医学界新聞

 

Dream Bookshelf

夢の本棚 3冊目

渡辺尚子


前回よりつづく

死と身体 コミュニケーションの磁場

著:内田樹
医学書院
2004年
A5判・248ページ
2100円(税5%込)

 産休の先輩が戻ってきて,代役で行っていた看護学生の実習指導もお役ご免となった。嫌だな,って思いながら受けた役割だったが,今までになく,とても多くのことを学び,考える時間だったと思う。忙しかったけど楽しかった時間が過ぎ,何か心にぽっかり穴が空いた感じ……。最近の,ただ睡眠時間を確保するためだけの浅い眠りに入るため,今日もベッドにもぐった。

 「また来たね,あなたの書斎に」。いつものように誰かが私に話しかけてきた。そして壁一面の本棚からカタッと音を立てて一冊の本が背表紙をのぞかせた。随分高いところに本があり,とても手が届かない。だるい体で,いつも座るあの椅子を引きずって少し分厚いその本を手に取った。『死と身体:コミュニケーションの磁場』。モノトーンの装丁からしても恐い内容なのかしらと,少し不安になった。ページをめくると,まず紙がとても手に心地よくほっとする。「この心安らぐ気持ちってなんだろう?」。いつも気にならない自分の手の感覚に敏感になっていた。とにかく書名とは逆の,このほっとした気持ちとともに,椅子から降りてその場所で本を読み始めた。

 開いてすぐ目に付く,おかしな目次。普通は「まえがき」とあるところに「わかりにくいまえがき」と書いてある。おまけにそのまえがきがさらに6つの項目に分かれている! 不思議な感覚で読み進めると,面白いけれど,同時に考えさせるような内容になっている。柔軟な思考ができるように,頭の中がこねられている感じがした。「これは手強い内容かもしれない!」。私はちょっと身体の力をほぐすように肩を回して,椅子に座った。

 読んでいくうちに,会ったことも,もちろん声を聞いたこともない著者の声が聞こえ,あたかも今ここで会話をしているような気持ちになっていった。そして,「ええ,そう思います」「えっ?今のどういう意味ですか?」と,著者と話しながら読み進んでいる私に気づいた。

 途中,年末ドラマで木村拓哉が主役を演じた『忠臣蔵』の敬語の話,最近テレビで見かける精神科医名越康文が感じるNHK『真剣10代しゃべり場』に出る少年少女の話から「身体と記号」の関係を,そして勝新太郎主演『座頭市』のチン!というつば鳴りの音の話から「身体と時間」の関係を語り,とても身近でわかりやすい。……しかし少し行を読み進めると,またまたわからなくなってしまう。「今のもう一度言ってください!」。そういう気持ちになっていく。

 だからといって緊張するわけでもない。時間はとてもゆっくり流れ,頭が柔軟になり,そして自分の身体に自分の気持ちが行き渡っている感じがした。さらに,自分の暮らし,人に対する態度,身なり,仕草,言葉が,とても大切で愛おしくなっていた。

 ふと気がつくと朝になっていた。目を開けた感覚,ベットから降りる時の足の動き,カーテンを開け朝日を浴びるときの自分の手,顔,そして気持ちに耳を澄ましている自分がいる。久しぶりに心が満たされている自分に気づいた……。

次回につづく


渡辺尚子
職業,看護師。現在は韓国料理“ビビンバ”にはまっている。ペ・ヨンジュンにはまだ(?)はまっていない。しかし人間は辛口よりは甘口の,優しい人のほうが好き。