医学界新聞

 

名郷直樹の研修センター長日記

18R

興味のないことに興味を持つ

名郷直樹  地域医療振興協会 地域医療研修センター長
横須賀市立うわまち病院
伊東市立伊東市民病院
東京北社会保険病院臨床研修センター長


前回2622号

□月●△日

 最初のローテートが終わり,次のローテートまでの1週間はへき地診療所研修だ。病棟の研修でせっかく緊張感が出てきたところなのに,そんなへき地の診療所なんかに出して,責任のない立場で見学なんかさせて,また学生気分に戻してどうする。そんな声もある。正直そんな声に対しては,うるさい,だまってろ,ここの研修の目的は,へき地医療の専門医の育成なんだ,と言いたいところだが,そこをぐっとこらえて,ひたすらよろしくお願いします。

 花に嵐のたとえもあるさ,お願いだけが人生だ。

 しかし問題はそれだけじゃない。研修医のほうも全員がへき地医療に興味を持っているわけじゃない。何だ,ぜんぜんだめじゃないか。確かにだめだ。ある研修医がへき地の診療所に出るに当たって質問する。

「何してくればいいんですか?」

 あまりにわかりやすい,ストレートな質問だ。なんでも質問できるいい研修環境が整備されている証明か。

「何をしたいですか?」

 得意の質問返しだ。

「何が面白いですか?」

 おおっと,逆質問返しだ。

 くじけずさらに逆逆質問返しで答える。

「何が面白いと思う?」

「そうですね。やっぱり外来とか,往診とかですか。ここじゃあまり見れないですから」

「そうだよね。外来とか往診とか見れるといいよね。でもそれ以外に何か思いつくものある?」

「あんまり思い浮かびませんけど」

「そう,それだ。それがいい! 思い浮かばないもの,それをよく見てくるといい」

「はあ?」

「別の言い方をすれば,ぜんぜん興味のわかないものをよく見てくるといい」

「面白くない研修を何とか耐えろということですか? 興味が持てる研修を準備してもらわないと。興味がないと寝てしまいそうです」

「そうだ。寝てしまいそうな時にこそ最も重要なことが転がっている。興味のあることというのは既にわかっているようなことだ。本当に学ぶべきことは,今まで自分がわかっていない,自分が興味のないことにある。違うか?」

「・・・・・・」

「おい,寝るんじゃない。興味がないことに興味を持つっていう話だ。今こそ興味のないことに向き合うチャンスじゃないか」

 興味がないことに向き合うと,興味がないので,大体はこういうことになる。

 講演会のあとなどに,「今日のお話は自分の勉強したいこととぴたっと一致して,大変勉強になりました」,そんな感想を述べる人がいる。ちょっと待てよと思う。自分の勉強したいと思っていたこととぴたっと一致したということは,既に話を聞く前から理解していたということではないだろうか。聞く前からそれについて理解していなければぴたっと一致したなんてことが言えるはずがない。聞く前から理解していたにもかかわらず,大変勉強になったとはどういうことか?

 この場合に起こったことは二通りだ。真に話し手の内容と聞き手の考えがぴたっと一致していた。あるいは自分の理解している都合のいい部分だけを聞いていて,聞き手がぴたっと一致したと勘違いしているに過ぎない。どちらにしてもどうでもいいことだ。前者であれば,もう既に理解していたことを復習しただけで,新しく何かを学んだわけじゃない。後者であるとしても,やはり新しいことは何も学んじゃいない。新しいことを学ぶどころか,そういう部分を避けているのかもしれない。誰しも興味のある話しかよく聞かない。興味のあるというのは,ある意味かなりわかっている問題だったりする。ぜんぜんわかっていないことを学ぶというのは,きっかけそのものが難しい。

 それじゃあ,新しいことを学ぶというのはどんなことなんだろう。「私の関心とぜんぜんずれていましたが,大変勉強になりました」,そんな感想が聞かれた時には,かなりいい線いっているのかもしれない。

「この前の受け持ち患者は,間質性肺炎のあと次々に新しい問題が生じて大変興味深い患者でした」

「今の受け持ちの患者は,高齢者の肺炎とか糖尿ばかりであんまり興味をそそらないんですよね」

 よくある研修医の感想である。またしてもちょっと待てよと思う。こういうことを続けていると,どういうことになるんだろう。自分の興味というのはなかなか頑なだ。興味そのものだけでなく,そうしたことに興味を持ちやすい自分の頭の枠組みもまたかなり頑なだ。自分の興味で進む限り,その自分の勝手な考えの枠組みからは決して逃れられないのではないか。そんなことで,これから出会うさまざまな価値観を持つ患者さんに,前向きな興味を持って向き合うことができるんだろうか? 病気に対する興味より患者に対する興味,そしてさらには,患者に対する興味の中でも,自分の関心の低い患者に対する興味。そうしたステップアップが必要だ。

 自分の研修目標とぴたっと一致していい研修ができました。確かにそれも重要なことだ。しかしそれだけでいいのかといえば,それでは十分でない。興味のあることだけでなく,興味がないことに向き合えるような,そんなトレーニングが必要だ。だって自分が興味のない患者だからといって,向き合わないわけにはいかない。特にへき地医療の現場では。

 新たな研修目標が明確になった。興味のないことの前で眠ってしまうとしても,まずは掛け声から。

「興味のないことに興味を持て」


名郷直樹
1986年自治医大卒。88年愛知県作手村で僻地診療所医療に従事。92年母校に戻り疫学研究。
95年作手村に復帰し診療所長。僻地でのEBM実践で知られ著書多数。2003年より現職。

本連載はフィクションであり,実在する人物,団体,施設とは関係がありません。