医学界新聞

 

シネマ・グラフティ

第1回
「華氏451」


■本が禁止された社会

 ある日,先輩から質問された。

「マイケル・ムーア監督の『華氏911』を観たけれど,変わった題だな。どうして?」
「2001年9月11日に同時多発テロが起きたからですよ」
「その程度の常識はあるさ。なぜ『華氏』なのかを尋ねているんだ」
「失礼。『華氏911』は『華氏451』から来ています」

読書の虜となった男の運命

 というわけで,第1回は,フランソワ・トリュフォー監督のSF「華氏451」である。

 思想管理が徹底された近未来社会。本は人を反社会的にし,不幸にするという理由で,本を所有することも,読むことも禁止されている。情報はすべてテレビによって伝えられ,その通りに考え,行動することが求められている。

 消防士のモンターグ(オスカー・ウェルナー)は,毎日,本を見つけ出して,火炎放射器で焼きはらう。昔の消防士の仕事は火事を消すことだったということを,彼も何かの折に聞いたことがあるだけだ。

 妻のリンダ(ジュリー・クリスティ)はそのような体制に何の疑問も抱いていない。モンターグもそうだった。少なくともクラリス(ジュリー・クリスティの一人二役)に会うまでは。

 彼女は本に強い関心を抱いていた。その影響で,モンターグも本を読みはじめ,読書の魅力にすっかりとりつかれてしまった。しかし,それは違法な行為である。リンダは,夫が読書をしていることを当局に密告。

 ある日,モンターグが出動すると,現場は自分の家ではないか。一度は,上司の命令に従って,本を焼こうとしたものの,モンターグは火炎放射器を同僚に発し,逃げ出した。

 向かった先は,ブック・ピープルが静かに暮らす森だった。住人は本を暗記していた。本を所有してもいないし,読んでいるわけでもないので,違法にはならない。自分が暗記した本は,若い人に繰り返し聞かせて,伝えていく。まるで文字のなかった時代における歴史の伝承のようだ。モンターグは伸び伸びとした気持ちでエドガー・アラン・ポーの暗誦をはじめるのだった。

451と911

 正しい現状を知らされずに,情報管理された社会の恐ろしさを,レイ・ブラッドベリが小説にしたのだが,それをトリュフォーが映画化したのがこの作品である。ブッシュ大統領を揶揄した映画を作ったマイケル・ムーアが題をつける時に「華氏451」が頭に浮かんだのだろう。

 どのくらいの温度で本が燃えるのか,ブラッドベリが消防署に問い合わせたところ,「華氏451度」と答えが戻ってきたため,小説の題にしたという。さらに,911というのは,米国では緊急用の電話番号である。わざわざその日に合わせて,大規模なテロを起こしたのだろうか?

 なお,一人二役をこなした女優を観て,「ドクトル・ジバゴ」(1965年)に出ていたと気づいた人は相当な映画通である。

「華氏451」(Fahrenheit451)1966年,英仏
監督:フランソワ・トリュフォー
原作:レイ・ブラッドベリ
出演:オスカー・ウェルナー,ジュリー・クリスティ

この項つづく


高橋祥友