医学界新聞

 

「自分でつけよう,自分の病名」

「浦河べてるの家」のメンバーが日赤で当事者研究を発表


 さる3月25日,日本赤十字看護大学において『「べてるの家」の当事者研究』と題する講演会が行われた。これは,同大学院修士課程(精神保健看護学特講II)として行われたもので,武井麻子氏(日赤看護大)の司会のもと,「浦河べてるの家」(以下,べてるの家)のソーシャルワーカーとして長年活躍してきた向谷地生良氏(北海道医療大)と,べてるの家のメンバーが演者として登壇した。べてるの家では近年,精神障害を持つ当事者が自らの「生きづらさ」を研究し,その成果を当事者で共有し合う「当事者研究」の取り組みが盛り上がっている。この日は,4名の当事者たちが,それぞれの研究成果を披露した。


「自分でつけよう,自分の病名」

 べてるの家には,その取り組みを象徴する数々のキャッチフレーズがある。「自分でつけよう,自分の病名」もその1つ。この日最初に研究成果を発表した藤田卓史さんも,自らの“病名”を「爆発型エンターテイナー症候群」と名付けている。

 藤田さんの最初の「発病」は小学校6年生の時のチック症状。その後,21歳まで入退院を繰り返す間,同室の患者をからかったり,保護室を破壊するなどの「爆発」を絶え間なく続けていた。最終的に,札幌市内に受け入れ先がなくなった時,最後にたどり着いた場所が浦河だったという。

 浦河に来てからも,藤田さんの「爆発」はとどまらなかったが,浦河日赤のスタッフや,べてるの家のメンバーの対応は,これまでの施設とはまったく違っていた。

 「浦河ではどんな騒ぎを起こしても,徹底的に放っておかれるんです。事件を起こしても親は呼ばれない。すべて,自分で責任を取らなければいけなくなりました」と振り返る藤田さんは,この頃から,ソーシャルワーカーである向谷地氏らと相談し,自分の「病気」をべてるの家の仲間とともに研究しはじめるようになった。

 「研究を通して,自分の症状は『自己演出』だったのではないかと気づきました」。相手にしてもらいたい,かまってもらいたい,という目的を達成するため,これまでの自分はさまざまな症状を駆使して,自己演出を行ってきたのではないかという分析が,藤田さんの研究成果の1つだ。

 現在,藤田さんは鍼灸士をめざして,1人暮らしの学生生活を送っている。症状がなくなったわけではないが,薬もこの3年は使っていないという。

 「今でも,エンターテイナーとしての自分が出そうになることはありますが,それを『どうにかしよう』と思わなくなりました。『見たくない自分』が出てきても,まあしょうがないな,と思えるようになったことが,大きな違いですね」

「自分自身で,共に」

 当事者研究の取り組みを支える重要なキーワードに「自分自身で,共に」がある。自分の病名を自分でつけ,その問題点を分析し,対策を考える。そして,そのプロセスを同じ問題を持つ仲間と共有する。今回の講義を企画した司会の武井氏も「“当事者研究”とは言っても,当事者1人でやっていたのではおそらく袋小路にはまってしまう。仲間と一緒にやるところがポイントですよね」とこの点を評価する。

 一方,向谷地氏は,これらの取り組みの背景にあるよい意味での「いいかげんさ」「だらしなさ」を強調する。

 「浦河では,患者さんの退院日を当事者であるメンバーに聞いて決めたりするんですよ。入院中の患者さんが外出許可をとって,退院しているメンバーと一緒にパーティーしたりすることもあります」

 入院している患者と社会復帰したメンバー,専門家と当事者,それぞれの境界線が不明瞭であることが,当事者研究を,真の意味で当事者のものたらしめているのかもしれない。

「いいかげん」が「いい加減」

 べてるの家の「いいかげんさ」。この日もそれを象徴するような出来事があった。発表者の1人,中山玄一さんは何と入院中で,この日は外出許可をとって来たのだという。患者による当事者運動が近年盛んになってきたとはいえ,北海道で入院中の患者が東京まで講演にやってくるというのは,おそらくべてるの家の活動以外では考えられないことだろう。

 (後日談:中山さんは,自身の講演が終わると何も告げずに会場から消え,そのまま水戸の実家に帰ってしまった。2日後に1人で浦河に帰ってきた中山さんに,なぜ突然実家に帰ったのかと尋ねると,「燃料が切れたから」ということだった。中山さんは現在,「疲れやすさの研究」をしている)

 また,「公私混同」ということでも「いいかげんさ」は発揮される。向谷地氏や,浦河日赤の精神科医である川村敏明氏は,名刺に自宅住所と電話番号,携帯電話まで記載している。患者には「電話したくなったらいつでもかけていいよ」と伝えてあるというが,「不思議なことに,そう伝えると,みんなあんまりかけてこないんですよ」と向谷地氏は言う。

 実際,発表者の福島孝さんも,「電話をしたくなるのは不安だからなんですが,向谷地さんの名刺を見ると,安心しちゃって,実際にかけなくても平気になるんです」と語る。

「何を大切にしたいのか」

 質疑応答では,べてるの取り組みを取り入れたいが,周囲の理解・協力を得られにくいのではないかという質問があった。当事者の伊藤知之さんはこれに対し,「正面切ってやろうとすると軋轢を生みますので,こっそり,少しずつやるのがいいと思います」と応えた。また,向谷地氏もこれに補足して,「自分たちが何を大切にしたいのか。そうした小さな理念を,理解しあえる仲間と共有し,大切にするところからはじめてはいかがでしょうか」と述べ,この日の講演をまとめた。

 当事者研究による成果は,着実に現れつつある。2005年2月に弊社より刊行された『べてるの家の「当事者研究」』では,2001年2月から今日までの当事者研究の成果がまとめられている。また,雑誌『精神看護』では,現在も「当事者研究」の題で連載が続けられている(2005年3月号では,伊藤知之さんによる『「人間関係という生きづらさ」の研究』が掲載されている)。当事者研究に関心を持った読者には,これらをご参照いただきたい。