医学界新聞

 

印象記

台湾の医療事情とクリニカルパス
日本クリニカルパス学会の海外研修会に参加して

高橋潔(近森病院脳神経外科)


 さる2月20日から24日まで,日本クリニカルパス学会の海外研修会が台湾で開催され,参加してまいりました。

 私自身は病院でクリニカルパス委員長をしていることもあり,2000年のニューヨーク研修に続いて2回目の参加です。今回は過去の海外研修とは異なり,研修先がアジアになりました。

 クリニカルパスは患者管理の手法のひとつなので,医療制度と密接に関連しています。今回台湾が選ばれたのは,台湾の医療制度が日本に似ているとの慶應大学の池上直己先生の推薦があったとのことでした。

4つの病院見学と講演会

 研修会には,東京医科歯科大学の阿部俊子先生(現在,日本看護協会所属)を講師に18名が参加。参加者は全国から医師,看護師,薬剤師,診療放射線技師や医療に携わっている様々な職種となりました。クリニカルパスに関係していると様々な職種が協力して医療を向上させようという意気込みが伝わり,いつも仕事への意欲が高まるのを感じます。今回も同様でした。

 気候的には日本の4月ごろを想定していたのですが,台北に着くと気温4度,震え上がりました。台北郊外の山には30年ぶりに雪が降ったとのことで,小雨が降り寒風が吹く中での移動となりましたが,ホテルでは快適な環境で一息つくことができました。しかし,残念ながらその後の台湾の大部分の施設は冷房の設備しかなく,病院でも寒い中での研修でした。

 研修は3日間。最初の2日間はメディカルセンター的な病院2か所と台北大学病院と癌センター,あわせて4か所の見学や説明,ディスカッションで,最終日は国家衛生研究所で台湾でのcase paymentと呼ばれる台湾版DRG/PPSの構築をされた藍忠孚先生(国立陽明大学医学院衛生福利研究所教授)の講演と,その後研修先の病院のスタッフを交えてのディスカッションを行いました。

3000床の大病院を視察

 2つのメディカルセンター的病院(台北榮民病院,長庚病院)はどちらも3000床という日本では考えられない規模で,地下などは日本のショッピングモールといった趣でした。

 台湾の病院は数年に1回,日本でいうところの病院機能評価を受け4段階に分けられます。すべての病院が評価を受けなくてはならず,また評価によってはランクが下がるとのことでした。病院への患者さんのアクセスはフリーとなっており,日本同様,新しい医療に取り組まないとすぐに評価が落ちてしまうこともあり,新しい医療機器の導入にも積極的でした。救急は1日数百人とのことで,日常的にトリアージを行い,軽症から重症までカバーするER型の救急でした。

 病院職員も医師1000名,看護師2000名(台湾では看護師を「護理師」と言うそうです)と充実していました。その規模が膨大なため病院の管理部門が中心となりトップダウン形式で色々な方針が決定され,その達成を各診療部門の責任者が求められる形です。規模が大きいため,専門職種が多岐にわたりあらゆることに取り組んでいこうとしていました。しかし,病院横断的な組織の構築は困難で,ボトムアップ的なことは難しそうでした。やはり一長一短でしょうか。

 また,国民皆保険の台湾では,昨年からICチップを組み込んだ顔写真入り保険証になっており,患者基本情報が入っていました。台湾は世界のPC機器産業の中心ということもあるのか,どこの病院にも数年前から電子カルテが導入され,手術承諾書や患者の紹介状は一部残っているもののペーパーレスに近い状態でした。

 医療制度的には日本が見習うべき点は多々ありそうですが,ただ,医療連携に関しては日本のほうが意識がかなり高いと感じました。外来followに関しては主として自院で行っており外来患者の多さに一部の医師は不満を持っているようでした。ちなみに1日1万人程度の外来とのことで,やはりスケールが違うと感じました。

■台湾におけるパスの現況

台北大学で感じた 病院管理部門の充実

 雰囲気は日本の大学病院とよく似ていますが,台北大学の規模はやはり大きく,施設は10年ほど前に新しく建設されたとのことで快適な環境が提供されていました。また,人間ドックやホスピスなど日本の大学には少ない部門も設置されており,少し違和感を覚えました。

 台北大学は,見学した病院の中では最もパスに熱心でした。日本と同様にパスの導入で看護師の記録時間や医療費がどの程度削減されたか,さらには薬剤費がどの程度低下したか,痛みのコントロールなど看護師が中心に成果を示していました。薬剤費はパス導入で50%の低下があったとのことで,日本と同様その大部分は抗生物質の使用の減少によるとのことでした。パス導入に伴うEBMへの意識,医療の標準化への意識の向上は,医療制度が異なっても同様の経過をとるようです。

 規模の大きさや管理体制の違いによるのかもしれませんが,発表を聞いていて,病院の管理部門がデータを電子カルテ上から取り出し,いろいろな研究の手助けをしているところがすばらしいと感じました。日本でも電子カルテの普及が急速に進んでいますが,数年後には色々なデータが分析できるようになり,あらたなEBMが作り出せるようなればと,思いを強くしました。

