医学界新聞

 

Interview with Sister Callista Roy

ロイ看護理論の日本における適用と
今後の展望

Sister Callista Roy(PhD, RN, FAAN)に聞く

<聞き手>小田 正枝氏(西南女学院大学教授・基礎看護学)


 「3種の刺激」「適応様式」「自己概念」……。わが国の看護学に「ロイ適応看護理論」が与えた影響は大きい。また近年,看護診断が急速に臨床に普及するにともなって,その基盤の1つとなりうるロイ理論に注目が集まっている。2004年9月,ロイ理論研究者の1人である小田正枝氏が,ボストンを訪問。シスター・カリスタ・ロイ(Sister Callista Roy)氏に,ロイ看護理論の日本における適用と今後の展望を聞いた。ロイ理論を学ぶ人にはもちろんのこと,看護診断を活用する臨床看護師にとっても興味深いインタビューとなった。


■日本におけるロイ理論の現状

ロイ理論と日米の国民性

ロイ 今日は2004年9月8日です。これからお話しすることは,今日この時点で私が正しいと思っていることであることをご承知ください。

小田 わかりました。早速ですが,ロイ理論についてお聞きしたかったことを質問したいと思います。まず,日本とアメリカでは国民性に大きな違いがあると思うのですが,そのことはロイ理論を適用していく中で問題となるでしょうか。

ロイ まず,「何が違うのか」を認識することが,もっとも大切となるでしょう。生理学的なところでさえ,表層的なところは似ているかもしれませんが,文化的差異はあると思います。

 ですから,私の理論の適用についても,日米の間で何が違うかをはっきりと見極め,それからそれぞれの文化の中で解釈し,拡大していただければよいと思います。その仕事は,やはりその文化の中にいる方が担わなくてはならないでしょうね。

小田 文化的差異の中では,どこが重要と思われますか。

ロイ 特に自己概念については大きな違いがあるでしょう。自己がどのように発達していくかについて,日本の文献ではどのように捉えられているのか。そういった知見を加えて,併用してもよいと思います。

 自己を見つけたい,見つけなければならないという必要性は,どの文化でも共通しています。どこかに帰属したいという意識は基本的なものなのです。そのうえで,文化の違いによって,どのような自己概念を作っていくのかに差異が生じることはあると思います。

死生観の違いとロイ理論

小田 文化的な差異ということでは,私は「死」に対する意識が米国とはかなり違いがあるのではないかと思っています。一般的に日本人は,死に対して無防備で,考えることを避けているように感じています。

ロイ ブラジルの学生が私のところに来た時も,そういうことを家族に伝えるのは残酷だと家族は考えていると言っていました。日本だけではなく,そういうふうに考える文化があるということです。

 もちろん,社会の考え方を変えていくのは可能なことです。アメリカでも私が25歳くらいの時は,癌患者の80%に対して告知を行っていませんでした。しかし,現在では80%の方が言ってほしいと考えています。アメリカではそうした変化は,30年くらいの時間をかけて起こりました。

 ですから,社会や人々が準備をしていないところにいきなり「これがいい」と押し付けても無理だと私は思います。社会や,患者さん個人が今どの位置にあるのかを見極め,その人たちが安らげるように助けていくのが看護師の役割だと思いますし,そのためには社会環境と,援助者のスキルを高めて,その準備をしていく必要があると思います。

小田 環境整備と,看護師のスキルが必要だということですね。

ロイ 日本でもホスピスの施設ができてきており,そこでは死についてオープンに話しているでしょう。しかし,そうした環境を整えた時には,そこにいる看護師のスキル,患者さんの話を聞く力が重要となってきます。死についてオープンにするには,そのための社会資源を整えなくてはならないのです。

■ロイ理論を臨床に活かす

3種の刺激と看護介入

小田 看護師のスキルというお話が出ましたが,ロイ理論では3種の刺激という考え方(表)を理解し,それにどう介入していくかが,看護師のスキルとして重要となります。その時,例えば刺激がたくさん存在する場合,どうやってその分類を決定すればよいのか,その決定する時の根拠については,わが国ではまだまだ理解が浅いところではないかと思います。

 ロイ理論における3種の刺激
焦点刺激直接その人に直面している影響因子
関連刺激現在の状況に影響していると確認できる他のすべての因子
残存刺激影響を与えているかもしれないが,現時点では未確認の影響因子

