医学界新聞

 

《シリーズ全4回》
地域医療を守れ!医師確保に向けた取り組み
第1回(インタビュー)
地域で取り組む医師の育成・確保
邉見公雄氏
赤穂市民病院長
「医師確保対策等検討委員会」委員会


 地域医療が危機に瀕している。「総数でみれば医師過剰」と言われる一方で,地域別・診療科別の不足・偏在が顕著になり,さらに大学病院による医師引き揚げが追い討ちをかける形だ。こうした中,全国自治体病院開設者協議会と全国自治体病院協議会で設置された「医師確保対策等検討委員会」が具体策を検討し,さる11月30日に報告書をまとめた。

 本紙では,シリーズ「地域医療を守れ!」を企画し,医師確保に向けた新たな取り組みを追う。今回はその第一弾として,同検討会委員長の邉見公雄氏にインタビューを行い,医師不足の要因や打開に向けた提言を聞いた。


■なぜ医師が足りなくなったのか

新臨床研修制度が医師派遣に影響

――まず,「医師確保対策等検討委員会」の設置経緯から教えてください。

邉見 いま,われわれ自治体病院には2つの大きな問題があります。

 1つは,医師をはじめとした医療関連職の人不足です。医師不足の要因は多数ありますが,中でも2004年4月から実施されている新しい卒後臨床研修制度が大きな影響を与えました。国家試験には受かっても,2年間はまだ病院の戦力として計算できないことになりました。

 それと,大学病院よりも民間病院等の臨床研修病院を選ぶ人が増えて,いままで7:3くらいの割合で大学に残っていたのが6:4になり,今年はほぼ半々になりました。大学病院も医師不足で困っているわけです。それによって,いままで大学から自治体病院へ派遣されていた中堅医師を引き揚げる――「引き剥がし」と言ったりもしますが(笑)――ことが起こる。供給がなくなって,いまいる人も引き揚げられるとなると,自治体病院では深刻な人不足が起こるわけです。

 それからもう1つの問題は,医療費抑制政策,三位一体の構造改革,市町村合併等々による財源不足です。この問題に関しては,総務省主催の委員会「地域医療の確保と自治体病院のあり方等に関する検討会」で,自治体病院の再編・ネットワーク化,効率的な運営などを中心に議論されました。

 一方で,われわれ自治体病院協議会はテーマをしぼって,「医師確保対策等検討委員会」という名称で議論を進めたわけです。

――地域医療の危機に対して,省庁の動きはどうでしたか。

邉見 医育機関を監督する文部科学省,医療の指導監督をする厚生労働省,それと自治体病院にいちばん関係が深い総務省の3省で,2003年11月に「地域医療に関する関係省庁連絡会議」が設置され,2004年2月には報告書(「へき地を含む地域における医師の確保等の推進について」)も取りまとめられました。その後,三省の局長連名による通知が各都道府県知事に出され,県単位での協議会設置が要請されています。

 ただ,これだけでは実際に困っている自治体病院に有効な手段を講ずるにはインパクトに欠ける部分もありました。それで,全国自治体病院開設者協議会(増田寛也会長)と全国自治体病院協議会(小山田惠会長)の両協議会会長の要請を受ける形で,省庁の取り組みも踏まえた,医師確保対策等検討会が設置されることになりました。

 その委員は,病院や行政,あるいは省庁の代表,また学識経験者や医療界に詳しいジャーナリストらで構成されました。会議は昨年5月から10月まで4回開いて,その間には,電話やファックスで全国から意見を集めたり,あるいは事務局が地域医療の現場に見学に行ったりしています。

数は足りても「偏在」

――次に,検討委員会の報告書で示された内容についてお聞きします。冒頭では,医師数の状況に関して「地域別・診療科ごと,いずれも不足・偏在」と,全国自治体病院協議会の調査などをもとに結論付けています。

