医学界新聞

 

チームで育てる新人ナース

がんばれノート
国立がんセンター東病院7A病棟

[第4回]はじめての看取り
主な登場人物 ●大久保千智(新人ナース)
●末松あずさ(3年目ナース。大久保のプリセプター)


前回よりつづく

 右も左もわからない新人がその悩みや不安を書き込み,プリセプターや先輩ナースたちがまたそれに答える「がんばれノート」。国立がんセンター東病院7A病棟では,数年前から,新人1人ひとりにそんなノートを配布し,ナースステーションに常備しています。

 当院では,新人が夜勤に入る前に重症患者を受け持たせるよう計らいます。この日,大久保さんは,放射線性肺臓炎の終末期の患者・Tさんを担当しました。Tさんの意識は清明でしたが,呼吸苦で一切のケアを受け入れられません。奥様のためらいが強く,セデーションを見合わせていました。そのTさんに4月25日の日勤帯からドルミカム®が開始されました。その後,Tさんは27日の朝に息を引き取ることになります。


今回の登場人物
大久保千智,末松あずさ,川崎久恵(7年目ナース)。

4/25 ●大久保
 ほんの少しずつですが,業務の流れも見えてきて楽しく感じることが増えてきました。一方でできないことも具体的に何ができないか何を理解していないかわかってきて,何もできない自分をつらく感じることもあります。でもがんばれノートを見るとすごく励まされます。ありがとうございます。

 今日,初めてセデーションを実施している患者様を受け持ちました。御家族もつらそうな表情で付き添っておられ,患者様も「苦しくない」と言いながらも肩呼吸しているところを見て,その場にいるのがとてもつらかったです。御家族も「大切な人を新人になんか看てほしくない」と思っているのではないのかな,と思うと病室に居づらくて,患者様とも奥様とも十分にコミュニケーションできませんでした。患者様に申し訳なく思います。患者様の希望で苦痛のない方法を選択されたとはいえ,次第に意識レベルが下がって御家族ともコミュニケーションできなくなってしまうのかな,と思うと涙が出てきました。

 もともと,たくさんの患者様ががんに勝って元気になってほしいと思っていたので,今日のような状況を目のあたりにすることをあまり予想していなかったのかもしれません。でも家族に見守られて精一杯生きている患者様を見て,どういうふうにがんと闘うかは人それぞれなんだな,その人が選んだものをできるだけ生かしていくことが看護では大切なんだなと実感しました。患者様がしっかりと手を握ってくれたことがとても印象的です。患者様の優しい気持ちが伝わってきました。身体面だけを見て先入観を持ってしまうのではなく,どのような時も患者様の気持ちを看ていかなければならないんだと,教えていただいたような気がしました。多分他にも今日初めて感じたこと,学んだことはたくさんあると思います。ゆっくりと考えて自分を成長させたいと思います。お忙しいと思いますが,またコメントいただけると嬉しいです。来週もよろしくお願いします。

4/26深夜 ●末松
 すごく久々の深夜勤務で少し新人のような新鮮な気もちで仕事に来ました。日勤がつづくとどのくらいつらいんだろう,想像できないな,と思って4月をやってきましたが,大久保さんと一緒にいろんなことを学び,他のスタッフの方々に本当にフォローしていただき(指導しやすい時間づくり,部屋もちなど,優先していただいて,本当にありがとうございます),ここ数年にない健康的かつ人間的な生活(快食,快眠)をおくり,あぁ,昼間働くってやっぱり生理的だな,これが人間の普通の営みだと思いました。でも,大久保さんにとっては非人間的な(なんせ病棟にいる時間も長いですものね)生活だったと思います。

 4月も終盤ですね。どうですか? 今日大久保さんと一緒に本当に厳しい局面にいる患者様を受けもたせていただきました。大久保さんが初めての状況に戸惑っていることを知りながらもいろいろと観察すること,治療のこと,看護などいろいろ指摘しました。無力感を感じてしまうのもすごく仕方のないことだと思います。でも今日感じたこと,今だから感じられること,涙を流した気持ち,すべてを鮮明なうちに残しておいてもらいたいと思います。

 思いは風化するものですから,明日はまた感じることが変化していると思います。1年目のこの4月に受け持って,今だから感じることはすごく大切だと思います。経験を重ねれば,知識も技術もどんどん上達してもっと専門的な看護ができるようになると思います。でも,1年目しかできない看護も必ずあると思うんです。

 涙が出ることはそれだけ患者様,家族の方々と同じ立場で現状の厳しさが感じられること,気持ちを共感できることだと思います。よりシンプルに気持ちに近づけるのはそのような場面に接した経験のある私より,今の大久保さんかもしれません。今自分にできることをしっかり考えてやっていってください。そうすれば,もっとああすればよかった,と後悔だけでなく次への一歩が見出せます。と同時に大きな自信にもつながると思います。満足せず,いつも前をむいて…。

