医学界新聞

 

レジデントサバイバル 愛される研修医になるために

CHAPTER 13
番外編(その1)

本田宜久(麻生飯塚病院呼吸器内科)


【前回からのつづき】

 昨年の1月から始まった連載も大詰め,筆者の事例の蓄積も終わりに近づいている。これまでの連載で紹介していないが重要だろうと思うことを列記した。


ローテーション前のチェック事項

 麻酔科ローテーション中の研修医A。今日は初日である。いざ挿管直前……。

指導医「筋弛緩薬の量は?」

研修医A「あ,わかりません」

指導医「馬鹿野郎!!」

 その後,人工呼吸器に接続。近くにいた他科の医師が椅子を差し出してくれた。しかし,麻酔科では研修医は座らずに,バックも自分で押し,常に患者を観察することが慣習であった。研修医Aは知らずに座ってしまった。

指導医「あいつ,座って人工呼吸器につないでいる!! やる気あるのか?」

 研修医Aは,「人工呼吸器につながずに自分でバッグを押すことで肺の膨らみや硬さを実感する」という研修内容が把握できていなかった。

コメント

 いちばんの問題は,最低限知っておくべきことを情報収集せずに研修を開始したことである。赤ちゃんを教えるように手取り足取り教えてくれる場面ばかりではない。ローテーションが始まる前にチェックしておきたいものは以下のとおり。ローテーション済みの先輩,同僚に聞くと大いに参考になる。

1)その科での研修医の役割(雑用を含む)
2)最低限予習しておくべきこと
3)スタンダードな教科書と研修医が勉強しやすい教科書やマニュアル本
4)その科での暗黙の了解や表では言いにくい注意点

 4)はきわめて日本的なものかもしれないが,チェックしておいて損はない。例えば,「夜間の新規入院を引き受ける必要はない」となっているけど,実際は引き受ける。日曜日の麻酔は手伝う義務はないけど,できれば手伝う,など。研修体制が整うに従い,このような暗黙の了解は少なくなるとは予想するが,まだまだそんなこともあるだろう。「○○先生と2人で飲みにいっては危ない」といった情報も,意外に貴重である。

CAUTION

嫌われても,めげてはいけない。つらい時の考え方を紹介したい。
1)嫌われた原因を突き止めれば,次には失敗しない。原稿のネタにもなる?
2)数か月の我慢である。研修医でよかった!
3)自分が死ぬ時(または,この病院を離れる時)を想定すれば,これもこの世(この病院)の懐かしい思い出,貴重な出会いである。
4)こんな中で淡々と努力できれば,精神力が鍛えられる。決して無駄なローテションではない。
5)「絶対に挽回してやる!」と決心し,嫌われても淡々と努力しつづければ,どこかで評価される時が必ず来る。

ローテーション前のチェック事項
手取り足取り教えてくれる場面ばかりではない。ローテーション前に,最低限知っておくべきことは情報収集しよう。

指導医と意見が食い違う

 ある日の病棟18時。心筋梗塞治療後の男性が,悪寒戦慄と発熱を来たした。セフェム系抗菌薬を使用していたが,解熱せず。血液培養からは腸球菌が検出された。腹部レントゲンでは右尿管結石の所見。

研修医A「先生,熱が下がりません」

指導医B「うーん。3日間抗菌薬をやめて様子を見て,血液培養を取り直そう」

研修医A「はい(ほんとにいいのかなあ?)」

 3日間の無治療を不安に思った研修医A。そこで,他科の指導医Cに非公式に相談した。ここで21時。

指導医C「絶対に抗菌薬を投与すべき! 腎瘻も必要かもしれないよ。下手したら死ぬよ!」

 さて,迷った挙句,24時になった。研修医Aは決心。ここで腸球菌に抗菌力のある抗菌薬を使用したほうがよいのではないかと指導医Bに電話で進言。

指導医B「腸球菌が本当に起炎菌か? ちょっと様子を見よう」

研修医A「ああ……。わかりました」

 とは言え,迷っている研修医。勝手に投薬するわけにもいかず,困ってしまった。そこで,Aは近所の信頼しているオジサンに電話で相談をした(守秘義務を遵守して)。

研修医A「実は病院で治療に迷っているんです。僕はある薬を使うべきだと思うんですが,上司は使わない方針です。僕は使うべきだと思うと主張したのですが,聞いてくれなくて……。どうしたらいいでしょうか?」

