医学界新聞

 

過去の検証と次代への啓発

第10回日本集団災害医学会開催


 さる3月3-4日,第10回日本集団災害医学会が藤井千穂会長(大阪府立千里救命救急センター)のもと,ホテル阪急エキスポパークにおいて開催された。「過去の検証と次代への啓発」をテーマに行われた今回の学会では,昨年末に起きた新潟県中越地震,スマトラ沖大地震などの過去の大災害や,発生が予想されている東海・東南海地震に関するテーマに注目が集まった。


■迫る東海・東南海地震への対策が議論に

東海地震はいつ起きるのか

 東海地方を大きな地震が襲う可能性は以前から指摘されている。河田惠昭氏(京大防災研究所)は,特別招聘講演「東海・東南海・南海地震による被害予測とその対策について」で,東海地震発生の見通しと被害予測,さらには取りうる対策について講演した。

 河田氏ははじめに東海・東南海・南海各地域における地震の歴史を概説。文献資料などから,同地域では約150年周期で大規模なプレート型と思われる地震が発生し続けてきたことを指摘。近年では,1944年に東南海地震,1946年に南海地震が起きているものの,東海地域だけでみると1854年の安政東海地震以来,マグニチュード8を超える規模の地震は起きておらず,周期としては非常に危険な時期を迎えているという。河田氏は,「もっとも危険が高いのは2035年のプラスマイナス5年」としたうえで,「今後5年以内に起こる可能性も10パーセント程度はあるといわれており,決して楽観できる状況ではない」とした。

 東海地方をこうした地震が襲った場合,火災や交通・通信網の破断とともに,津波による大きな被害が予測される。河田氏は,内陸部であっても,例えば大阪市内の浄水場まで津波が到達し飲料水が使用不可となることもあると述べ,予測しうるさまざまな津波被害について警告した。「対策の有無,住民の意識によって,津波による被害は大きく変わる。東海地震クラスの震災では,死亡者数で数万の違いが生じる」と述べ,関係各機関による対応策が急務であることを訴えた。

広域搬送を可能とする情報管理システム構築が急務

 この東海大地震への対応については,シンポジウム「海溝型巨大地震に対する医療対応」で議論された。行政の立場から発言した足立敏之氏(国土交通省近畿地方整備局)は,新潟中越地震の例を引きながら,阪神・淡路大震災以降,行政の情報システムは非常によくなったと評価する一方で,津波への対策を含めた港湾施設の耐震化はいまだ十分に進んでいないと述べた。

 一方,東海・東南海地方にまたがる巨大地震を想定した場合,都道府県をまたがっての患者広域搬送が課題となる。山田憲彦氏(防衛庁航空幕僚監部衛生官)は,災害時には医療以外の用途でも航空機のニーズが高くなることを指摘。医療だけに限らず,複雑な情報管理を可能にする全国的な情報システムの配備を行うことが,航空機搬送においても重要であると述べた。

 津波への対策については,03年の十勝沖地震の津波を体験した赤塚東司雄氏(浦河赤十字病院)が,自身の経験を踏まえて津波への医療対応について述べた。

 まず,システム面の課題については,空路海路陸路の役割分担を強調。空路は情報収集活動と少数の緊急輸送適応患者への対応,海路は緊急ではないが搬送を必要とする大量の重症患者・身体障害者・維持透析患者などの移送,陸路は都市機能・交通網回復後の中長期的な対応を,と提言した。また,震災現場を体験した一医療者として,いわゆる救急医療セットよりも,清潔な水,抗生物質,消毒薬が不足しがちだった経験が印象に残っていると述べ,これらの備蓄量を十分なものとしておく必要性を強調した。

過去の教訓を未来につなげる

 来たる大地震への対応を考える時,忘れられないのが阪神・淡路大震災の教訓である。シンポジウム「阪神・淡路大震災後,何が提唱され,何が実現したか」では,本邦におけるこの10年間の災害医療対策の進歩と課題が確認された。

 大友康裕氏(国立病院機構災害医療センター)は,阪神・淡路大震災後の取り組みとしてもっとも大きなものの1つである,日本版DMAT構想を紹介した。DMAT(Disaster Medical Assistance Team)とは,発災48時間までの超急性期に災害現場に派遣され医療活動を行う医療チームのことで,東京都では04年8月から「東京DMAT」を先駆的に発足させている。日本版DMATとは,これを全国的にしたもので,厚労省は2005年度の補正予算案に補助金を盛り込んだ。大友氏は「指揮系統や,都道府県レベルでのDMATとの連携など今後の課題は大きいが,期待してほしい」と述べた。

■スマトラ沖大地震緊急報告

 2004年12月26日にインドネシア・スマトラ島沖で発生した地震・津波による被害は,2月時点で16万人を超える死亡者を数えるに至っている。今学会でも「スマトラ沖大地震・インド洋大津波」と題して,2人の報告者が緊急報告を行った。

中長期の支援が求められる

 発災直後に国際緊急援助隊1次隊としてインドネシアに渡った二宮宣文氏(日医大多摩永山病院)は,多くのスライドで援助活動のもようを紹介した。1次隊は22名で,二宮氏は先遣隊6名の1人として12月30日にインドネシア入りし,翌2005年1月1日にはバンダアチェに到着,テントを設営し,すぐに診療を開始した。2次隊に引き継ぐまで約10日あまりの間,緊急援助活動に従事した二宮氏は,この間の被災者の受診状況のデータを振り返りながら,被災直後に派遣される1次隊の役割は,軽傷者に対する初療対応が中心となると述べたうえで,現在も続く公衆衛生対策を含めた,中長期にわたる医療支援の重要性を強調した。

 一方,災害人道医療支援会(Humanitarian Medical Assistance;HuMA)の一員としてスリランカに派遣された島田靖氏(HuMA)は,スリランカの中でも被害の大きかったアンパラ県における緊急医療支援活動の様子を紹介した。島田氏が参加したのは2005年1月13-28日の約2週間にわたる医療支援活動で,被災民に対する医療提供・公衆衛生向上を目的とした活動を行った。

 島田氏は,現地で行った医療支援を振り返りながら,特に安全な飲料水の確保が困難であったことに触れ,二宮氏と同じく,継続的な公衆衛生的支援の必要性を訴えた。