医学界新聞

 

《シリーズ》
腫瘍内科
-がんをトータルに診る時代
監修 勝俣範之
(国立がんセンター中央病院第二通院治療センター医長)

第2回
〈寄稿〉

米国における腫瘍内科医(Medical Oncologists)教育に学ぶ

中島 光 (国立がんセンター東病院・化学療法科)


2619号よりつづく

一般内科教育の整備が前提

 腫瘍内科が内科学の一分野である以上,一定レベルの広範な内科学の習得なしに,また一般内科教育の整備なしに腫瘍内科の教育整備を叫ぶことはまさに砂上の楼閣を築くに等しい。

 日本では,一般内科という概念自体が未だ希薄であるという印象を持っている。卒後初期の段階で,内科医として非常に重要な,病歴聴取,身体診察,症例提示,全人的に病態を理解し解決していくための能力を育てるための十分なトレーニングが用意されている施設は限られており,そのような教育を提供できる医師もまだ多くはない。

medical oncologyの役割と その歴史

 米国におけるmedical oncologyとは,臓器の如何にかかわらずその内科的治療を担当し,放射線治療,外科的治療などを含めたmulti-disciplinary approachの中心的役割を果たすものであるとともに,抗がん剤はmedical oncologist以外が処方することはないと言ってよい。一方日本には,限定されたがんしか診ることのない内科サブ・スペシャリストや,化学療法を行う外科系医師らが全国の一般病院,大学病院のみならず,一部のがんセンターにも存在している。しかしながら彼らの多くは悪性疾患の内科的治療について正式かつ体系的なトレーニングを積んでいるわけではない。

 米国の医師の間ではpractice privilege(専門家としてのテリトリーのみ医療行為ができる特権)という概念が法的に強制されなくても無意識的に実践されている。つまり自らの専門分野がある一定の臓器であっても病態生理の異なる悪性疾患に対して正規のトレーニングなしに医療を提供することはない。

 ここでmedical oncologyの成り立ちについて考えてみたい。hematology(血液学)と近い関係にあり,また一部オーバーラップするmedical oncologyの歴史は古くない。一方hematologyは古い学問である。化学療法の歴史はその適応を急性白血病に見いだした戦前にはじまる。それはホジキン病,非ホジキンリンパ腫に拡大応用され,hematologyの分野で地位を確立していった。1950年代後半になって固形がんに対する化学療法が新規抗がん剤の開発とあいまって活発になり,今までになかった内科のスペシャリティとしてmedical oncologyの必要性が認識され,米国全土でフェローシップ(研修制度)も整備されていった。よって固形がんに対する化学療法の歴史と同期するmedical oncologyの歴史を持つ米国ではmedical oncologist以外が化学療法を行ったという歴史をほぼ持ち合わせていないことになるのである。

養成はフェローシップ・ プログラムで

 米国におけるmedical oncologistの養成機関は主に各大学,主要病院に存在するフェローシップ・プログラムである。これはmedical oncologyに限った話ではなく,内科のすべてのサブ・スペシャリティでも同様である。米国ではAmerican Board of Internal Medicine(ABIM)という組織によって規定された循環器,消化器,呼吸器など10のサブ・スペシャリティがある。これらのトレーニングに入るためには医学部卒業後3年間の一般内科レジデントが修了していることが要求される。また多くのフェローが一般内科の認定医試験にすでに合格している。

 ABIMで規定されているmedical oncologyフェローシップのトレーニング期間は2年間である。またmedical oncologyは血液学(hematology)ときわめて近い関係にある。実際に大学の内科の部門としてはhematologyとoncologyが一体となっており,合同でトレーニングしているプログラムは多い。hematologyとmedical oncologyのトレーニングはそれぞれ2年であるが,合同で行えば1年短縮され,計3年となる。

 日本では「血液腫瘍科」を設置する大学が増加しているが,その実情は,血液疾患のみを扱っていたり,血液科医,外科医,婦人科医,もしくは基礎研究者が所属する部門であったりなど,さまざまである。真のclinical hematologist/medical oncologistを擁することなしに「血液腫瘍科」を標榜することは,厳しい吟味の対象とされるべきであろう。

