医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


《神経心理学コレクション》
Homo faber
道具を使うサル

入來 篤史 著
山鳥 重,彦根 興秀,河村 満,田邉 敬貴 シリーズ編集

《評 者》岩村 吉晃(川崎医療福祉大教授・感覚矯正学科)

「サルの道具使用」の研究の軌跡を詳述した,ユニークな科学読み物

 本書の著者,入來篤史氏は私のかつての共同研究者である。彼は私のライフワーク,サル体性感覚野における階層的情報処理の仕事が終盤にさしかかった1993年ごろ,この研究プロジェクトに参加,中心後回後方における両手統合の発見,第二体性感覚野研究の開始など,高次感覚情報統合の仕組み解明に大いに貢献した。

 私は中心後回の後方,頭頂間溝領域に研究の初期より電極を刺入,不思議なニューロン活動をいろいろ記録していた。その多くが再現性に乏しい逸話的観察であったが,その中に体性感覚野なのに視覚刺激に応答するニューロンがあった。これは1993年にそれまでの研究を総括した論文に軽く記載しただけで,深くは追求しないまま放置しておいた。

 入來氏が参加してまもなく,私はこれまでの頭頂間溝領域の面白いニューロンと,これと同時記録した行動ビデオを彼に見せた。彼はこれに深く印象づけられた様子であったが,まもなくまったく新しい実験パラダイムを考案し実行に移した。これが「サルの道具使用」の研究であり,本書のテーマ,なのである。

 本書はこの実験の着想を得てから,その発展にいたる経緯を詳細に述べている。私にとって特に印象的だったのは,この実験結果を北米の神経科学学会で最初に報告した時のことである。エンドレスビデオテープを映すテレビをポスターの前に置いた。これは前を通る観客の注意をひき,大きな人だかりができた。この研究はその後も国際的に(もちろん国内でも)評判となり,入來氏は人気者になった。2001年にはNeuroscience Research誌のExcellent Paper Awardを受賞,2004年の秋には,Minerva Foundation in CaliforniaからGolden Brain Awardを受賞した。

 本書はそのような彼の10年にわたる研究の成功物語である。本書には著者の見せる才能が遺憾なく発揮され,演出的配慮がいたるところになされている。例えば,前書きにおける,幼少時アメリカ生活でのベンジャミン・フランクリンとの出会いであり,ベルクソンやカッシラーなど20世紀西欧哲学者の業績への言及であり,2種類のコラムのシリーズに書かれた,世界の有名美術館での哲学的思索の表出などである。

 本書の思想的な柱はいくつかあるが,その1つは進化論である。サルとヒトの知的能力を連続的と見るのか不連続と見るのかはっきりしないところがあるが,これはいましばらく結論が出ない問題である。進化論への傾倒は生物学者であった著者の祖父の強い影響らしい。もう1つは西欧文明への憧憬である。ボディイメージという主観的現象を扱う時,哲学的思索は避けることはできない。ただ,いうまでもなく哲学用語は特に翻訳されて紹介されると難解であり,定義された用語を使う実験科学としての生理学の枠からはずれ,著者が自分の思索のあとを哲学的に語る時にも,その意図が伝わりにくいところが多い。心理学や言語学の世界にも日常的に同じ悩みがある。一方,哲学に限らず,著者の芸術,学術,科学技術などにおける西欧文明への強い憧れがうかがえるが,彼の仕事がヨーロッパで高く評価されているのも,著者が西欧的文化基盤を並みの日本人以上に彼らと共有しているためであろうか。

 いずれにせよ,最初の発見から10年ほどで,遺伝子技法から脳イメージングまでさまざまな実験手法を駆使しての研究の展開ぶりがよくわかり,大変感銘を受けた。挿図や写真も適切である。本書はこれまでの殻を破ったユニークな科学読み物であり,若い研究者に研究の仕方を教え,勇気づける内容であると思われる。

A5・頁236 定価3,150円(税5%込)医学書院


《米国感染症学会ガイドライン》
成人市中肺炎管理ガイドライン
第2版

河野 茂 監訳

《評 者》佐々木 英忠(秋田看護福祉大学長)

予防や治療成績について論文に基づいた具体的数字をあげて記述

 ガイドラインは通常,「このようにすべきです」と書かれていて,当たり障りのないように記述されている場合が多いが,本書はさながら市中肺炎のレビュー(review)になっている。しかも,一行一行の記述がすべて論文成績に基づいており,効果は何%の予防,または治療成績が得られると具体的数字をあげている。その数字の根拠は,無作為二重盲検対象研究から得られたものか否か,大規模試験かによって,断定の仕方が違う可能性があるので,「~と示されている」等々,区別されて表現されている。場合によっては,ある重要な用い方について「証明されていない」とその限界すら述べてあり,明解である。

 そのため,本書は臨床で患者を治療する場合は言うに及ばず,臨床家が,自分の成績を発表したいと思った場合には,その箇所を読めば世界最先端の数字がすべて得られ,自分の患者成績と比較するうえにもきわめて有用である。また,論文も十分引用されている。