乳癌手術は1泊入院で

 台北における癌センターである和信病院。ここの病院が最も日本の病院に近いと感じたのは,病院の規模が350床と見学した病院の中では小さかったのと,新しく空調もよく効いていたためでしょうか。350床のうち100床あまりは外来での化学療法で使用しているとのことでしたが,医師は120-130名,看護師は350名と,医療に関してはどこへ行っても集約的に行われていました。平均在院日数が4.5-5.0日とやはり非常に短く,乳癌の手術ではすべて1泊入院とのことで驚きました。乳癌の日めくりパスが使用されていましたが,日本でのパスに近い感じでした。ただ,指示や検温などは電子カルテで動いているためかチェックシートに近い形でした。

 この病院では,患者1人ひとりに専任の「ケースマネージャー」と呼ばれる職種が関わっていました。日本でいえば,ディスチャージNsとソーシャルワーカーを合わせたような役割で,国家資格はまだなく,経験を積んだ看護師がトレーニングを受けて当たっています。和信病院でもすべての患者にケースマネージャーがつくわけでなく,入院患者の約2割を占める乳癌の患者に対して試みている段階でしたが,マンパワーの充実ぶりを実感しました。

 また,ここの病院は一部の裕福な患者さんの寄付がかなりあるとのことで,外来に寄付者のリストが表示してあるのは日本の神社やお寺での寄付に近い感じで,失礼ながら少し笑ってしまいました。案内のマネージャーの「給料は安いけど,癌になると皆がこの病院へ来たがるので私たちも働き甲斐があるのよ」との言葉が,職員の意欲の高さを示しているようでした。

政府主導でパスを義務化

 クリニカルパスに関しては台湾でも広く使用されていましたが,日本とはかなり異なっていました。まずは台湾の医療制度に言及する必要があります。台湾では1995年に国民皆保険が導入され,続いてcase paymentと呼ばれる台湾型の包括医療費支払い制度が導入されています。

 台湾でのこのシステムの生みの親である藍教授からのレクチャーによれば,当初9疾患から始まり徐々に適応疾患を増やし,現在は53の疾患に関して作定されています。ある程度の疾患がカバーできたので,しばらくは疾患の数を増やす予定はないとのことでした。

 このシステムでは総額の医療費が規定されており,疾患に関しては医療費のみでなく必要とされる医療行為も規定されており,この医療行為の達成率が65%以上でないと医療費が支払われません。またこれらの疾患にはクリニカルパスが必要とされており,作成を義務化しています。適応疾患はすべてcase paymentの対象となり,合併症などでバリアンスとなり医療費を著しく必要とした症例は別途支払い機構へ審査に出し,認められれば支払われるが,時間がかかるとのことでした。

 義務化されている疾患以外にもいくつかのパスが作成されていますが,日本のようにパスを使ってアウトカムマネジメントや在院日数の管理を積極的にやろうという形ではありません。またパスの数も数十種類程度で,100以上作成している病院はありません。医療の効率化の点でパスの作成・運用が容易な疾患には積極的に使用するが,パスの難しい疾患に対して工夫をして使用するという形ではありません。したがって外科系のパスは多くありますが,小児科や神経疾患のパスはありませんでした。

 パスの内容としては,オーバービュー形式のパスや日めくり式のパスもありますが,日本ほど詳細には規定されていませんでした。また,バリアンスのチェックはなされていますが,評価という点では個別に行うのではなく病棟での中心的な看護師が行う形が多いようでした。

 パスの改定は前述のごとく医療制度と絡んでいますので,診療報酬の改定に合わせて行われていました。日本のDPCのように疾患に対しての標準的な在院日数が規定されており,これに沿ってパスが作られ,標準的な在院日数が短縮されるとそれに合わせてパスも改定されるようです。

 このように台湾でのパスは政府主導の政策的意味合いが濃く,便利な部分については積極的に使って利用しようとの姿勢です。台湾ではIT化が進んでいることもあり,日本ではパスを使って達成できた医療の工程表的なことが電子カルテで簡単にできることも影響しているのでしょうか。

研修外のこと

 研修は朝8時ごろから夕方5時過ぎまでびっしりと入っていましたが,夜間は基本的にはフリーなので,いっしょに参加した方々とも親睦を深めることができました。参加者が比較的少ないことで個人的に面識を得て親しくなれたのも今回の研修会の利点のひとつでした。

 屋台での食べ物,飲茶などを楽しみながらの台湾ビールのおいしさも記憶に強く残りました。アジアの国の中で台湾ほど対日感情がよい国は少ないのではないでしょうか。治安もそれほど悪くなく,「次回には家族で旅行を」と思わせる研修でした。

 最後に研修中お世話になりましたパス学会の関係の皆さま,阿部俊子先生,現地での公私にわたる案内役を務めてくださった台湾国家衛生研究院の蔡さんに,この場を借りてお礼を申し上げます。


高橋潔氏
1981年群馬大卒。同大脳神経外科入局。同大附属病院,群馬,埼玉,宮城などの病院を経て,1995年長野県佐久総合病院より高知県近森病院に勤務。