英語で発信! 臨床症例提示 -今こそ世界の潮流に乗ろう-
Oral Case Presentation
[第11回] There is always room for improvement
齋藤中哉(ハワイ大学医学部医学教育部客員教諭)ICU症例の難しさ
ICU(intensive care unit)経験のない医師は,ICU症例のpresentationにおいて,次の困難を経験します。1)脈絡のない患者データを延々と羅列した挙句,肝腎の病態説明の段で,思考が途絶してしまう。
2)重み付けを行わないまま,すべての問題点を提示しようとするため,時間超過となってしまう。
ICUの二大特性
これらは,ICUの特性を理解していないために生じる無用の「焦り」に由来します。ICUは次の2点で一般病棟および救命外来とは異質な空間です。1)患者パラメーター:ICUにおける患者情報の大部分は,主観的所見ではなく数値化された客観的所見(objective findings)であり,多くの場合,任意の時間間隔で連続的にモニターされています。
2)治療パラメーター:薬剤の持続投与,人工呼吸,左心補助,血液透析といった治療手段を,数量に制限なく併用していくことが可能です。
Simple is best
患者パラメーターと治療パラメーターの過剰は,ICUとは名ばかりの似非治療を生み出しがちです。体温が高いので全身クーリング,尿量が低下したから利尿剤といった一対一の対症療法の集積。異常値を見つけ出し,対症療法を施すだけであれば,医師は不要です。患者を薬漬けにし,機械に接続したからといって,生命危機からの離脱を図れるわけではありません。集中治療の本質は,完備された患者パラメーターを分析し,患者の病態を単純な描像として手中に収めること。それに基づき,最小限の治療パラメーターを操作していくこと,この2つに尽きます。「高度先進医療」イメージとは裏腹に,“Simple is best”なのです。
■Contents Index
ICU format
前回(第10回)のAssessment-Oriented Formatの紹介に引き続き,重症管理に適したICU formatを,表1に沿ってご紹介しましょう。
(1)Identification Data & Problem List
(2)History (3)By-System (4)Case Mapping (5)Summative Plan |
(1)Identification dataに続いて,症例の問題点をすべて羅列します。症例の展望を伝えることが目的なので,臨床診断が最善ですが,症状名や疑い病名であってもかまいません。
(2)現病歴/既往歴/家族歴/生活歴の区別をせず,必要最低限の病歴を述べます。
(3)表2の順序に従い,臓器システムごと(by system)にSOAPを整理します。S=subjective findingsは無ければ「無し」とします。Oに身体所見,検査所見,治療パラメーターを含めます。システムごとにassessment/planを述べてもよいですが,ICUでは全体のバランスが重要なので,まず全システムについてOを述べ切ってしまう方法がお勧めです。
1)Central Nervous System
2)Respiratory System 3)Circulatory System 4)Hepato-Renal Function 5)Electrolyte, Fluid & Nutrition 6)Gastrointestinal System 7)Hematology 8)Infectious Disease ※1-5)については「脳の心配(肺)が肝腎」と覚えます。 |
(4)by-systemの情報を,病態生理に基づき整理します(case mapping)。その際,「要するにこの症例は」に相当する一文を挿入すると,中間サマリーとして効果的です。
(5)最後に,次回のconferenceまでの診療方針を述べます。routineは極力省略し,「救命のための鍵となる臓器系統は」「絶対に行うべきことtop3は」といったmental notesを持ちつつ,根幹だけを述べます。
■Delivery Index[Japanese English]
和製英語
積極的に外国語を同化包摂しつつ日本語を発展させてきた私たち日本人は,英語以外の外国語を英語と勘違いしていたり,日本語の文脈の中でしか通用しない英語表現を独自に考案していたりします。Japanglish,Japlishなどと自己卑下する必要はありませんが,アルバイト(part-time job),エコー(超音波検査;ultrasound,ultrasonography),ギプス(plaster,cast),ドクターコース(博士課程;doctoral program),ホームドクター(family doctor),ポケットベル(pager,beeper)など,日頃から愛用しているJapanese Englishを意識しておきましょう。語法と語感
私たちは,東洋人の典型的な身体的特徴をblack hair and black eyes(黒い髪に黒い瞳)と述べてしまいます。もちろん文脈から理解可能ですが,“black eyes”とは第一義に殴られて目の周りにあざができた状態を指しますので,dark hair and dark eyesが正解です。また,病態生理を説明する際に重宝な「悪循環」を,日本人は多くの場合,“bad cycle”とか“malignant cycle”と表現します。コミュニケーションは成立しますが,“vicious circle”が端的です。語法と語感の修得に上限はありません。♪間奏曲
国際舞台において日本人に期待されていることの1つに,日本語でありながら世界に広がっていった概念について,日本人しか知らない語源とエピソードを交えて解説できる素養があります。Tsunami,Karoshi(過労死),Karaoke,Kaizen(改善)。医学の世界ではKawasaki,Moyamoya,Takayasu,Tsutsugamushi…。専門を問わない教養も医師の実力の一部です。There is always room for improvement!
■Text Box
[Identification Data & Problem List]
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「新」しい声を是非「聞」かせてください。
E-mail:nakaya@deardoctor.ac
【筆者略歴】 京大工学部修士課程終了。阪大医学部卒。東京医大八王子医療センター腎臓内科助手を経て現職。全米で唯一ハワイ大学医学部だけが持つFaculty Development Program「医学教育フェロー」を修了した最初の日本人として,同大学のカリキュラム開発(次世代Triple Jump & Clinical Reasoning)に従事。日本国内の医学部からも客員教授/教育顧問として招聘を受け活躍中。 |