医学界新聞

 

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第 58 回

メディケイド危機(4)
財政破綻に対する対処法

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2628号よりつづく

 前回,ミシシッピ州でメディケイドが「破産」に追い込まれた経緯を紹介したが,3月11日にメディケイドの財源が尽きるとわかりきっていたのに,不足分の財源をどう手当てするかを巡って州知事と州下院が激しく対立,妥協が成立しないままに,最悪の事態を招いてしまったのだった。

知事が主張した タバコ基金の流用

 不足分の財源の手当について,知事のバーボア(共和党)は,「タバコ訴訟」でタバコ会社から得た賠償金を流用することを主張した。タバコ訴訟とは,90年代後半に全米の州政府が「タバコによる健康被害に対して州がメディケイドに支出した医療費を賠償せよ」と訴えた訴訟であるが,もともと,全米に先駆けて,94年にこの「独創的」ともいえる訴訟を起こしたのはミシシッピ州だった。

 しかも,ミシシッピ州は,90年代末に,タバコ会社から得た賠償金()を財源として,高齢者・障害者のメディケイド加入所得制限を緩和していた。タバコ企業から得た賠償金でメディケイド加入者を増やしたことが,今回の財政破綻の一因となっただけに皮肉な話であるが,バーボアは,「使える金が目の前にあるのに,使わない手はない」と,本来は州財政を恒久的に安定させる目的で設立されたタバコ基金に手をつけることを主張したのだった。

下院が主張した タバコ間接税増税

 一方,民主党が過半数を占める州下院は,「タバコ訴訟で得た基金から一時しのぎで財源を流用しても抜本的な解決に結びつかない」と,猛反対した。その代わりに,下院は,メディケイドの新たな財源としてタバコにかける間接税増税を主張した。しかし,「増税しない」ことを公約に掲げて知事に当選しただけに,バーボアは,タバコ税増税に大反対した。しかも,バーボアは,知事になる前はタバコ業界のために働くロビイストだっただけに,自分のスポンサーを裏切るわけにはいかない事情があったのである。

危機を脱したミシシッピの メディケイド

 財源を巡る対立が続いたまま,3月11日,メディケイドは「破産」に追い込まれてしまったのだが,「破産」の当日(金曜日),下院は審議もそこそこに「散会」を決議,「職場放棄」と州民の非難を浴びる政治的ミスを犯した。知事の命により,週末の3月12・13日に州議会が緊急招集されると,下院は,タバコ基金から資金を流用する知事の案を受け入れる法案を可決,ミシシッピ州メディケイドは「破産」後2日で危機を脱したのだった。

 と,ここまで4回にわたって米国メディケイドの財政破綻の状況を紹介してきたが,日本でも,「『公』を減らして『民』を増やす」と,米国型の「二階建て」医療保険制度を目指す動きがあるだけに,へたをすると,メディケイドの今の姿が,明日の日本の公的医療保険の姿になりかねない。いつか来るかも知れない「明日」に備えるためにも,ここで,アメリカがメディケイドの財政破綻にどのような方法で対処しているのか,その対策を概観しよう。

1)給付制限
 支出を減らす第一の方策として,サービスの量と質を減らすことが広く行われている。たとえば,ミシシッピ州では,今回の財政破綻に当たって,もともと30日までと制限されていた年間入院日数を15日までと半分に減らすことが検討されているが,入院日数を0日まで減らすことができないことでもわかるように,給付制限による支出減には自ずと限界がある。

2)診療報酬減
 医師・病院に対する支払い額を減らすことも広く行われているが,診療報酬の減額にも限界があるうえ,「メディケイドの患者は診ない」という医師が増加するなど,メディケイド患者のアクセス難をさらに悪化させている。

3)加入制限
 加入資格の所得制限を厳格化したり,メディケアとの二重給付を解消したりすることが行われているが,メディケイドの財政負担は減っても,社会全体の無保険者を増やすだけの結果に終わる。

4)自己負担増
 受診時の自己負担分(copayと言われる)を増やしたり,外来処方薬についてもブランド品は自己負担を高めに設定したりしているが,もともと「極貧」の低所得者が被保険者であるだけに,「軽微」な負担増であっても,被保険者にとっては「苛酷」な結果となりかねない。

5)増税
 共和党には「増税をしない」と公約して当選した知事も多いだけに,ミシシッピ州のバーボア知事のように,増税に対して「拒絶反応」を示す知事も多い。しかし,インディアナ州のミッチ・ダニエルスの場合,知事になる前はホワイトハウスの予算部門責任者としてブッシュ政権の減税政策を強力に主導した前歴の持ち主だっただけに,「メディケイドに頼るしかない患者を苦況に陥れることなく財政破綻を解消するには増税しか手はない」と,知事になった途端に宗旨替えをして,全米を驚かせた。しかも,増税の中身は,年収10万ドル以上の高額所得者の所得税率を1%上げるという,とても共和党の知事らしからぬものだったが,ダニエルスにとって,「金持ちを対象とした増税」しか現実的な解決策はなかったのである。


註:総額30億ドル(25年の分割払い)。