ロイ 3種の刺激という考え方そのものは,生理学的心理学者のハリー・ヘルソンさんの研究を適用したものです。例えば,今感じている痛み・苦しみ(焦点刺激)と,それに直接関連する刺激(関連刺激)がある一方で,はっきりとらえられていないもの(残存刺激)もあるのが,患者さんの状況であるといえます。そして,ご質問のたくさんの刺激がある場合,どれが決定的な要素になるのかについてですが,その判断は難しいところですよね。

 しかし,私自身は,人間に必要な4つの概念である生存,成長,生殖,熟達の順に,優先的な目標として考えなければならないと思っています。この順番で優先度が高いわけです。つまり,生命を脅かす刺激があるのなら,その原因は何かということで優先的に取り扱わなければならない,ということですね。

 そして,優先度の高い刺激から介入を行ってもよい結果が得られなかった場合には,見落としていた何か,それはそれまで関心に上がっていなかった残存刺激かもしれませんが,そういったものへの介入をしていく必要が出てくるでしょう。

診断・介入には継続的な日々の努力が大切

小田 3つの刺激は階層になっているのではなく,横並びだということですね。例えば,その人にとっては残存刺激が優先されることもあるということですか。

ロイ 残存刺激というのは,「何かわからないもの」のことです。ですから,最初に焦点刺激など,わかりやすいものに対して介入をやってみて,うまくいかなかった時にはそこに何があるのか,事後的に見えてくることもあります。

 例えば,クリントン前大統領が以前,胸部の痛みを感じていた時にちょうど本が出版され,サイン会などが入ると,その間は痛みを感じなかったというお話をされたことがありました。これなどは,サイン会のような大きなイベントが焦点化されている時に,それ以前に焦点化されていた胸の痛みが,残存刺激となっていたよい例だと思います。

 物事は止まっていなくていつも変化しています。常に流動的な状態の中で,その人の中で一番大切なものは何かを見ていかなければならないのが看護であるとも言えるでしょうね。

小田 今,ロイ先生がおっしゃったことは,看護の現場では日常茶飯事的にありますね。鎮痛薬で痛みを緩和すると,代わりに他の苦しさ,例えば家族が面会に来てくれないとか,病気のせいで何かができないといった他の刺激が出てくる。それをアセスメントしていく中で,「この人の痛みはここにあったのか」とわかるんですよね。

 しかし,こういったことは経験がないナースにはなかなか予測ができません。この人の中に潜んでいるものは何か。そうした刺激を正しく発見していくのは難しいと感じます。

ロイ 看護師は日々,たくさんの人を見ないといけません。毎日毎日,すべての患者さんのすべてのニーズに応えることは現実的には不可能です。私は,よく学生に,「今日看た患者さんにはできるだけのことはやった」と自分に言い聞かせなさいと言っています。そして,「帰りの電車の中で,今日,患者さんがどうだったかということを思い出して,自分の介入の中で,誰への,どれが一番効果的であったかを考えなさい」と言うのです。すべての患者さんに,同じレベルで改善してもらうのは不可能だけれど,自分のやったことで変化を起こすことができたこと,自分のよかったところを思い出してフラストレーションを高めないでほしいと思っています。

 そして,そのようにして経験を深めていけば,どのような刺激に焦点化するのか。あるいはそれにどのように対応するのかという知識が,体系的に身に付いてくることだろうと思います。

■看護診断能力育成に必要なもの

看護診断の前に看護モデルの理解を

小田 そういった能力を身につけるには,やはり教育の問題も大きいと思います。アメリカでは看護過程の展開や看護診断のトレーニングはどのように行われているのでしょうか。

ロイ 学校によって教え方が違います。私どもでは診断的プロセスという枠組みで教えていますが,一般的な言葉としては,クリニカルリーズニング(臨床的推論)ということになるでしょう。

小田 ロイ理論とは別枠でそうした教育が行われているのですか?