 患者様,家族を前につらい気もち,居づらい気もちは当然だと思います。でも,逃げないでください。長い人生をまっとうされようとしていらっしゃる方の貴重な1日を受けもたせていただいていることへの感謝を感じながら接してほしいと思います。本人や家族のとても不安な気もち,恐怖心を少しでも本当に少しでも和らげるようにかかわることは私たちの大きな役目だと思います。そこで逃げることは失礼なことだと思います。どう対応すればいいか戸惑ったら,周りにはたくさんの経験も感性も豊かなスタッフの皆がいます。怖ければスタッフに一緒に行ってもらって対応を学んでください。

 私は初めて,患者様を看取った時,何も浮かびませんでした。悲しさや,後悔もなにも浮かばず,ただまっ白になりました。起こっていることが現実だと思えませんでした。虚無感でいっぱいでした。ただ純粋に涙をみせた大久保さんをみて,当時の自分を思いだし,うらやましいとも思いました。患者さんの手のぬくもり,しっかりと覚えていてください。(長くなりごめんなさい)

4/27 ●川崎
 Tさんのこと,きっとこの先覚えている人になると思うんですよ。25日の深夜で,「早く逝きたい」と手掌に書かれてしまって,涙しました。でも,その後の自分の対応の冷ややかさに,(奥様にセレネース®の話をして,すぐにあっさりと使用したこと)ちょっと自分の意外性を感じていました。セデーションは実際のオーダーではドルミカム®だけど,私の中では,セレネース®が実質のセデーションスタートだと考えてます。セデーションをかける自分って,責任重大だと思うんです。Tさんと奥様の状況を考えれば,セデーションは当然のことだと認識しての行動だったのですが……涙した自分はどこにいった!? ってモヤモヤ考えてました。

 大久保さんや,末松さんの記録を読んでいて,あぁー私は「看護師」になったなぁって思いました。看護師になった……というのはまぁ,いろいろな意味で。いい意味ですかね,一応。涙した自分はどこにいった? っていう自分を気づかせてもらえてよかったです。このノートに私も感謝です。ありがと。

大久保 この日,まるで逃げるように病室から出てきたこと,ナースステーションで途端に涙が出て止まらなくなったことをよく覚えています。先輩に“怖い?”と聞かれたけれど,怖さよりも無力感から出た涙だったと今でも思い出します。本当はこの日,ノートに記入するのが嫌でした。自己嫌悪や無力感を早く忘れたかったのかもしれません。しかし,言葉にして残したからこそ,そこから気づいたこと・学んだことは今でも忘れません。がんばれノートには不思議な威力があるものです。

末松 大久保さんにとって初めての終末期の患者さんで,戸惑い,動揺するのはわかっていました。恐怖心や無力感もあったでしょう。しかし私たちは看護師であって家族ではありません。一緒に泣いて混乱するのではなく,看護師としてやるべきことがあることを伝えたいと思いました。そして1年目だからできる看護があるということも伝えたいと思いました。このような終末期の患者さんとこれからも出会っていきます。経験とともに自分の中の看護観や死生観も変化していくと思います。だからこそこの時の感情を振り返り,素直な感情を紙面に残してもらいたいと思いました。これからの看護人生の大きな宝物になると思いました。

川崎 25-27日を私は悶々と考えていました。私の行動は,人間的だったのだろうか? 冷たい対応だったのではないか? 涙は一人の人間として出てきたはずなのに,心も乱れず次の行動に出た自分に戸惑いました。“プロだから一瞬で切り替えた”と割り切れないほど「逝きたい」は衝撃でしたが,ノートをみて,涙はちゃんとその場の感情から出てきたものだと確認できました。

 新人のために用意したノートだけど,スタッフが支えられている…そういうノートの存在に感謝です。


病棟紹介
国立がんセンター東病院7A病棟は,病床数50床,上腹部外科・肝胆膵内科・内視鏡内科の領域を担当している。病床利用率は常に100%に近く,平日は毎日2-3件の手術,抗がん剤治療・放射線治療,腹部血管造影・生検・エタノール注入などが入る。終末期の患者に対する疼痛コントロールなど,新人にとっては右を見ても左を見ても,学生時代にかかわることがない治療・処置ばかりの現場である。

関連書籍紹介
『はじめてのプリセプター 新人とともに学ぶ12か月』(川島みどり,陣田泰子編集)
 本連載に登場するプリセプター,末松あずささんの新人時代のがんばれノートが収録。がんセンター東病院の新人教育が学べる,プリセプター,プリセプティ,看護管理者必携の一冊。