邉見 数年前,「医師は足りた」と厚生省は判断したわけです(註:1998年,旧厚生省「医師の需給に関する検討会」は,近い将来の医師過剰時代の到来を警告している)。人口10万あたり医師数が200人を超えたということで,大学医学部の入学定員を2割削減した。その方針がいまも続いています。

 統計上は足りているのに,なぜ実際には不足するのかというと,地域偏在と診療科偏在の問題があります。地方の新設医大で,雪国だったり,交通の便が悪いところ,大都市から離れたところでは,医師が大学に残らないんですね。医師免許を取ったら,ほとんどが出身地へ帰る。東北などは特にそうです。定着率が非常に悪い。

 もう1つは,診療科偏在です。これは俗に「3K」と言われるところ,あるいは少子化によって将来患者数が減少するといわれる小児科では志望者が減っています。医療紛争が多くてリスキーだということで,産婦人科や放射線科,麻酔科の医師も足りなくなる。

――これまでの統計の取り方では表せない,質的な変化を伴う医師不足が起こっているのですね。

邉見 そうです。開業医が増えたことで勤務医の確保に支障が出ている可能性もあります。いま,医大新設時代の卒業生が開業適齢期に入っていて,働き盛りの人たちがたくさん開業している。最近10年間の統計を調べてみると,病院が約600減ったのに対して,診療所は1万以上増えています。

 それから,女性医師比率の高まりです。前回の医師国家試験では,合格者の3分の1を女性が占めるまでになりました。人員上,女性医師を男性医師と同じように1人と数えることができるかどうか。これは能力の問題ではなく,産休や育児休暇,結婚による休業・退職などを考慮する必要があるという意味です。

地域で医師育成の取り組みを

――これまで医師の養成を大学に依存してきたことも問題点として指摘されています。報告書では,病院を中心とする地域で医師を育成しなければならないという考えを打ち出していると捉えていいですか。

邉見 はい。ただ,全否定するわけではないんですよ。医局講座制が機能している部分もあるわけです。たとえば,明らかに病院の格差というのはあって,小さい病院だと医療機器も限られるし,MRIやポジトロン検査の経験は積めません。

 しかし,プライマリケアでコモンディジーズを診られるとか,往診ができるとかの,若い医師としてプラスも中小規模の病院にはあるわけです。あるいは縦割りじゃなく,人間関係が非常にいいとかですね。

 私が若い時に勤務した病院は,産婦人科医が1人でしたから,帝王切開の時には必ず外科の私が助手に呼ばれてやっていました。帝王切開をすることで外科の腕もどんどんあがっていく。解剖もわかるようになる。そうやって,他科との垣根なく勉強ができます。

 もちろん,医局講座制でも大病院だけに派遣されるわけではないですし,一人前の医者にするために何が必要かということはわかっている。だから,医師育成を地域で病院側が主導権を持ってやるか,大学が主導権を持つかの差だけであって,めざしていることは同じです。ただ,少数の教授で決めるよりも,いろいろな病院がいっしょになって,地域で透明性・平等性を確保して医師を育てるほうがよいとは思いますね。

――中小病院では,医師の引き揚げを突然言われているんでしょうか。

邉見 突然言われている病院もいっぱい知っています。ほんとに突然で,びっくりするぐらい。それで診療科の廃止や休診,手術の取りやめなんかも起きています。

 全自病協が行った調査(2003年3月実施)では,自治体病院の4分の1が実際に引き揚げを経験したと回答しています。しかも,臨床経験7年以上の,経験豊富な医師が半数以上だったので,病院は相当深刻な影響を受けました。民間病院も同じような状況だと聞いています。

 国立大学も独法化されたことによって,国による赤字補填も減っていくでしょう。そうすると,背に腹は替えられない。医師を地方へ出したりするより,自分のところの病院を黒字にしなきゃいけない。それともう1つは,新臨床研修制度によって研修医が減ったわけで,そのぶんを埋め合わせないといけなくなった。