ロイ クリニカルリーズニング(臨床的推論)は,アメリカのどんな看護プログラムでも重点的に教えています。しかし,学校によってどの看護モデルを使うかは異なります。私の大学でも,私のモデルを学校全体のモデルとして採用しているわけではありません。

 ただし,クリニカルリーズニングを行うには,看護モデルに関する理解は欠かせません。モデルをしっかりと把握したうえでアセスメントをしてはじめて看護診断ができるのです。モデルがなければ,看護診断のどのカテゴリーに入れればよいのかということは理解できないでしょう。どのモデルを用いるかが学校によって異なるというだけで,クリニカルリーズニングには,看護モデルの学習が必須となります。

小田 看護診断イコール看護過程の一部と考えていいのですか。

ロイ 看護過程の中でアセスメントを行い,看護診断を行うということです。15年ほど前から看護診断が注目度を増しており,テキストを書く時も出版社の方から看護診断をどのように入れていくかということが提案されるようになりました。学校によってはNANDA・NIC・NOCの3つを全部一緒に教えて,かなり有効に活用しているところも増えてきています。

看護診断を“ラベル付け”に終わらせないために

小田 日本では近年,電子カルテの関係もあってNANDAはよく臨床で使われています。しかし,NOC・NICに関してはまだまだ浸透しておらず,診断にとどまっているのが現状です。ロイ理論の場合でいえば,刺激の操作をすることが介入であるというロイ先生の看護モデル全体を理解していないと,NOC・NICをNANDAと直結してリンケージを結ぶのは難しいということだと思います。

ロイ 最初に看護モデルの内容を理解しておけば,看護診断やNOC・NICはより適切に使えるでしょう。逆に言えば,そこを理解していなければ単なるラベル付けになってしまって実際の患者援助につながらないと思います。

 看護はアートであると同時に科学でもあるわけで,科学には一般化できる知識が必要です。そういう意味で,看護モデルや看護診断は重要なのです。しかし一方で,専門職としては個人化した知識をもって患者さんに対応しないといけません。その両方が必要です。一般化できる知識は絶対必要なのですが,それをもとにして個別化の対応ができる,ということが重要だと思います。

小田 私は,一般的な用語に代えて人に伝達することが「看護の科学」であり,その一方で,一過性で再現不可能で言語化が難しいものを「看護のアート」であると考えていますが,ロイ理論はその両者を強調するということでしょうか?

ロイ 私は一般化できるものが科学で,個別化するものがアートと考えているわけではありません。そうではなく,個別化しないといけないものの中にもサイエンスがあると思うのです。

 つまり,一般化できるようなサイエンスの知識をもって,個別化の対応を行うべきだということです。また,個別対応の中には,サイエンスの部分と直感的な部分の両方が含まれてしかるべきだと思います。ですから,「ここがアートだ」「ここが科学だ」という分け方は特にしていませんが,個別的な援助の中にはその人の個人的な技術もあれば,科学的なものもあるということだと思います。

看護診断の今後

小田 今日うかがっただけでも,ロイ理論について,さまざまなことが確認できたように思います。日本の場合,NANDAは普及しているものの,間違った使い方が多いのも現状です。例えば,理論づけがないまま患者に「不安」と診断したりといった,基本的な診断の間違いがあります。これも,理論を理解せずに看護診断を行っていることの表れではないかと思います。

ロイ そういう意味では,クリニカルリーズニングがアメリカで広く教えられているのは,看護診断を単なるラベル付けに終わらせないようにという考えがあると思います。看護モデルを理解していれば,そういった間違いは起きにくいでしょう。

 ただ,アメリカで随分時間がかかったことが,他の国ではスピードを上げて進行しているということは強く感じています。それは私たちの国での経験が役立っているかもしれませんし,看護界全体が世界的にかなり成熟して来ているからかもしれないと思います。

2004年9月8日 9:30~12:10
ボストンカレッジ看護学部応接室にて


プロフィール

シスター・カリスタ・ロイ氏
 1977年,カリフォルニア大学ロスアンジェルス校(UCLA)哲学博士号を取得。博士号取得後は同校にて研究に従事,1987よりボストンカレッジ大学院教授。2006年6月来日予定。
主要著書:『Introduction to Nursing An Adaptation Model』1976.『Essentials of The Roy Adaptation Model』1986.『The Roy Adaptation Model』1999. 他。


小田正枝氏
 聖路加短期大学看護学科卒業,聖路加看護大学科目履修の後,看護学士。聖路加国際病院で臨床経験の後,聖マリア学院短期大学助教授を経て現職。研究領域は看護理論に関する領域,特にロイ理論の実証研究。
主要著書:『ロイ適応モデル看護過程と記録の実際』『ケーススタデイ・看護診断ガイド-ロイ適応モデルに基づく看護過程』『看護過程がよくわかる本』,訳本『ザ・ロイ適応看護モデル』他。