医学界新聞

 

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第4回〉
The Notebook

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

窓が永遠に閉ざされる前に

 映画は,初老の男性が療養施設に暮らす初老の女性を訪れ,椅子に腰かけて物語を読みきかせるシーンから始まる。初老の男性の名はデューク(ジェームズ・ガーナー),たたずまいに風格のある女性の名は,アリー・カルフーン(ジーナ・ローランズ)。

 アリーがノートブックを書き,「毎日私に読んで聞かせて。そうすれば私が誰なのか,あなたが誰なのか,忘れずにすむから」とデュークに頼んでいたのだ。しかし彼女は忘れてしまっている。だが彼は,定期的に彼女のもとに通い,物語を読みきかせる。彼女は時おり記憶が戻ってきて思い出す。彼はたとえ数分であったとしても,彼女をつれ戻す。気分がすぐれない時は,彼女は見知らぬ男の侵入におびえ大声をあげる。すると白衣をきた看護師と助手が“不穏患者”を居室からつれ出していく。原題The Notebookは,「きみに読む物語」という日本語タイトルのアメリカ映画(2004年)である。監督は,ニック・カサヴェテス(1954年生まれ)で,母は本作に主演している女優ジーナ・ローランズ。

 「きみに読む物語」のプログラムを開くと,冒頭に次のメッセージが書かれている。「ロナルド・レーガンの死に際し,アルツハイマー病について語られることがこのところ多かった。娘のパティ・デイヴィンスが語ったところによると,元大統領は死の直前,眼を開いて,ナンシー夫人の眼をじっと見つめたという。彼女が誰であるかわかったに違いない。そう信じるのはよいことだ。窓が永遠に閉ざされてしまう前に,もう一度だけ開かれると信じるのは,とてもよいことだ」(シカゴ・サン・タイムズ)。

最期の奇跡を演出する

 デュークが読みきかせるのは,古きよき時代の,アメリカ南部の小さな町の,きらめくような夏の恋物語――。

 1940年,ノース・カロライナ州シーブルック。渡り鳥の飛来する美しい川と朝霧にかすむしだれ柳。歓びに溢れたこの陽光の土地に家族とともにひと夏を過ごすためにやってきた10代のアリー・ハミルトン(レイチェル・マクアダムス)。(映画のファーストシーンはこの川をボートが静かに進む幻想的な風景から,現実にアプローチしていくという手法をとっている。)カーニバルの夜,地元の青年ノア(ライアン・ゴズリング)に心地よい強引さを感じ,アリーも激しく彼に惹かれていく。材木工場で働くノアは,1772年に建てられた古い館を改築することが夢だと語る。ふたりはその夜,将来を誓い合う。

 夏は終わり,アリーは学校へ,ノアは戦争へと互いの世界は引き裂かれていく。ノアは毎日,アリーに手紙を書いた。365日毎日書いた。しかしアリーの母親の妨害でアリーに届くことはなかった。そして,アリーは富裕な弁護士との結婚式の直前,地元の新聞で,改築されたあの家の前に無愛想に立つ大人びたノアの姿を見た。激しく動揺したアリーはもう一度シーブルックを訪れる。

 「それで彼女はどちらを選んだの?」と無邪気に尋ねる初老の女性アリー。過去の物語は終わり,体調をくずしたデュークが同じ施設内に入院し,“男性部屋”から“女性部屋”に見舞いに訪れる,消灯時間をすぎていたので受付にいた看護師はとても残念そうに,入室の許可はできないと断り,彼も納得したようにみえた。すると,看護師はすっとその場を離れた。(暗に,どうぞ通ってくださいといっているように私には見えた。)

 翌朝,二人は彼女のベッドの上で手をとりあって亡くなっていた。死の直前,二人はたしかにお互いを確認して。

 私は少しだけ登場する看護師が見事だと思った。本稿のテーマは,その見事さを伝えることであった。