医学界新聞

 

健康日本21の中間評価を前に議論

第63回日本公衆衛生学会開催


 第63回日本公衆衛生学会が10月27-29日の3日間,多田學会長(中国労働衛生協会)のもと,松江市・くにびきメッセ他で開催された。「地域に根ざした公衆衛生活動」をメインテーマとした今回は,日野原重明氏(聖路加国際病院理事長)による特別講演「輝く新老人の生き方」など計6題が市民講座として開放され,市民への公衆衛生活動の普及が図られた。本紙では「健康日本21の中間評価」と「地域・職域におけるメンタルヘルス」,この2つのシンポジウムの模様を紹介する。


 国民の健康づくり運動である「21世紀における国民健康づくり運動」(以下,「健康日本21」:2000-2010年)は,食生活や運動など9分野70項目で初めて数値目標が設定された。この「科学的根拠に基づく施策の展開」は,従来の健康づくり施策との大きな違いとなっている。2005年度は中間年としてその評価を行う年になっており,現在は国や自治体が評価手法の検討を行っている。

 メインシンポジウム「健康日本21の中間評価」(座長=放送大学 多田羅浩三氏,島根県庁 正林督章氏)では,先進的に評価を行おうとしている自治体の担当者らがシンポジストとなり,中間評価の手法や健康づくりのあり方について議論を行った。

多くの項目で数値が悪化

 冒頭,司会の多田羅氏が「健康日本21」計画策定の調査結果を報告。今年7月時点で計画を策定した市町村は4割,策定予定のところは2割となる一方,策定の予定がない市町村も4割にのぼることが明らかにされた(国に連動した地方自治体の計画に関して,都道府県には健康増進法で策定を義務付けられているが,市町村は努力義務にとどまっている)。多田羅氏は,「残り4割の市町村は状況を見ているところ」として,計画策定済みの市町村の具体的な成果に期待する一方,「大事なことは成果をあげたとういうことだけではなく,自分たちの事業に対して正確な評価をしていくこと」と強調。そのためにも,正確な評価方法の確立が不可欠であると,今回のシンポジウムの趣旨を語った。

 最初に基調講演として,瀬上清貴氏(厚労省)が「健康日本21」の進捗状況を説明。目標値と暫定的実績値を比較したところ,目標項目のうちで「食塩摂取量の減少」や「糖尿病検診異常所見者の事後指導受診率」などでは策定時より改善がみられる一方,「高脂血症の減少」や「日常生活における歩行歩数の増加」など多くの項目では逆に策定時より悪化していることを報告し,施策見直しの必要性を示唆した。

 次に佐甲隆氏(松阪保健所)が登壇し,三重県と松坂市における健康増進計画の評価方法を紹介したほか,評価における保健所の役割についても言及。保健所自らが健康増進活動パフォーマンス評価を実施するなど,主体的な取り組みの重要性を強調した。また,「大変だが,策定した計画の長所や短所がわかり,多くの気づきがある」と評価活動の意義を語った。

 島根県斐川町は,「健康日本21」がはじまる10年以上前から自治会単位で住民が中心となった健康政策を策定している。倉橋真知子氏(斐川町健康福祉課)はこうした活動を写真も交えて紹介し,住民と課題を共有する場をつくることで,自治会や老人クラブ自らが主体的に健康づくり活動を企画するに至ったと語った。

 吉池信男氏(国立健康・栄養研究所)は「健康日本21」の評価における国民健康・栄養調査の役割を概説。70項目の目標の多くは国民栄養調査をベースに設定されているため,中間評価に際しては評価に必要な事項を重点的に調査する予定であることを説明した。

 土屋隆氏(日本医師会常任理事)は,医師会の「健康日本21」に関する取り組みの中でも特に禁煙推進活動について述べた。日医会館の全館禁煙,禁煙推進委員会の設置や報告書の配布などの活動を紹介するとともに,会員喫煙意識調査の結果から,男性医師の喫煙率が27.1%(2000年)から21.5%(2004年)に低下したことを明らかにした。