オジサン「わかった,君は自分の意見を十分言い,上司は判断した。だから,君は上司の判断に従うべきだ。しかし,君としてはその治療を心配している。それなら,今,君にできることは,『観察』だよ。おかしいことがあれば,いち早く上司に伝えるんだ。それが,君のためでも,上司のためでも患者さんのためでもあるよ」

研修医A「なるほど! わかりました。しっかり観察します!」

 2日後,解熱した。レントゲンを取り直すと,尿路結石が消失していた。自然排石したようだった。

指導医C「よかったねえ。ラッキーよ,君は!!」

コメント

 いずれ,指導医と意見が食い違う時が来るだろう。おそらく,それは研修2年目にあることが多いと思う。そんな時に,参考にしたいのが上記事例である。この症例で解熱したのはやはりラッキー。抗菌薬を中止すべきではなかっただろう。とはいえ,これ以上,上司の判断に反対するのも困難な場面。「アメリカの教科書では……」と主張しても逆効果かもしれない。近所のこのオジサンは医学にはまったくの門外漢なので,原則論のアドバイスではあるが,普遍的正しさを感じる。

 また,別の方法としては,指導医(スタッフ)対研修医という対立軸から,スタッフ対スタッフというコンサルテーション軸にシフトし,自分は身を引くことも一案である。自分と考えが似ているスタッフに公式に文書に残したコンサルトを行い,以後の議論を任せる方法である。非公式な相談のままでは,抗菌薬投与の方針が一研修医の意見以上のものにはならない。院内にスタッフがいない場合はプライバシーを考慮しつつ,メールを活用した専門科への相談もよいかもしれない。ただし,実際に診察したうえでの意見ではなく,非公式な見解にとどまるので,限界はある。

CAUTION

この研修医とオジサンとは,いわば師弟のような強固な人間関係があったからこそ,このような質問をした。また,オジサンは彼が研修中であるということをよく理解していた。通常こんな質問を医者がすると,「なんだか情けない医者だな」と思われかねないので,近所のオジサンに相談することはお勧めしない。

その他の事例

 交通外傷による脾損傷。自分は手術適応と思うが,指導医は保存的に見ようと判断。「状態が悪くなったら,連絡させていただきます」と事前に指導医に伝え,自分も泊り込んだ(安心して任せられる当直医がいれば帰れるだろうが,そのような病院は日本にはまだまだ少ないだろう)。

病棟コールの真の理由に耳を澄ませ

 ある日の病棟24時。研修医Bは自宅で就寝中。コールが鳴った。

看護師A「先生,○○さんが便秘を訴えているんですけど,どうしますか?」

 研修医Bは思った。「えっ! 俺,なめられすぎじゃない? 普通,便秘で呼ぶか? この時間に!」とつい,怒りがでた。

研修医B「たしかに,便秘の指示を出してなかったのは,私の責任ですけど。それって,明日でいいんじゃないですか!!」

 研修医Bの怒り口調に反応して,看護師も怒り口調!

看護師A「患者さんのためです! こちらで勝手に投薬するわけにもいきません。なんでこんなことしたんだとか,翌日言われても困ります」

研修医B「でも,この時間ですよ! 明日でいいじゃないですか」

 ひと言指示を伝えれば終わる電話。しかし,自分が見下されていると考えた研修医Bは指示を出す気がしない! 泥沼のバトルとなった。

看護師A「だって,患者さんのご家族がたくさん詰め所に来て,便秘みたいだから薬をくださいって言っているんですよ!」

研修医B「はいはい……。××座薬を1個。無効時は60ccのグリセリン浣腸」

(ガチャン,と受話器を切った。)

 Bは寝床で冷静に考えた。「なんだ,呼ばれたのは便秘じゃなくて,家族が詰め寄ってきたからじゃないか。最初からそう言ってくれよ! もう,取り返しがつかないじゃん……。Aさんに今度あったら,なんて言おう」

コメント

 夜間外来においては「なんで,こんな軽い症状でこんな時間に来るの!」と言ってはならない,また思ってはならない,ということは有名である。実は,夜間の病棟からのコールにも,時にこれが当てはまるのである。一見必要なさそうな発言や行動の裏に,重要なメッセージがあることは,医療スタッフに対しても然りである。24時間いつ呼ばれるかわからない日本の医師のコミュニケーション環境。自己抑制を追求しすぎては自分の体か心が壊れるが,こんな事例もあるということを知っておけば,きっと得することがあると思う。

次回につづく


本田宜久
1973年生まれ。長崎大卒。麻生飯塚病院での研修医時代より院内でのコミュニケーションに興味を持ち,以来事例を集めている。
yhondah2@aih-net.com