医学界新聞

 

事故発生時の記者会見を予行演習

――「医療苦情・事故対応のための実践講座」より


 毎日のように報道される医療事故,そのたびに繰り返される事故隠蔽や報告書の改ざん,増加する一方の医療訴訟……。事故防止のための安全管理は進みつつある一方で,不幸にして事故が起こってしまった時の対応を考えている医療機関はいったいどれくらいあるだろうか。

 九州大学大学院・医療ネットワーク講座では,昨年度から「医療苦情・事故対応のための実践講座」(責任者=東大 前田正一氏)を開講。わが国の大学では例のない試みに,全国から募集数をはるかに越える医療従事者が応募し,反響も大きいという。本紙では同講座の一部を取材した(関連記事)


 九大大学院・医療ネットワーク講座の「医療苦情・事故対応のための実践講座」は,全国の医療関係者らを対象に,医療苦情や事故に適切に対応できる人材を養成することを主目的としたもの。2004年度は7月から12月にかけて全10回(計60時間)開催。受講者の職種は医師,看護師,病院事務が多くを占め,北海道から熊本まで全国から32名が参加した。

 同講座では,「原告と語る」「事故の確定・剖検の意義」など毎回2-3のテーマが取り上げられ,当該テーマの専門家による講義と,その後のスモール・グループ・ディスカッションや個別指導が盛り込まれている。取材当日は「危機広報と記者会見」について,細坪信二氏(NPO法人危機管理対策機構・事務局長)が講義した。

会見は事前の準備が大切

 講義の冒頭,責任者の前田氏は「医療事故の再発防止や医療の透明性を確保するために,医療事故の公表は極めて重要」と強調。中でも重大な医療事故が発生した場合には,記者会見は不可欠だとして,「医療には公費がつぎ込まれている以上,医療機関は社会に対する説明責任を果たさなければならない。これは,医療機関が信頼を取り戻す最後のチャンスでもある」と語った。続いて細坪氏が,「医療機関は事故を起こさないための“安全管理”を重視するが,事故が起きてしまった時の“危機管理”も考える必要がある」として,メディア対応や記者会見の進め方を解説した。

 細坪氏は危機広報の基本姿勢として,(1)メディアから逃げない,(2)(家族の了解を得たうえで)自らが積極的に情報提供する,(3)組織の常識でなく世間の視点に立つ,(4)最終判断は道徳的・倫理的価値観,の4点を提示。1回目の記者会見のタイミングは,「第一報からできるだけ早く,一部であっても事実関係が確認された時点が1つの目安」とし,あわせて新聞記事の締め切りやテレビニュースの時間についても考慮することが必要だと語った。

 また,アメリカの大病院はメディアへの記者会見の案内や声明文などを雛形化していることを紹介。リハーサルも含めた事前準備の重要性を強調し,特に想定問答集については記者や視聴者の立場で,簡潔でわかりやすい答えを準備することが肝要であるとした。

 実際の記者会見では,謝罪を第一とし,その後に事情説明や再発防止策を語る中で,信頼の回復に努めると説明。スポークスマンに関しては,司会進行役を置くほか,原則として責任ある立場にある者1人が発表し,随時的確な資料を差し出すことのできる補助者の同席も考慮するとした。また,記者からの質問に際して「ノーコメント」はタブーであると指摘し,答えられない場合はその理由を明確にし,理解を得ることが重要であると語った。

グループごとの模擬記者会見

 講義の後は,参加者を4グループに分けての模擬緊急記者会見(写真)。用意されたシナリオは「看護助手が患者の人工呼吸器を外し殺害した」というもの。病院の概要や容疑者の供述内容のほか,事件の経緯(同僚による発見→警察への通報→事情聴取→容疑者の自供)も時間の経過とともに設定された。これをもとに,各グループが記者会見の設定時刻の決定,会見者や補助役の割り振り,想定問答集の作成などを行い,会見に挑んだ。

 記者会見では,他のグループが記者役として質問し,「助手は業務内容や勤務条件に不満があったと自供している」「2年前も人工呼吸器による医療事故があったのに,その後改善策はなされたのか」など,病院の責任を厳しく問うものが続いた。「事実関係を調査している」という返答が続くと記者役も腹が立ってくるのか,質問に怒声が混じるようになる。会見後は参加者から,「情報をある程度開示しないと記者は納得できず,院内に残って追いかけまわされる」との感想も出た。

 そのほか,参加者からは「事件なのか事故なのかが判断できない時点で記者会見を開くのは難しい」と,会見のタイミングに戸惑う声もあった。細坪氏はこれを受け,「非常に難しい問題」としながらも,「どこまで腹をくくるか」「病院の責任をどこまで認めるか」がポイントであるとして,最後は病院の理念に照らし合わせつつ会見を設定することの重要性を強調した。