医学界新聞

 

《シリーズ全4回》
地域医療を守れ!医師確保に向けた取り組み
第2回 ( 寄稿 )
北海道における産婦人科地域医療の集約化
櫻木範明氏
北海道大学大学院教授(婦人科学)


2622号よりつづく

 今回から,医師確保に取り組む先駆的事例を紹介していく。北海道空知地区では,大学や地元病院,行政が一体となり,これまでの「広く薄い」産婦人科医療提供体制を見直し,中核となる病院に医師を集中配置。周辺の病院はサテライト・協力病院とする地域医療体制を構築した。

 地域住民のニーズに応えるとともに,産婦人科医師の勤務環境改善につながると期待されるこの取り組みについて,実現に向け中心的役割を担った櫻木範明氏にご寄稿いただいた。

(「週刊医学界新聞」編集室)


はじめに

 産婦人科医は女性のプライマリケア医として,また専門医としてがんをはじめとした生活習慣病や内膜症・感染症などの予防や診断・治療ならびに妊娠・出産を担当するが,産婦人科医師数は不足している。

 産婦人科医・小児科医による努力は乳児死亡率など母子保健指標を世界でもトップクラスの低いものにすることを成し遂げた。産婦人科医が昼夜を分かたず,また訴訟リスクの中に身を置きながら診療行為を行っているということへの社会の理解が深まり,産婦人科医療を支える環境が整備されることが必要である。

 北海道の産婦人科地域医療を守るために道内3大学の産婦人科学教室は協力してことにあたってきた。その中で北大産婦人科(産科担当:水上尚典,婦人科担当:櫻木範明)がどのような取り組みを行っているかについて,空知地区における集約化をモデルにして,紹介をしたい。

 産婦人科地域医療を考えるに当たって,われわれの目標ははっきりしている。すなわち,社会が求めている安全で良質な医療の提供ということである。その達成の成否は若手医師研修システムの充実と各々の医師がその技量を十分に発揮できる医療環境の整備ができるか否かにかかっている。

北海道の地域特性と 大学医局の医療支援

 北海道は広大な地域である。大医療圏として,道央,道北,道南,十勝,釧路根室,オホーツクの6つの3次医療圏が設定されている。最も広い道央圏は,単独の県としては最大の岩手県の1.5倍の広さであり,道北圏はほぼ四国地方全体に匹敵する。十勝圏とオホーツク圏はそれぞれほぼ新潟県に匹敵する広さを持っている。このような地理的特殊性を考えると,大きな医療圏それぞれの中で質の高い医療提供を完結できる必要があるといえよう。

 大学の役割は次の時代を担う医師を教育・養成し,地域の高度医療を担うことであり,さらに医学・医療の進歩のために研究を行うことである。これに加えて,北海道では3大学医局が自治体病院などに医局員を派遣して広大な地域への医療支援を行ってきた。

 しかし地域の要請に応じて,限られた数の医師を広く薄く配置してきたことが,少なくとも産婦人科医療においては,制度疲労を起こすことの一つの要因となっており,早急な改善・改革を要する状況に至った。この問題を顕在化させたのが,卒後臨床研修必修化である。必修化により2年間は新しく研修医が入局せず,指導医の確保も必要となるため,大学も医師不足が深刻化した。

地域中核医療施設の充実

 北海道の産婦人科医療提供システムを,患者にとっても働く医師にとってもより良いものとするために,行政と地元自治体と大学医局がそれぞれ叡智を出し合わなければならない。完璧な解を得ることは難しいが,一つの試みは,大きな医療圏毎に中核病院を設定し,周辺の病院はサテライトあるいは協力病院として一つの大きな産婦人科診療システムとして機能するものを構築することである。

 中核施設の人員数を増やして診療内容を充実することにより,そこで勤務する若手医師がレベルの高い研修を受けることができる(表)。また中核施設から周辺地域へ定期的に医師が派遣されることにより,地域医療の研修もでき,地域全体の女性の健康について十分に把握をしたうえで関与することができる。学会参加など自己研鑽の余裕も与えることができ,今後増加する女性医師が安心して妊娠・出産をしながら医師としての仕事を続けられる環境も提供できるようになろう。

 産婦人科医療提供集約化の目的
1.産婦人科医療サービスの向上
・患者さんに丁寧で優しい医療,きめ細やかな対応
・複数医師体制による緊急事態への的確迅速な対応
・専門分野(癌の治療,早産・未熟児管理・不妊治療など)の充実
2.産婦人科医師勤務環境の改善
・リスクマネジメント(過労,多忙による医療事故の防止)
・増加する女性産婦人科医師が活躍できる環境整備

本道産婦人科医療システムの 改善に向けて

 北海道総合医療協議会の中に母子保健専門委員会があり,2001年3月にまとめられた北海道周産期医療整備システム案で,総合周産期母子医療センターを原則として3次医療圏に1か所,2次医療圏の地域周産期母子医療センター候補施設は24か所とされた。

