医学界新聞

 

インタビュー

ボーダーレス時代の外科を検証
第105回日本外科学会会長・二村雄次氏に聞く


 第105回日本外科学会が,きたる5月11-13日の3日間にわたり,名古屋国際会議場で開催される。本紙では,会長を務める二村雄次氏(名大大学院教授・器管調節外科学)に学会の見どころについてインタビューした。二村氏は柔道家としても著名だが,柔道にまつわるエピソードと外科入局者が減少する中での対策についてもお聞きした。


――まずは今学会のテーマについてお聞かせください。

二村 今回は「日本外科文化の発展――ボーダーレス時代での検証」というテーマにしました。皆さんこのところ,近未来のことばかりを取り上げて,外科領域にまでmolecularレベルの話がどんどん入ってきていますが,一度立ち止まって考えてみましょうということです。先のことばかり見てやってきたのが,本当によかったのかどうか,検証する必要を感じています。

 一方,最近の動きをみていると,ある1つの疾患を治す時に,外科的に治療するのか,内科的に治療するのか議論になるように,外科と内科の担当領域がわからなくなってきています。これに「ボーダーレス」という言葉が使えるかなと考えました。それから,日本と外国の医療あるいは治療成績を比較することが普段から行われるようになってきています。患者さんも,日本から出て行ったり,外国から入ってきたり,地理的にもボーダーレス,グローバリゼーションの時代になってきました。

 そのような観点から,最近数年間の医療を反省しながら考えてみましょう,ということをテーマにしたわけです。「future,futureというのはやめよう」ということです。

 「ボーダーレス」ということで,外国から15人ほど呼んでいますが,特別講演をしていただくのは2人だけです。ほかの方には,シンポジウムなどで,基調講演あるいは単独の演説をしていただいて,日本の先生方とディスカッションしていただきます。日本と外国の間で,まさにボーダーレスに話し合うことを考えてみました。

プログラムの見どころ

――プログラムのいちばんの見どころは,どのあたりでしょう。

二村 1つは特別企画です。これは第1会場(メインホール)で,期間中3日間,午前午後ずっと開催されます。そこでは,社団法人としての外科学会がやっていかなければならないこと,つまり学術以外のことがテーマとなります。詳細は別掲のとおりです。事前登録が必要ですが,一般市民にも公開するのが大きな特徴です。

――特別企画はどれも重要なテーマと思いますが,「本邦の外科系medical journalが生きる道」はどういう内容ですか。

二村 現在,日本で出ている外科系の英語のジャーナルには,『Surgery Today』(外科学会),『Journal of Gastroenterology』(消化器病学会),『Gastric Cancer』(胃癌学会),『Breast Cancer』(乳癌学会),『Journal of Hepatobiliary Pancreatic Surgery』(肝胆膵外科学会),『Japanese Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery』(胸部外科学会)があります。その中では,『Journal of Gastroenterology』と『Surgery Today』だけがimpact factorがついていますが,まだ他は新しいこともあってついていません。『Journal of Hepatobiliary Pancreatic Surgery』に,たぶん2年以内にいちばん高いimpact factorがつくのではないかと予測しています。

 英語で論文を書かないといけない時代になり,日本でも英語の論文を出すチャンスをつくろうということなのですが,まだ,外国からの投稿がいま一歩ということや,impact factorがまったく上がらないということがあるので,何らかの企画を考えて,impact factorを上げていこうと思いました。いつまでもあまり低いようでは,存在価値がなくなってしまいます。また,経費の問題もありますね。

――それから「麻酔医不足に外科医はどう対応すべきか?」というのがありますね。

二村 これは大変な社会問題になっています。一部の地域で,数年前に麻酔医がユニオンをつくって,派遣センターをつくりました。地区の関連病院への麻酔のデリバリーサービスです。それがとうとう大学病院にまで波及して,大学の医局も,教授と数名の教官を残して,そっちへ行ってしまったというんです。それで,そこから大学へ麻酔をかけにくるんです。大学の手術件数が大きく落ち込み,大学病院の経営に大きな打撃を与え,患者さんの待機期間も長くなってしまっています。

――麻酔医が不足しているというお話ですが,外科のほうも入局者が減っていますよね。

二村 減っています。これは世界的な傾向で,アメリカでもヨーロッパでも同じです。拘束時間が長いし,いわゆる3Kですよね。それがいちばんの理由で,外科医のQOLが悪いということでしょう(笑)。

外科と柔道

――先生は,どういうことで外科医を志されたんですか。

二村 性格的に,とても内科的な仕事はできないと思ったんですね。柔道をやっていたこともあって,整形外科を希望していたんです。ところが,実習の時に,自分がイメージしていたのとまったく違うことがあり,それで外科へということだったので,あまりたいしたきっかけじゃないんです。

――先生は柔道家としても有名で,現在,大学の柔道部で師範をしていらっしゃいますよね。

二村 その縁で,今回,山下泰裕氏に招請講演をお願いしました。

――山下氏はどんなお話をされるんですか。

二村 ボーダーレスのことです。彼は,世界中どこへ行っても知られていますが,まだ,全日本柔道連盟の役員の中では若いほうです。そんな中で何年か前に,選手の強化本部長になった時に大改革をやったんです。

