医学界新聞

 

寄稿

看護領域の英語の課題(全2回)
(前編)カタカナ表記語使用の実態

飯田恭子(東京都立保健科学大学教授・医療英語)


急速なカタカナ表記語 増加の背景

 看護領域にかかわらず,あらゆる分野にカタカナ表記語(以下,カタカナ語)が急速に進入しているという印象は否めない。特に国際化,高度情報化,高度医療技術の進展が著しい医学・看護領域では専門用語としてのカタカナ語の増加はやむを得ない事情がある。

 以下の事情を背景に,今後ますますカタカナ語は増え,看護専門領域の語彙として重要な役割を果たしていくと思われる。

1)新しい機器,診断名,処置法,技術など訳語をつける間もなく導入される。

2)リアルタイムでの世界共通理解を得るためには共通語の英語のままのほうがむしろ望ましい。

3)概念,倫理など社会的,文化的,宗教的背景も関与する語の適訳は困難。無理に訳語をつけると意味合いがずれる心配がある。

4)先端的・専門的・科学的雰囲気。軽快・洗練されたイメージや時代のテイストを反映した表現が好まれる傾向にある。

5)国際化また高学歴化とともに英語表現に馴染む専門職が急増していること。

6)社会一般にも英語表現に対する違和感が非常に少なくなった。

カタカナ語として導入されている看護用語・概念の種類

 臨床・教育・研究の場を含め広く看護領域で用いられているカタカナ語は実に多い。筆者は,現場の看護職,現場に設置されている辞書,参考書,看護学テキスト,主要雑誌,白書,学会誌などを詳細に調べた結果を以下のように大きく分類した。

1)病名,機器,器具などを表す語
アルツハイマー/アトピー/スキャナー/ペースメーカー/ギプス/など

2)処置,技術を表す語
サクション/ミルキング/ポジショニング/モニタリング/など

3)日本語にはなかった概念で,適訳が困難,または訳すと伝えたい内容がずれる語
アイデンティティ/アサーティヴネス/インフォームドコンセント/ウェルネス/など

4)先端医療技術に関する語
クローニング/ポリペクトミー/バイオプシー/など

5)日本語の訳語と専門的定義を持つカタカナ語との間のニュアンスが異なる語
クライエント/ケア/リハビリテーション/ツール/など

6)日本語があるにもかかわらず,「専門的な感じがする」「雰囲気がよい」などの理由でカタカナ表記が好んで用いられている語
クオリティ/マタニティクリニック/ドクター/ナース/セラピー/など

7)すでに日本語として定着している語
イメージ/エントリー/カテゴリー/コントロール/コーディネート/など

8)やや高度な英語で一般には日本語として認知されていないが,専門家の間ではよく使われている語
トリガー/リジッド/エフィカシー/など

9)これまでになかった役割を表す語
ドナー/レシピエント/オストメイト/サロゲートマザー/など

10)看護行為の具体的内容を示す動詞をそのままカタカナ表記した語
アレンジする/セットアップする/リファーする/リクエストする/など

11)婉曲的表現にしたいため日本語を避けて使われる語
ガス/クレブス/マスターベーション/サディズム/など

12)漢字が難しい,カタカナ語のほうが短い,発音しやすいなどの便宜的理由で使われる語
テーベー/ピーティ/バイタル/ベッドバス/レセプト/など

13)いわゆる現場の業界用語,略語
ハルン/アンプタ/オペ/アポ/アッペ/ズポ/など

14)日本語であるにもかかわらずカタカナ表記される邪道的使用の語
オムツ/オス/メス/タンパク/ボケ/ビラン/マヒ/など

15)一見英語に見えて,実は和製語
ケアハウス/シルバーヘルス/オーバードクター/クリニックカー/エコマーク/グループワーク/など

臨床現場のカタカナ語・略語の使用状況と看護師の困惑

 臨床現場では看護師-医師間,看護師-看護師間の連絡や指示,カルテや看護記録,その他専門職のコミュニケーションにドイツ語や英語を語源とするカタカナ語や略語が頻繁に用いられており,困惑,苦労する看護職も多い。筆者は平均5年の臨床経験を有する専門講座生であった看護職を対象に1994年以来繰り返し調査を行い,数回の学会発表を行ってきた。調査結果の概略を紹介すると,実にカルテ,看護記録,口頭での連絡,指示の60-90%近くにカタカナ語,略語が多用されている現状があり,その意味がわからない,職場によって使用法が異なるなど,ほぼ全員が困った経験をしていた。