――独法化と新臨床研修制度,2つ重なったことで急激な変化が起こってしまったわけですね。

邉見 そうです。だから,卒後臨床研修の2年間が終わった時点で,研修医が大学に戻るかどうかも今後に影響しますね。

研修制度の充実が不可欠

――新臨床研修制度は,これまで大学に依存してきた医師確保のあり方を見直す契機にもなると思いますが,自治体病院の対応はどういう現状でしょうか。

邉見 2004年度は大学病院も含めて2204病院が臨床研修病院の指定を受けましたが,自治体病院はそのうち578病院です。二次医療圏に1つずつは自治体病院が手を挙げようということでやって,満点とはいかないまでも,合格点と言えるぐらいの結果になりました。

 これから大事なのは,まずは魅力ある研修を実施して,研修医に地域医療の意義を感じてもらうことでしょうね。そして,地域に定着してもらうためには,3年目以降の医師がスキルアップできるような,後期研修の充実も欠かせません。

――報告書を読むと,医師の「スキルを磨きたい」という声を反映させるプログラムを作らなければいけないというメッセージを感じました。

邉見 はい,医師というのは結局職人なんです。職人だから,ギルドみたいな医局講座制というのもできた。

 医師の生涯設計を視野に入れて,臨床から研究まできめ細かくサポートできるように,病院と大学が役割分担しながら協力関係を築いていかなければならないと感じています。臨床研修の効果をあげるためには指導医の養成も重要なので,全自病協では指導医養成講習会も2003年からはじめています。

■医師不足・偏在是正に向けた提言

関係機関が連携を

――報告書の最後では,「医師不足・偏在是正に向けての提言」ということで,自治体病院だけでなく,関係省庁や大学なども抜本的な施策を講じるように求めています。都道府県が運営に関与した権限ある調整機関の必要性を強調したほか,省庁に対しては,医師総数評価の見直しを提言していますね。

邉見 人口10万人あたりの医師数が200人を超えたという,マクロの人口比医師数だけで「将来過剰になる」と判断していいのか,という問題ですね。今年度,新たに医師の需給見直しの分析・検討が予定されています。そこでは,開業医の動向や女性医師の増加,また,医師の質の問題,面積や住民分布などの地域特性も重要なファクターとして考慮されるべきです。

――大学に関しては,地域差に着目した入学定員の見直しや地域枠の拡大,小児科や産婦人科など診療科別の入学定員の設定も指摘されています。

邉見 いまは1県1医科大学ということになっていますが,例えば,四国に4つの医科大学は必要ないと僕は思うんですよ。医大が全国に81もあって,それがみな同じ,医学部医学科ですよ。

 日本は明治維新以来,衛生工学や航空工学,電気工学,いまは情報工学など,日本の社会に必要なものに対して,必要な人材を送り込んできたわけでしょう。地域住民が小児科が足りなくて困っているなら,「医学部小児学科」を創ったっていいわけですよ。大学と病院,行政が地域医療の問題に対する認識を共有して,医療提供体制のあり方を議論することが大事です。

――地域医療を守るために,自治体病院だけじゃなくて,大学医学部や民間病院の協力が不可欠ですね。

邉見 やはり地域住民のニーズがいちばん大事ですから。その地域の医療が確保できれば,どこがやろうがいいわけです。連携を取って,ぜひいっしょに取り組んでいきたいと思います。

――ありがとうございました。

次号へつづく


 「医師確保対策等検討委員会」の報告書は,全国自治体病院協議会のホームページ(http://www.jmha.or.jp/)で公開されています。

 なお,弊紙では今後,「先駆的事例に学ぶ医師確保・派遣システム」として,北海道・山形県・島根県の実践例を順次紹介していきます(3月以降掲載予定)。

(「週刊医学界新聞」編集室)

邉見公雄氏
1968年京大医学部卒。大和高田市立病院,京都逓信病院などを経て,78年より赤穂市民病院外科医長。87年より病院長。全国公立病院連盟会長,全国自治体病院協議会副会長なども務める。