医学界新聞

 

シネマ・グラフティ

第2回
「アバウト・シュミット」


2625号よりつづく

■いつか来る定年の日

 某新聞の本社にはOBのための小さな部屋が用意されているという。仕事一途で生きてきて,定年を迎えても,特に何をするあてもない人が多い。自宅にいても粗大ゴミ扱い。弁当を作ってもらい,背広に着替え,これまで通り社にやってくる。かつての仲間とその部屋で碁や将棋に興じて時間をつぶし,夕方になると帰宅していく。後輩から相談を持ちかけられたり,飲みにでも誘われようものなら,とたんに元気になる。

 大多数の人は,「自分が退職したら,あの部屋にだけは足を踏み入れないぞ」と思っているのだが,いざ退職すると,かなりの人がやってくる。

 こんな話は日本だけかと思ったら,アメリカ映画にも同じような場面が出てきた。

晩年の孤独を ジャック・ニコルソンが好演

 典型的な会社人間のシュミット(ジャック・ニコルソン)も,長年勤めた大手の保険会社を退職する日がやってきた。

 悠々自適の日々を送るつもりだったが,数日も持たない。クロスワードパズルをしたり,テレビを見て時間をつぶしていたが,とうとう我慢できなくなる。背広に着替え,会社に出かけていき,「困ったことがあった何でもアドバイスしよう」と後任者に申し出たものの,体よく追い払われてしまった。

 そんな時,開発途上国の子どもを援助してほしいと慈善団体がテレビで呼びかけているのが目に止まった。小切手に22ドルと記入し,子どもに自己紹介の手紙を書いているうちに,自分を不当に扱う周囲の人々に怒りが込み上げてきた。

 そんな折,40年以上連れ添った妻ヘレン(ジューン・スクイブ)が突然亡くなってしまい,深い喪失感に襲われる。ところがそれだけでは済まなかった。妻がシュミットの親友と不倫関係にあったことまでが露呈。

 ふと,シュミットは近々結婚するひとり娘ジーニー(ホープ・デイヴィス)に会いに,遠くの町まで出かけていった。フィアンセもその母親のロバータ(キャシー・ベイツ)もひどく怪しげで気に入らない。そこで,シュミットは結婚を思いとどまるように説得するのだが,娘は耳を貸そうともしない。しかし,披露宴では,思いもかけず祝いの言葉を述べてしまうのだった。

 疲れ果てて帰宅した彼のもとに,寄付に対する感謝の手紙と,子どもが描いた絵が届く。それを見つめながら,シュミットは静かに涙を流す。

定年後の課題を 思い知らされる映画

 仕事に生甲斐を見出し,一生懸命働いてきた人でも,いつかは長年働いてきた会社から身を引かなければならない日が来る。残りの人生をどのように設計するかは誰にでも突きつけられる大きな課題である。家族との関係も以前と同じではない。さらに,配偶者の死や子どもとの関係の変化に直面させられることもあるだろう。いつかはやって来る自らの病気や死とも向き合っていかなければならない。

 こんな問題が洋の東西を問わずに存在することをあらためて思い知らされる映画である。ただし,けっして暗いトーンになっていないのは,さすがにジャック・ニコルソンだ。

「アバウト・シュミット」(About Schmidt)2002年,米
監督:アレクサンダー・ペイン
出演:ジャック・ニコルソン,ジューン・スクイブ
2003年ゴールデン・グローブ賞最優秀主演男優賞(ドラマ部門),最優秀脚本賞,同年ロサンゼルス映画批評家協会賞最優秀作品賞,最優秀主演男優賞,最優秀脚本賞,他。
発売元:カルチュア・パブリッシャアーズ(発売中)

この項つづく


高橋祥友
防衛医科大学校防衛医学研究センター・教授。精神科医。映画鑑賞が最高のメンタルヘルス対策で,近著『シネマ処方箋』(梧桐書院)ではこころを癒す映画を紹介。専門は自殺予防。『医療者が知っておきたい自殺のリスクマネジメント』(医学書院)など著書多数。