カタカナ語の正確な知識の 有無とスペリング

 最も高頻度に使われているカタカナ語100語について,その原義を先の看護職らに尋ねたが,それらの語の意味について正しい知識のないまま使用されている例が少なからずあった。また,ドイツ語由来,英語由来の判別ができない者も多かった。

 主要用語・概念については,それぞれ穴埋め形式の文を作成し,4つの選択肢から正答を選ぶ設問およびスペリングテストを行った。意味について正答率の低い用語・概念も多く,専門用語・概念を漠然とした理解のまま使用している恐れがあった。スペリングの正答率は平均30%強と予想外に低く,英語的感覚で捉えられていないようであった。カルテ開示,クリティカルパス等の展開に伴い,専門職として統一された日本語表記,英語表記,略語,カタカナ表記を理解し,正確な知識を持って使用することが大切となるであろう。

カタカナ語に関する 基礎教育の必要性

 日本にのみ固有の表記語は国際的には通用せず,まして原義を理解しないまま使用されることは,国際共通であるべき看護の用語・概念・理論の正しい習得の妨げである。原義を少なくとも国際共通用語の英語できちんと学習し,正確な意味を理解し,適切に内容を説明できる能力はこれからの看護職として必須要件である。あらゆる領域で国際化が現実のものとなってきている今日,欧米の看護学から何を吸収し,どのように消化し,いかに日本独自のものを発信していくかという観点からもカタカナ語に対する認識を新たにする必要があるであろう。

おわりに-国際看護・保健職英語協会の立ち上げ

 筆者は「発信型」看護職の支援を目的として国際看護・保健職英語協会を立ち上げ,第1回の会合を2004年10月8日に,終始一貫して英語で実施した。この企画は東京保健科学学会でも注目され,ワークショップで取り上げていただいた。「英語は苦手」と躊躇していた多くの看護職の皆さんにも参加していただき,「楽しかった」「今後も継続して参加したい」という評価をたくさんいただいた。

 国際社会で求められる看護職の条件として,筆者は(1)真の意味でのBilingualであること(日本語/英語いずれの言語でも自在に内容を作成・表現し,議論を展開できる能力),(2)Contributorの役割を果たす国際人であること(独自の発想,識見を創造し,自信を持って国際的に発信できる能力),(3)グローバルに通用するProfessionalであること(国際共通概念・理論に基づく専門性を高め,広い視点から総合判断できる能力),(4)多領域・多文化圏における柔軟なCollaboratorであること(多様な専門職とブレーンストーミング,協働,連携できる能力),(5)国際社会で自己管理する,すぐれたRisk Managerであること(あらゆる事態に即応できるリスクマネジメント能力),などを掲げている。今後この協会活動を通じて,以下のような具体的取り組みを計画している。

・Bilingual Health Professional(英文作成・発表能力にすぐれた専門職・学生)の育成
・Bilingual Health Instructor(専門領域の英語教育を担当できる看護・保健職)の育成
・Bilingual Clinician/Hospital Bilingual Nurse(臨床現場でバイリンガルに対応できる臨床家)の育成
・Bilingual Expert(国際的に活躍できる専門職,研究者)の育成・支援

 こうした活動が日本の看護職の国際的発展のための支援になればと願っている。

次回は「(後編)英語論文・発表は動詞が決め手」です


飯田恭子氏
AFS(American Field Service)第8期生。1966年神戸女学院大英文学科卒。80年東大医学部保健学科卒,82年同大学院医学系研究科修士課程,85年同博士課程修了,保健学博士。89年より現職,2002年より大学院教授。専門は医療英語,国際保健,健康科学。主著に『学生のためのカレントメディカルイングリッシュ 第2版』,『カタカナでわかる医療英単語』,『アタマとオシリでわかる医療英単語』(いずれも医学書院)など。著・監修書は14冊にのぼる。