医学界新聞

 

地域医療の視点で救急医療の質を議論

第8回日本臨床救急医学会開催


 さる4月29-30日,第8回日本臨床救急医学会が有賀徹会長(昭和大教授・同大病院副院長)のもと,東京都品川区の昭和大学旗の台キャンパスにおいて「救急医療の質」をテーマに開催された。

 医師をはじめコメディカルスタッフや救急隊員など,救急医療に携わるさまざまな職種が参加,よりよい救急医療の確立に向け,盛況な会となった。


医療の基本は地域医療

 会長講演では有賀会長が,今回のテーマでもある「救急医療の質」について講演を行った。有賀会長は「医療とは,実際に医療が行われている現場,つまり『地域医療』そのものに他ならない」と指摘。その観点から,地域医療における質とは「患者・住民にとっての近接性」,「医療施設内外での連携」,さらにリハビリテーションや介護までを含めた「医療の継続性」などであると強調した。そして,そうした救急医療体制を構築するにあたっては,まずその地域にとってどのような病院であるべきかを考えるのが根幹であり,それに基づいて,他職種との連携を持ちながら体系的に構築していくべきであると述べた。

「情報」をどう扱うべきか

 教育講演では青木則明氏(テキサス大,ヘルスサービスR&Dセンター)が,「情報の扱い方を知る/症例登録による情報活用と個人情報の保護の視点から」と題し,個人情報保護法の施行に伴って,医療者や医療機関がデータや情報をどのように扱うべきなのかについて講演を行った。

 まず青木氏は,診療において検査値(データ)から情報を読み取るには知識が必要なことを例にあげ,データと情報の違いを説明。そして「20世紀までは“データは宝物”だったが,21世紀では適切な意思決定のために“いかに情報をマネジメントするか”が重要」と述べ,日本救急医学会と日本外傷学会が共同で運営している「日本外傷データバンク」
http://www.tororo.net/traumabank/)を紹介。単に症例の収集,保存を目的としたデータバンクではなく,集めた症例のデータから得られた情報を活用,共有できることをコンセプトに構築されていることを強調した。

 さらに4月より施行された個人情報保護法に触れ「個人情報とは個人を特定することのできる情報だが,名刺のように『個人情報=プライバシー』ではない。個人情報保護法は個人情報の適切な取り扱いを定めたもので,プライバシー保護や医療情報開示とは異なる」と強調した。

 そして,医療者の心構えとして「情報には金銭と同等の価値がある」「容易に複製でき,一度流出すればコントロールは不可能であること」など情報の特性を理解する必要があるとした。

 講演の最後に「情報の扱いに関する知識を持った人材の育成が課題」と述べ,医療における情報活用を学ぶための専門大学院HIMAP(Health Informatics/Management Program:テキサス大学が中心となり設立。日本でも受講可)を紹介した。

■救急医療を取り巻く現状

 シンポジウム「救急医療システム」(座長=聖マリアンナ医大・明石勝也氏,自治医大・鈴川正之氏)では,消防局,病院などに所属する演者によって,さまざまな視点から救急医療の現状,課題が報告された。

救急救命士の質向上へ

 最初に登壇した前田有二氏(瀬戸市消防本部)は救命救急センターを持たない二次医療機関での,救急ワークステーション開設に向けた取り組みを紹介。すでに救急救命士の病院実習や出動指令端末装置を院内に設置し,2006年には24時間救急ワークステーション開設を予定しているという。「出動と病院実習の両立が難しい場合もあるが,医療機関との連携をさらに強化し,地域のプレホスピタルケアの拠点をめざしたい」と抱負を述べた。

 後藤玲司氏(愛知県防災局)はメディカルコントロール(MC)協議会の活動として,救急救命士の気管挿管や病院実習を含めた薬剤投与講習の充実を図っていることを発表。

 また,現在開催されている愛知万博での救急体制として,ボランティア救急救命士制度,万博MC協議会の設置を行ったことを報告した。

市町村合併の弊害

 現在全国で行われている市町村合併の影響は,救急医療にも及んでいる。山本明彦氏が所属する上天草総合病院は,市町村の合併による2次医療圏の変化から4つの町を担当することになり,患者数が2.6倍になることが予想された。しかし山本氏は「それまでへき地医療中心だった病院が1つの市の拠点病院となるには施設,人員面でさまざまな問題がある」と指摘,現状では現場判断でこれまで通りの搬送が行われているという。

 井上健一郎氏(長崎実地救急医療連絡会)は長崎市における1997-2004年の救急実態調査を実施。その結果救急における患者の搬送数は6年間で約1.3倍に増加していたという。氏は搬送数増加の主因は内因性疾患と高齢者,軽症者の増加にあると分析するとともに,「地域における救急医療の質改善のためには,まずその質を評価する仕組み作りが必要。経年的な実態調査,他地域との比較を行うことである程度の評価が可能」と述べた。

救命救急センター新設の課題

 山畑佳篤氏(麻生飯塚病院)は併設型救命救急センター新規建設の経験から,設計をすべて業者に任せるのではなく,実際に使用するスタッフの意見を十分に反映させることの重要性を強調した。

 続いて林宗博氏(沼津市立病院)は,2次救急輪番制が確立された地域で新設された救命救急センターの役割について口演。輪番制度の一端を担うことで,二次病院へ患者を分散でき,スタッフの負担が軽減されるなどの利点があったと報告した。

 札幌医科大学救急集中治療部の救急部門は,2002年より高度救命救急センターとなっている。浅井康文氏(札幌医大病院)は高度救命救急センターになった結果,ICUでの病床数が不足したことから循環器内科や胸部外科との連携が必要だったことなどに触れ「今後は精神科への早期リエゾン,放射線科へのTAE(動脈塞栓術)の依頼など,大学病院としての連携と専門性を重視していきたい」と述べた。

 最後に登壇した田辺博義氏(埼玉県越谷保健所)は地域の救急医療における保健所の役割について,「保健所は地域医療の“総合調整役”」と定義。地域救急医療の監査や救急医の労働実態の把握などに取り組んでいることを発表した。

 口演後のまとめでは,山本氏が「救急医療体制は地域によって適切な形があり,単に評価をして『これはだめだ』というのではなく,どうすれば質の向上につながるかを考えなければならない」と指摘し,林氏も「その地域で求められているものにどう応えられるかが大切」と同意した。また,田辺氏は「MC体制も地域によって温度差があり,ボトムアップが必要。それには地域住民の要求という後押しも重要ではないか」と述べ,地域全体で救急医療体制を育てていくことを強調した。