 しかし,すべての地域周産期母子医療センター候補施設に十分な人員配置を行うことは不可能であった。実質的に地域周産期母子医療センターとしての機能を果たすためには,近距離に存在する1-2名体制の病院の医師を集約化して,妊婦検診を含めたプライマリ医療と高度な医療を行う体制を作ることが,現時点で選択しうる最善の解決法であると結論せざるを得なかった。

 このような状況下で産科・水上尚典教授ならびに教室スタッフとともに産婦人科医療のセンター化について行動計画を作成し,まず教室・医局内での意思統一を図ることとした。計画の骨格となるのは以下の事柄である。

1)3次医療圏の中核施設は,大学と緊密な関連を保ちながら,その地区で高度な医療を行い,大学の臨床研究に協力し,医局の研修医教育に大きな役割を担い,卒後必修化研修にも関与する。

2)2次医療圏の地域周産期センターを充実させるために,いくつかの施設の産婦人科は集約する。その際には周辺地区からの救急搬送時間の調査を行い,交通機関等も考慮する。

3)医療機関を集約する場合には,センターとサテライトあるいはセンターと協力病院の形式をとる。

4)センター化にあたっては事前に住民に周知徹底し,混乱を招かないようにする。

5)北海道と地元病院,および自治体に十分な説明を行い,理解と協力を得る。

6)大学医局はこれまでも地域医療に深くかかわり貢献しており,状況が困難となっても調整努力を続ける。

空知地区産婦人科医療の センター化構想

 空知地区は札幌と旭川の間の地域であり,ちょうどこの2大都市の中間に砂川市が位置している。15-30分の距離に複数の自治体病院があり,それぞれが1-2名で産婦人科診療に当たっていた(計画作成に際し,周辺町村からの救急搬送時間もすべて調査した)。

 このような地理的条件に加えて砂川市立病院には小児科医が3名おり,放射線治療設備も整備されていることなどを考慮して,この砂川市立病院に周辺都市に勤務する産婦人科医師を集中し,空知地区のセンター機能を付与しようとしたのである。2003年2月から道と各市立病院にこの構想の説明をはじめた。

 この構想もセンターとしての役割を担うことになる病院に受け入れられなければ画餅に終わる。砂川市立病院に理念と構想を説明し,協力支援をお願いした。計画を各自治体病院に説明した時点で,北海道新聞に医師引き揚げ問題として取り上げられた。地元の立場と大学の立場の両論併記の内容であった。記事となる前に取材を受け,大学医局の事情,産婦人科医療現場の状況などを説明し一定の理解を得たと考えている。この問題については道議会でも取り上げられた。あらゆる説明機会をとらえて産婦人科医療現場の実状と改革の必要性について理解を求めてきた。

 2003年11月には道の調整により空知管内関係自治体等協議会が開催され,空知地区産婦人科医療のセンター化について協議する機会が設けられた。2004年5月には北海道総合保険医療協議会地域医療専門委員会周産期医療小委員会において,空知管内の産婦人科センター化と砂川市立病院の地域周産期母子医療センターの指定が協議された。

 およそ2年の時間をかけてこの構想がより安全で質の高い医療をめざすものであることを地元病院,自治体,道,医師会などに理解をしてもらい,ようやく2004年9月1日から砂川市立病院でセンター化システムが稼働をはじめた。

 隣接する2つの市立病院へはセンターから医師が赴き,外来を担当している。今後はセンターとサテライト間のカルテの共有化,患者情報交換のセキュリティー,医療事故対策等々についてより完成度の高いものにしていく必要がある。このシステムが従来のものよりも地域住民の医療ニーズに応えられる機能を持ち,また勤務する産婦人科医師の労働環境・研修環境・研鑽機会の向上に資するものであることが明らかにされることを期待している。

おわりに

 女性の社会参画が促進され妊娠・出産を含めた女性の健康管理は少子高齢化を迎えたわが国の大きな課題となっている。多くの市民に産婦人科医療の重要性を再認識してもらうことにより,産婦人科医師がこれまで以上に誇りを持って女性のための医療に尽力でき,また若い医師がこの重要な分野に参画してわが国女性の健康福祉の増進に力を発揮してくれることにつながると堅く信ずる。

 北海道の一部の地域ではあるが,産婦人科医療のセンター化がスタートした。この間の道保健衛生部や各自治体・地域病院をはじめとする関係各位のご理解とご協力に深く心から感謝申し上げたい。


本シリーズ第1回は2622号に掲載しました。次号では,自治体病院を再編・ネットワーク化した山形県の事例をご紹介します。

(「週刊医学界新聞」編集室)

この項つづく


櫻木範明氏
1976年北大医学部卒。同大附属病院,函館中央病院,厚生連総合病院札幌厚生病院,米国ペンシルバニア大留学などを経て,2002年より現職。