 河野教授が,日米をはじめ,世界中で通用するグローバルガイドラインを作ったとしたら,日本で治療する臨床家の姿を思いうかべて楽しくなる旨を序文で述べられているが,河野教授ならずとも,小生でさえついつい引き込まれて次々と読んでしまう引力が本書にはある。それはたぶん自分の知識よりちょっと詳しく,「どのような基礎疾患をもつ患者では何%効果があり,予後は何%であり・・・」と述べてあるため,なる程,なる程と思っているうちにどんどん頁をめくってしまう読み物のような記述になっているからと考えられる。

 河野教授は,教授就任後も欧米に留学して日米の感染症を研究してこられたが,日本を外から見ることによって,日本の感染症が世界的に見てどういう位置づけになっているのか最も知っている第一人者である。その河野教授が,「ぜひおもしろいから」,というと語弊があるが,事実感染症のおもしろさが伝わってくる本書を訳されて,私共に送っていただいたものである。

 九州大学名誉教授の重松信昭先生があるとき,私の肩をポンとたたいて,「あらゆる疾患は将来克服されたとしても感染症は残る」と言ってくれたことを思い出すが,新興感染症について最先端の報告が盛られていて,本書を手にすることによって,河野教授と同じ「おもしろい気分」にひたれる。

A5・頁208 定価3,150円(税5%込)医学書院


心電図を学ぶ人のために
第4版

高階 経和 著

《評 者》木野 昌也(北摂総合病院院長)

心臓病学の入門書としても最適

 本書は1979年の初版発行以来版を重ね,多くの読者から大変高い評価を受けている。初版以来,実に25年の歴史を重ねている,わが国の医学書の中でも希有な存在である。この本を入門書として愛読され,現在は内科医,循環器専門医,あるいは専門ナースとして臨床の第一線で活躍している方もたくさんおられることであろう。第4版では図版が全面改訂され,新知見が追加されている。

 なぜ,この書がこれほどまでに,多くの方に長く読み継がれているのであろうか。心電図の学習を困難にさせている理由は,人の目には見ることのできない極めて微量の電気現象を三次元的に理解しなければならないからである。心筋細胞の電気現象が,心臓の働きとどのように関係しているのか。病気の心臓では,電気現象はどのように変化するのか。あるいは人の体に異常が発生した時に,心電図にはどのような変化が起こるのか。心電図だけを勉強しても,これらの疑問には答えることができない。解剖学,生理学,生化学,病理学,ひいては臨床の豊富な知識があって,初めて理解できるのである。この本は初心者のために書かれた心電図の入門書ではあるが,心臓病学についての入門書としてもお勧めの書である。

 まず,この書は実に読みやすい。解剖学,生理学,生化学等の知識をもとに,心臓と心電図の関係をわかりやすく解説している。心電図の波形は大きく,極めて鮮明である。日常の診察にすぐに役立つ臨床のヒント,解剖図,心音図,脈派や圧波形,時には漫画を使用し,多くの日常的なたとえを引きながらの解説は,心電図アレルギーの人々にも大変な福音ではないか。心電図をそんなに難しく考えないで,皆で楽しく勉強しよう。

 さあ,長椅子やベッドに寝転びながら,心地よい音楽を聞きながら,気楽に心電図,心臓病の勉強をしようではないか。著者のそんな言葉かけが今にも聞こえてくる。日本と米国の医師や医学生,看護師,歯科医師,その他一般の人々に対する豊富な教育経験からであろう。著者の面目躍如たるものがある。James教授,White医師,Burch教授ら現在の循環器病学の基礎を作られた大家との交流のエピソードは,著者から受ける個人レッスンである。

 臨床に携わるすべての人が理解し,マスターし,日常的に使いこなさなければならない言葉に三種類ある。患者さんの病歴としての「日常語」(spoken language),バイタルサインや徴候としての「身体語」(body language),心音や心電図などの「臓器語」(organ language)である。改訂第4版に際して書かれた著者の序文の中のこれらの言葉からも,著者が世界的な第一級の臨床医であることが理解できるであろう。心電図学は学問としての歴史も長く,世界的な名著も多い。この書は,心電図として,心臓病学の入門書として名著と呼ぶにふさわしい。初心者だけでなく,心電図を勉強した人がもう一度知識を整理するための書としても広くお勧めしたい。

A4変型・頁272 定価3,360円(税5%込)医学書院


内視鏡外科における縫合・結紮法
-トレーニングからアドバンスト・テクニックへ

黒川 良望 監修
安藤 健二郎 著

《評 者》山川 達郎(帝京大溝口病院 内視鏡手術センター・外科)

合理的な縫合・結紮法が学べる内視鏡医必読のバイブル

 このたび,安藤健二郎先生著,『内視鏡外科における縫合・結紮法-トレーニングからアドバンスト・テクニックへ』と題する単行本が黒川良望教授(東北大学先進医工学研究機構)監修で医学書院から刊行された。安藤健二郎先生は東北大式トレーニングボックス(ラップコーチャー)の開発者で,内視鏡外科手術がわれわれの臨床に登場した幕明け期から,その普及には教育システムの必要性を強調されてこられた。私自身も先生のラップコーチャーにご厄介になった者の1人で,先生がこのようなご著書を刊行されたことに心からの敬意を表するとともに,期待を持って拝読させていただいた。

