医学界新聞

 

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第 59 回

メディケイド危機(5)
新たな医療保険モデルの模索

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2630号よりつづく

 全米レベルでのメディケイド支出は,最近5年間で63%上昇,支出総額(3000億ドル)は,高齢者医療保険メディケアを抜いたと言われている。支出がこれだけ急増すれば,各州のメディケイド財政が破綻に陥るのも当たり前だが,医療コストの上昇に加え,ここ数年の景気の落ち込みが支出急増の最大原因となっている。特に,景気の落ち込みは,失業者などの増大による加入者増(註1)を招くだけでなく,税収の低下をももたらすので,財政負担に与える影響は二重に現れる。

 前回,メディケイド危機の対処法として,1)給付制限,2)診療報酬減,3)加入制限,4)自己負担増,5)増税などの手段が講じられていることを紹介したが,これらの常套手段は,いわば「対症療法」にしかすぎず,メディケイド財政破綻の根本的解決に結びつくとは考えがたい。

めざすは財政破綻の解消

 以前にも触れたように,メディケイドは連邦政府が定めた基準を満たす限り,各州が独自の制度を運営してよい決まりとなっている。「メディケイド」という名称は共通でも,実質的には全米50州で異なった医療保険制度が運営されていると言ってよい。このように,州が「独自性」を発揮することが制度上保証されているので,「姑息な対症療法」ではなく,メディケイド財政破綻を解消する「根治療法」として,まったく新たな医療保険モデルの構築をめざす州も現れる。

 メディケイドで新たな医療保険制度のモデルを実現した実例としては,94年に設立されたオレゴン・ヘルス・プランが有名であるが,これは,「生命・機能に重要な結果を及ぼす医療行為には保険給付をするが,結果に対する影響度が低い医療行為には保険給付をしない」という画期的モデルであった。具体的には,個々の医療行為に優先度に応じた順位をつけ,順位が低い医療行為には保険給付をしないとしたのだが,たとえば,急性上気道炎・感冒の内科治療,蕁麻疹の内科治療などが,保険給付から除外された(註2)。

もっともドラスティックな フロリダ州の改革案

 オレゴン・ヘルス・プランは10年以上前に作られた制度であるが,ここ数年,メディケイドの財政危機が全米で深刻化するとともに,独創的な医療保険モデルを追求する新たな動きが始まっている。その中でも,もっともドラスティックだと言われているのが,05年1月にフロリダ州知事ジェブ・ブッシュ(共和党)が提案した改革案であるので,以下に紹介する。

 フロリダ州におけるメディケイド支出は現在110億ドル,州総予算の22%を占めているが,支出が急増していることは他州と変わらず,ここ6年間で倍増した。被保険者も年率平均8%で増加,このまま支出増が続けば州予算がメディケイドだけで食いつぶされてしまうと,ブッシュの改革案は,メディケイド支出を「制御可能なものとする」ために,最大限の「民営化」を図ることを眼目としている。

 「民営化」を可能とするために,ブッシュは,まず,「被保険者に医療サービスを給付する」というこれまでの州政府の役割を全面的に改め,その役割を,「民間保険に加入するための『金券』を給付する」ことに限定した。また,給付する金券の「額」についても,例えば何も持病のない人とエイズ患者では差をつけるなど,「リスク補正」を採用し,患者は,自分に与えられた「金券」の額と病状(健康度)に応じて民間保険を選択・購入する仕組みを提案したのだった。

 これまでも,民間の保険会社(マネジドケア)にメディケイドの運用を委託する「丸投げ」形式の「民営化」はほとんどの州で実施されてきたが,ブッシュの改革案は旧来の「丸投げ」とは大きく異なるものである。というのも,旧来の「丸投げ」では,どこの州でも,保険会社は,給付すべき医療サービスについて州が定めた厳しい基準を遵守することが原則であったが,ブッシュ改革案の「丸投げ」では,給付されるべき医療サービスを保険会社が自由に決めてよいと,「究極の規制排除」ともいうべき「丸投げ」だったからである。

さらなるコスト制御のための 上限額制度

 上述したように,「金券」・「丸投げ」方式による民営化をブッシュが提案した主目的は,メディケイドのコストを「制御可能」とすることにあったが,ブッシュは,メディケイド支出の「制御性」をさらに高めるために,1人当たりの年間保険給付に「上限額」を設けることをも提案した。具体的に上限額をどこに設定するかはまだ明らかにされていないが,仮にブッシュの提案どおりに上限額制度が導入された場合,「金の切れ目が命の切れ目」とばかりに,上限額を超えた途端にすべての医療サービス給付が打ち切られるという事態も起こりかねないのである。

 民主党など,ブッシュ提案に懐疑的な勢力は「保険会社が利潤のために大幅な給付制限を実施すれば,患者の命に危険が及びかねない」と危惧しているが,ブッシュは,「メディケイドに民間保険会社の恒久的参加を促すには自由度を大幅に拡大する必要がある」と反論している。


註1:米保健省によると,メディケイド被保険者数は,1999年の4000万人から2002年には5000万人と,わずか3年で20%増加した。
註2:オレゴン・ヘルス・プランについては,拙著「市場原理に揺れるアメリカの医療」(医学書院刊)に詳述した。

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