,高血圧の複数合併を要件としている。

 山田氏はまず,心血管疾患の発症においては,糖尿病は単独でハイリスクであることを付け加えたうえで,MS患者は糖尿病に移行しやすく,また糖尿病に発展しなくても,インスリン抵抗性などによって心血管疾患を発症する可能性があることを確認した。

 一方,診断基準ではウエスト周囲径を必須因子としているが,日本では欧米ほど肥満のタイプが内臓脂肪型に移行していないため,むしろ必須因子とはなっていない糖代謝,脂質代謝,高血糖などの因子が重複したケースを重視すべきかもしれないと述べた。

ウエスト周囲径は 内臓脂肪の蓄積量を反映

 続いて舟橋徹氏(阪大)が診断基準委員会事務局の立場から診断基準の作成の経緯について説明した。特に,内臓脂肪の蓄積量の基準としてBMIではなくウエスト周囲径が採用された点について舟橋氏は「実際の内臓脂肪の量との相関ではウエスト周囲径のほうがBMIより相関度は高い」と解説。内臓脂肪蓄積量を重視したことを強調したうえで,内臓脂肪とウエスト径の相関については,日本人の場合,男性では問題ないが,女性,特に若い世代ではウエスト径と内臓脂肪の相関度は必ずしも高くないことを付け加えた。

 MSではこのように内臓脂肪蓄積量が重視されているが,これについて宮崎滋氏(東京逓信病院)は,肥満,特に内臓脂肪型肥満は,耐糖能異常,脂質代謝異常,高血圧,高尿酸血症,脂肪肝を起こしやすく,最終的には動脈硬化性疾患を生じやすいと述べ,そのメカニズムを大きく2つに分けて説明した。

 1つは脂肪細胞機能に異常が生じ,各病態を引き起こすアディポサイトカインを分泌しているのではないかという仮説。現在,さまざまな研究結果がこれを裏付けつつある。また,もう1つは,膵臓を含む糖代謝機能への負担増と遺伝要因とによって2型糖尿病が発症し,各病態につながっていくというもの。

 宮崎氏は,未知の部分が多いものの,MSという疾患概念を用いると,動脈硬化性疾患に至るこれらの病態を,整合性よく一元的に説明することが可能となるのではないかと述べた。

MSの臨床的意義が確認

 最後に座長の松澤氏は「8学会の協力によって作られた今回のガイドラインの趣旨は,心血管疾患の発症を,できる限り戻れるところまで戻って予防・治療するということ。診断基準の1つひとつについてはこれから検証していく必要もあるが,内臓脂肪蓄積をはじめとする各ファクターの危険性を患者さんに理解してもらいやすいものとなったのではないか」と述べ,シンポジウムをまとめた。

■糖尿病診療における臨床心理の役割と実際

 シンポジウム「糖尿病診療における臨床心理の役割と実際」(座長=文化庁長官・河合隼雄氏,天理よろづ相談所病院・石井均氏)では,石井氏の司会進行のもと,看護師の臨床での心理的かかわりの報告を題材に,河合隼雄氏ら臨床心理の専門家が分析・コメントを加えた。

「私はゴミ箱?」

 石井氏による糖尿病診療における心理アプローチの概説に続いて登壇した原千晴氏(北大病院)は,自身が担当した女性1型糖尿病患者の症例について報告した。女性患者は入院してから数年にわたって血糖コントロールに苦しんだが,原氏のサポートを受け血糖コントロールに成功,児の出産にこぎつけたという。

 原氏は,「以前に読んだ本に,援助者は患者さんの気持ちを受け止めるゴミ箱になればよい,と書いてあり,そのようにかかわってきた。けれど,今思うことは,私が受け止めた患者さんの気持ちはゴミではなく,自分にとってかけがえのない宝となったということだ」と述べた。

 続いて登壇した皆藤章氏(京大・教育学研究科)は臨床心理の専門家として,「臨床の学」についての枠組みを論じた。皆藤氏はまず,臨床では患者,ケースの個別性が最重要視されることを確認したうえで,一般性よりも個別性を重視する「臨床の学」は,近代科学の枠に収まりにくいものであるとし,「しかし,一方で私たちは実感として“実践知”や“臨床の学”を感じることがある」と述べ,臨床の学のあり方について,他の学問領域の例をひきながら説明した。

ゴミだと思っていたものが宝に

 ディスカッションでは河合氏が,原氏の体験について「ゴミだと思っていたものが後から宝になる,ということは臨床心理ではよくあります」と述べ,臨床心理の実際について自身の経験を交えて解説した。

 まず,患者の話を聴くことについては「聴くのが嫌で,辛抱して聴いているのと,本気で聴いているのとは違います。こちらが興味を持って,おもしろい,なるほど,と思って聴いていると,クライエントも変わってくるのです」と述べ,「もちろん,最初のうちは我慢しないと聴けませんけど」と付け加えた。また,先輩の聴き方,態度を真似るなど,「聴くこと」には訓練も重要だと述べた。

 「私なんて,今でも患者さんに教えてもらうことばっかりですよ。『だいぶ,自分のカウンセリングもよくなってきたな』なんて思っていると,こっちの想像を超えるすごい人が来るんですよ(笑)。そのたびに,『ああ,僕もまだまだだな』って思うんです」と,カウンセリングの奥の深さを解説した。