 折しも,日本内視鏡外科学会は,内視鏡外科医の手術技量到達目標を“それぞれの領域に定着した内視鏡外科手術手技において,術者としてやっていける十分な技量の習得”におき,所定の申請書類のほか,申請者が行った手術の未編集ビデオや,縫合・結紮術が含まれないビデオ提出者には,それを示す副ビデオを審査して認定する技術認定制度が発足した。まことに機を得た刊行である。

 本書では数多くのシェーマを用いて,各種の結紮・縫合法の基礎について解説後,各論では消化性潰瘍穿孔部の縫合術,噴門形成術でのWrap形成術,胃部分切除・胃腸吻合術での縫合・結紮法,腹膜・腸間膜閉鎖時の縫合法,肝wedge biopsy時のslip knotの使用法,胆管縫合法,肺瘻閉鎖法など例を挙げて説明されている。

 最近,動物を用いたセミナーでも縫合法のトレーニングが平行して行われているのに接する。しかし著者が述べる“左で針先を軽く把持したまま,右で糸針結合部付近の糸をつまんで針の持針器の軸となす角度を調節した後,針の根元をしっかり把持する”,あるいは“糸針結合部の近くで糸を持針器に巻きつける操作”といったことが教えられているのに接したことがない。小生が米国で学んだのもこの安藤方式であるが,first knot時,糸の巻きつけ方を1重,2重にすることでsimple knot,surgical knotが可能であるし,また巻きつけ方の方向をfirst knotとsecond knotで変えることにより男結び(sailors knot),女結び(granny knot)が容易に行える合理的な方法である。糸だけを把持して行う方法は糸に癖があると難しく,また糸もほころびるので推奨できる方法ではないと考えている。ぜひ,この安藤法を身につけて欲しいと思う。本書は内視鏡医必読の有用なバイブルである。

 黒川教授は「監修者序」で,縫合法・結紮の訓練をすることが内視鏡外科手術に特徴的なハンド・アイ・コーディネイションや両手の協調運動の習得にも効果的であると述べられている。私自身もこれを体験として感じているが,内視鏡外科手術の到達目標は限りなく開腹術と同じことができるようになることであるので,将来は,経済効果や正当性も考慮されて,内視鏡下にも結紮・縫合法がもっと気軽に試みられるようになるのではなかろうか。

B5・頁192 定価7,875円(税5%込)医学書院


ハインズ神経解剖学アトラス
第3版
Neuroanatomy: An Atlas of Structures, Sections, and Systems, 6th Edition

Duane E. Haines 著
山内 昭雄 訳

《評 者》依藤 宏(群馬大教授・器官機能構築学)

臨床に即した練習問題も充実した,神経解剖の初学者から研修医まで学べるアトラス

 ハインズ神経解剖学アトラスの第3版が出た。今回の改訂で,(1)MRI,CT画像の数が増え,その画質も機械の進歩に合わせたものになっている。(2)第9章として練習問題(解答と解説,参照頁つき)が追加され,全体として内容的にもますます充実したものとなっている。

 このアトラスは「実習室,講義室での学習効果の向上」とともに「解剖学と臨床医学との統合」をめざして作成されたもので,その点神経解剖の初学者から,脳外科,神経内科などを学ぶ上級学年の学生,さらには研修医らにとっても利用価値の高いものである。

 まず,初学者に対しては講義や実習で学習・観察する構造が多数の明解な写真で示され,本格実施が近づくCBTの基礎となるモデル・コア・カキュラムの中枢神経系の解剖に関する項目の中で大きな比重を占める伝導路についても,多くのページが割かれている。また,ところどころに挿入・配置された臨床関連事項は初学者の知的好奇心を刺激し,学習意欲を高めるのに役立つと思われる。

 次に臨床の講義,実習に進んだ上級学年,あるいは神経解剖を再度復習する必要の出た研修医らに対してもこのアトラスは非常に有用であることを強調したい。それはCT,MRI画像を可能な限り多数配置し,解剖写真との対比を図っているほか,脳血管障害との関連で血流分布もていねいに記載され,脳血管のMRI像(MRA,MRV)も独立した章として掲載されている点,および先にあげた臨床関連事項なども可能な限り取り入れている点からである。このような特徴は最近多くの大学で実施されつつあるチュートリアル教育で,症例について基礎的なところから自学自習していく際にも,大いに役立つものと思われる。

 さらにはこの版から追加された第9章の240問近い臨床に即した練習問題は,解答と解説に加えて参照頁が示されており,自己の理解度のチェックと復習が可能となっているのも特筆すべき点である。

 中枢の神経解剖について初めて,あるいは改めて学ぼうとする人々にとって,本書はぜひ一度手にとっていただきたい本である。

A4変・頁330 定価6,510円(税5%込)MEDSi