 外国に対する成績がガタガタになり,特にソウルオリンピックはひどい成績でした。その立て直しのために,彼は,世界に通用しないような日本の柔道では駄目だ,世界と闘うためには日本の中にいてはいけないということで,選手を皆外国へ出してしまったんです。そのことで,彼より上の世代の人たちの大反発をくらいました。「ご本家から外へ出て行くとは何事だ」というわけです。しかし,彼の意見には皆耳を傾けますから,そのやり方が通って,選手をどんどん外国に出して,世界大会であたる人たちと直接稽古をさせたんです。そういう大改革をやって,今回のアテネで花が開いたわけです。ですから,柔道の競技もボーダーはないというわけです。そのあたりが,ちょうど今回のテーマにあっているということで,彼に依頼しました。

――外科手術というのは,かなり細かいことを要求されますが,柔道との両立といっては変ですが,両方をされる方というのは少ないんじゃないでしょうか。

二村 国立がんセンターにおられた長谷川博先生からいろいろ教えていただいたんですが,先生からは「絶対にいかん!」と言われました。前日に力仕事をするなとか,さかんに言ってらっしゃいましたし,本にも書いておられます(笑)。

 しかし,柔道をやって,その後遺症で手術ができないということはまずないです。手のすり傷なんかはしょっちゅうですが,手の消毒の時にちょっと我慢すれば大丈夫(笑)。ほとんどは問題がなくて,体力の維持がずっとできていますから,メリットのほうが大きいです。医局の若い人にはまだまだ負けられません。

次世代へのメッセージ

――診療以外に教育のほうもされているわけですが,外科に進む方が減っている中で,若い方にはどういうことをお話しされていますか。

二村 学生が臨床実習で回ってきますから,その時に必ず手術に入らせて,「外科の手術はこれだけ楽しいんだよ」ということを体験させています。

それから,「診断しても,自分で治せなかったら医者をやっている意味があるだろうか」という面白い意見を言う学生がいたので,そういう意見をなるべく皆に知ってもらうようにしています。

 なにしろ,自分が担当する領域に,やりがいがないといけないですよね。外科の多くががんの診療になっている現時点では,手術療法ががん治療の7割くらいを占めていると思います。まず手術をして,その次に何かというのが一般的でしょう。ですから,がん治療のほとんどを自分たちがやっているのだ,という認識を持たせることと,がんという病気はどんどん増えているから,仕事も増えるということですね。何年後になれば,がんの治療に外科が必要でなくなるかはちょっとわからないですからね(笑)。

 それともう1つ,外科が内科と大きく違うのは,手術に代表されますがチーム医療だということです。ですから,チームプレイのできる人・好きな人に向いている,ということを言います。どうしてもチームプレイができないという人には,無理には勧めません。1人だけでやっていきたいという人には,「内科系のほうがいいよ」と言います。外科は1人では絶対できませんから。

――最後に,昨年あたりから,名古屋は経済界でも堅実な経営手法で注目されていますが,今年は中部国際空港の開港と愛知万博がありますね。

二村 2月17日に中部国際空港が開港し,3月25日に愛知万博がスタートしました。近くに国際空港ができたことは大きな意味があります。トヨタを中心とした自動車関連企業の意気がちょっと上がるんじゃないかと思っています。

 万博は成功するかどうかわかりませんが,前回のハノーバーがだいぶ悪かったらしいですから,中部の経済界が力をいれて頑張っています。トヨタがいるからやれるんじゃないかとも思いますが,おかげで外科学会への資金援助はすべて断られました(笑)。

――学会はちょうど万博の会期中に開かれるということですね。

二村 外科学会の時は開会から1か月半過ぎたところですから,安定期でいいかなと思っています。学会は金曜日に終わりますから,皆さん,週末に万博に行っていただければと思います。

――本日はありがとうございました。

●第105回日本外科学会特別企画

1)新卒後臨床研修制度:1年を振り返って
 (司会=聖路加国際病院 櫻井健司氏,名大 松尾清一氏)
2)包括医療を振り返る
 (司会=南千住病院 出月康夫氏,慶大 北島政樹氏)
3)外科専門医制度:新たなるスタート
 (司会=国循 北村惣一郎氏,東北大 里見進氏)
4)麻酔医不足に外科医はどう対応すべきか?
 (司会=奈良医大 古家 仁氏,杏林大 跡見 裕氏)
5)医療とその法整備(司会=東大 高本眞一氏,斗南病院 加藤紘之氏)
6)本邦の外科系medical journalが生きる道
 (司会=東北大 松野正紀氏,九州中央病院 杉町圭蔵氏)


二村雄次氏
1969年名大医学部卒。名大第1外科に入局し,1991年名大第1外科教授,2000年名大附属病院長。現在,名大大学院医学系研究科器官調節外科学教授。専門は肝胆膵疾患の外科治療。雑誌『消化器画像』代表幹事,近刊に『胆道外科-Standard and Advanced Techniques』(医学書院)。名大柔道部長兼師範も務める。