トレーニングは集中的 かつ合理的

 フェローシップのトレーニングは集中的に行われる。つまり,経験できる症例数が非常に多い。よって3年もすれば,十分にすべての臓器の悪性疾患に対する診療ができるようになる。例えば,1日あたり2件のコンサルトがあったとすれば2年で約1000症例となり,さまざまな疾患を網羅するに十分である。Teachingも人によって多少の違いはあるものの,基本的な病気の病態生理,診断,治療を網羅的にカバーする。日本でよく見かける“見て盗め”“これが俺のやり方だから覚えとけ”“これがここの施設のプロトコールだ”といった教育法はありえない。すべてが合理的,理性的な議論に終始する。米国においてevidence based oncologyをもとに教育が行われていることは,EBMという言葉を使わずとも明らかである。

 また日本と大きく違う点は,research activityが選択制でありmedical oncologistとなるためには必須ではない点である。これは,ほとんどのmedical oncologistが臨床家として活動するのを考えれば合理的であり,日本の臨床能力向上に寄与しない医学博士取得制度とは対照的と言える。

 hematology/medical oncologyフェローは3年を通して臍帯血移植から前立腺のホルモン療法,sarcomaの化学療法から乳がんの補助療法まで,あらゆる疾患のあらゆる病態にほぼ対応可能となる。フェローシップ終了後はABIMによる認定医試験に合格して晴れて認定されたmedical oncologist/hematologistとなり,その多くは開業し,一部はacademicsへと進む。いずれの道へ進んでも患者に対して適切かつ標準的な治療を行いうる医師となっていることにはいささかの違いもない。

日本のがん医療に思う

 日本では国立がんセンターが1960年代に整備され,学閥を越えたがん治療の中心的役割を担うように期待されたが,その後の外科主導のがん治療に変化の兆しが見えるのは遅く,さらに既存の呼吸器,消化器といったサブ・スペシャリティに新しく開発された抗がん剤を当てはめたため,治療法の共通性を無視した臓器オリエンテッドながん医療体制を作ってしまった。そして今に至っても米国と同レベルで腫瘍内科医を養成できる施設は皆無である。

 標準治療の理解もままならない日本のがん医療の現状は,1960年代以降,この新しいスペシャリティが十分理解されずにきた結果と言える。化学療法や腫瘍内科医たちがもたらせるはずのbenefitを日本国民に提供できなかった40年を非常に悲しく思う。

がん医療改革への提言

 どのようにすれば日本全国でがんに対する標準的治療が徹底できるのか?いくつかの提言をまとめてみたい。

1)腫瘍内科医の数を増やすこと。米国の認定医数から推定するに日本では少なくとも3000人程度は必要であろう。
2)がん関連教育機関に教育用予算の重点的配分。
3)米国人medical oncologist/hematologist招聘による集中的なclinical teachingの実施。
4)内科のサブ・スペシャリティとしての腫瘍内科の,更新制度を持った専門医制度を作る。内科認定医なしには受験資格を与えないなどの工夫も必要であろう。
5)腫瘍内科医による抗がん剤処方に対する保険点数の上乗せ。腫瘍内科医以外による抗がん剤処方や,非標準治療に対する保険点数の削減または不払い。医師の自浄能力のみに任せることなく強制力を持たせるために有効ではないだろうか。

 これらのようなことを10年のスパンで実践してみてはどうか。優れたvision,determinationとリーダーシップなくしてはなしえないことのように思われるが,日本にはそのような真の改革者が存在するであろうか。

この項つづく


中島光氏
1989年名古屋大卒。94-97年ケースウェスタンリザーブ大セントルークスメディカルセンター内科レジデント,97-00年ミネソタ大血液・内科腫瘍学フェロー,00-01年ミネソタ大幹細胞移植フェローを経て,01-03年東海大助手。03-04年ミネソタ大血液腫瘍移植科助教授。2004年より現職。米国内科学,血液学,内科腫瘍学認定医。