医学界新聞

 

インタビュー

癌研有明病院の新たな役割

武藤徹一郎院長に聞く


 さる3月1日,癌研究会附属病院が癌研有明病院と名称をかえて,有明臨海副都心に移転した。わが国初の癌専門病院として設立されてから,およそ70年。病床数を500から700に増床し,総合病院として新たなスタートを切った癌研有明病院の武藤徹一郎院長に新病院のめざす方向について,お話をうかがった。


――はじめに病院の沿革と新病院の新たな役割についてお話しいただけますか。

武藤 癌研究会という組織ができたのが約100年前の1908年です。癌専門の研究組織としては日本初で,しかも民間でした。そして,約70年前の1934年に附属病院ができています。民間団体で癌専門というのが当院のいちばんの特色でしょうね。

 病院の移転については,建物が老朽化して建て替えなければならないということで,ちょうど東京都が有明地区に総合病院を公募しまして,それに応募し,最終的に癌研が指名されたのが1999年の3月でした。それから6年が経過し,有明地区の状況は大きく変わりましたが,新病院では救急部門を新設し,地域の病院としての役割も担うことになりました。ただ,当院の得意な領域はやはり癌ですから,癌診療を中心にした総合病院ということになります。

地域の病院としての役割

――地域の病院として具体的にどのような役割をお考えですか。

武藤 地域との関係では医療支援センターというものをつくりました。医療支援センターはいろいろな部門が複合していまして,たとえば看護相談,医療相談,病診連携,患者サービスなど,医療そのものではなくて,患者さんと関係するいろいろな問題を一括して扱っています。その中にいくつかの組織がありますが,患者さんがとにかくそこに行って聞けば,どこかを紹介してくれるという仕組みになっています。私がそこに期待している新しい仕事に,地域の医師会との折衝があります。

 具体的には,医師会の承認を得て開放病床を設けたいと思っています。開放病床は最初は5床くらいから始めますが,その5床は契約したドクターたちに使ってもらいます。患者さんを連れてきて,そこで治療して,カンファレンスにも参加し,図書館も利用して,そういう関係をつくりながら,地域のドクター,医師会と,お互いの求めるものを提供し合うシステムにしたいと思っています。

救急の将来像

――救急については,どのようなことをお考えですか。

武藤 救急は地域の二次救急を担いますので,専門の医師を新たに雇用し,関係する消化器外科と消化器内科を中心に全病院の体制をつくっています。

 ただ,当院はもともと癌診療が専門ですから,将来的には癌に関係した救急をやりたいと思っています。例えば化学療法を行っていて急に具合が悪くなったとか,白血球が急激に減少した時の対応です。それから,癌の手術後に急性腹症になったという時,これはどんな原因で痛くなるかわかりませんから,一般の救急病院では,前に癌の手術をしたとわかると受けてくれないところがあるようです。お腹を開けるか,開けないかの判断もつかないということで。

 そんな例は,当院が得意とするところですので,そういうoncology emergencyというのをやりたいですね。日本でやっているところはありませんが,アメリカにはあります。最終的には,そういう癌に関係した救急をやっていきたいと思っています。

癌研究と化学療法

――癌研究については何か新しいことをお考えですか。

武藤 癌研の特徴の1つとして,研究所と病院と化学療法センターが三位一体となって,連携を取りながら基礎の研究成果を臨床に生かし,臨床のいろいろな問題点を抽出して基礎的な研究をするという関係をつくってきました。新病院でも関係を緊密にできるように,建物の構造上もそうなっています。あと研究所にはオープン・ラボといいまして,自分でアイデアとお金を持ってくる人たちに対して,ラボを開放するという組織もあります。ゲノムセンターも立ち上げて,translational researchを積極的に推進しています。

――化学療法のお話が出ましたが,化学療法はどのように行われていますか。

武藤 当院には化学療法の専門家がいますので,原則として化学療法のチームに任せています。化学療法といっても,安全にどこでも行われているものと,治験に相当するような,まだ十分に定着していないようなものまで,いろいろな種類があります。それを全部,A・B・Cの3つのランクに分けました。治験はAA(ダブルA)といっているんですが,これは絶対に化学療法の専門家にしかやらせない,と院長命を出しました。それから,Cクラスについては各科でやってもよろしい,Bクラスについては各科と化学療法部門との話し合いで決めてもらっています。また,多くの症例が外来(ATC:Ambulatory Treatment Center)で治療されているのも特徴です。

診療の枠組み

――診療体制について変更はありますか。

武藤 患者中心の安全な医療を提供するために,臓器別の診療体制をつくって,チーム医療を行っています。これはあたり前のことですが,なかなか言うは易く行うは難しで,新病院では外来・病棟の配置などをそれに合うようにしました。いちばん大きな特徴はセンター化で,消化器センター,レディースセンター,呼吸器センター,外来治療センターという形で多くの科が一緒になってチーム医療を行っています。

 たとえば消化器センターは,外科と内科が同じグルーピングで,同じゾーンで患者さんを診ます。ですから,必要なら外科医の隣に内科医がいるので相談に行くことができます。その場合,患者さんが動くのではなく医師が動きます。そういう構造になっていて,それが,患者中心の医療にとって,いちばん大切なことと考えています。

 レディースセンターは2フロアありますが,完全に女性だけのフロアにしました。そこには,主として乳腺,婦人科が入っています。

今後の課題

――診療に関して,今後取り組んでいくことはありますか。

武藤 今までの癌の医療というのは,外科医が中心で,とにかく切り取って治すというのが基本的な方法でしたが,結局,癌は外科だけでは治りきらないということがわかってきました。昔は「癌の撲滅」といいましたが,今は撲滅できないので「癌の克服」という言葉を使っています。癌の患者さんの約半数は残念ながら治りません。来院された時に治らないことがわかる方がいますし,再発される方もいます。

 この患者さんたちが,いったいどこで治療されているかというと,しっかりした公的な施設ではないのが実情です。そういう人たちに対してきちんとした納得できる医療を提供するのが,癌研の使命の1つだと思っています。

 具体的には治療方針を立てて,余命1年を1年半,あるいは2年に延ばすような,そういう医療をめざそうと思っています。これは,今まであまり真面目にやられていなかったことです。患者さんたちは,実際,そこがいちばん困っています。精神的ケアも必要だと思います。ある程度治療をした後に,1回は在宅に戻り,また病院に戻ってきた時に緩和ケアになるとか,いろいろなケースがあると思います。

 そのあたりは医師会と十分協力してやらないとなかなかできないことですが,それを先ほどの医療支援センターを窓口にやりたいと考えています。地域にはそれを非常に熱心にやってくれる医師がいるんですよ。やはり,組織をつくってもいい人がいないと,なかなかうまくいかないし,いい人がいても組織がなければ駄目ですが,それがうまくいきそうです。これはいろいろな意味で,地域の医師にも喜んでもらえるのではないかと思っています。

――本日はありがとうございました。

(癌研有明病院については,弊社発行雑誌『病院』グラフ欄で近々紹介の予定です)


武藤徹一郎氏
1963年東大医学部卒。81年大森赤十字病院外科部長,82年東大第1外科助教授を経て,91年東大第1外科教授。93年東大附属病院長。99年癌研究会附属病院副院長,2002年同院長。専門は大腸腫瘍の診断と治療。
癌研有明病院URL=http://www.jfcr.or.jp/hospital/