 最後は烏帽子田彰氏(広島大)が指定発言として登壇した。全国の行政機関に対して実施した調査研究の概要を示し,「住民の立場での計画か?」「関係他部局・他領域との連携はできているか」など,中間評価に関する取り組みの参考となるポイントを示した。

数値達成を目的としない

 その後のシンポジウムでは,演者らによって行動変容の重要性が確認される一方,会場から「行動変容を個人に対して“させる”のではなく,自らの意思で“する”ようになることが大切」との意見も出され,住民参画のあり方も視野に入れた健康づくりのあり方が議論された。また別の参加者は,「健康日本21」において健康目標の達成が遠のいている現状に関して,「ライフサイクルは長い目でみないといけない。失敗という評価になっては残念だ」との意見も出された。

 座長のまとめの言葉として,厚労省時代に「健康日本21」の立案を担った正林氏は,市町村の計画策定率が4割にとどまっていることを問題視し,「計画をつくるという行為自体がとても重要である」と強調した。また,評価に関しては,市町村や保健所がお互いを評価するなど,透明性を担保しつつ多様な評価をしていくことが大切であると述べた。最後に多田羅氏は,科学的な根拠にもとづく施策の展開が「健康日本21」の基本であることを指摘。「目標値が達成できないからといってやめる類のものではない」と語り,改めて「健康日本21」とその評価の意義を強調し,シンポジウムをしめた。

■地域での自殺対策が効果を立証

 1990年代後半からわが国の自殺者数は急増し,2003年度は3万2082人となり,その数は交通事故死者数の3倍にもなる。シンポジウム「地域・職域におけるメンタルヘルス――自殺予防を中心に」(座長=岡山大 川上憲人氏,秋田大 本橋豊氏)では,うつ病予防という疾病モデルだけでなく,地域に根ざした公衆衛生活動としてのストラテジーが重要であるとの趣旨から企画され,国や自治体の取り組み,職域メンタルヘルスの現状が報告された。

 まず川上氏が,地域・職域のメンタルヘルスの実態を疫学的視点から述べたほか,国レベルの取り組みに関しても紹介した。氏は,自殺の危険因子の1つであるうつ病に関する地域調査の結果を説明。「うつ病の生涯有病率は15人に1人であり,そのうち4人に3人は医療機関で医療を受けていない」という実態を述べた。また,国による近年の施策としては,有識者懇談会でとりまとめられた「自殺予防に向けての提言」,具体的対策を示したものとしては保健医療従事者,行政職員を対象とした「うつ対応マニュアル」「うつ対策推進方策マニュアル」などをあげた(これらはいずれも厚労省HPより閲覧できる。また医師会も,医師向けの自殺予防マニュアルを作成ずみ)。

モデル地区で自殺率が減少

 次に登壇した本橋氏は,地方自治体の取り組みとして秋田県の事業を報告した。北東北3県はいずれも自殺率が高いが,特に都道府県別の自殺率で9年連続ワーストとなっている秋田県は,「健康日本21」の地方計画の中で自殺予防を重点領域として位置づけている。こうした状況の中で最近になって注目されているのが,2001年から2003年にかけて6町で開始された自殺予防モデル事業だ。これらは本橋氏ら秋田大学のメンバーが県に協力して取り組んだもので,現時点で調査可能な4町を対象に調査した結果,自殺率が3年間で27%減少した(その間,秋田県全体の自殺率は増加している)。モデル4町では健康教育を中心とした一次予防と,うつ病ハイリスク者のスクリーニングなどの二次予防の双方を実施しているが,氏は「地道な一次予防が特に効果的だったのではないか」と分析した。

 続いて,秋田県のモデル事業地区の1つである合川町から佐藤孝氏(合川町保健センター)が,保健所の具体的な活動内容を概説し,「町村単位でみれば自殺はせいぜい数人のため対応は遅れがちだが,心の健康づくりを公衆衛生として位置づけることが大切だ」と語った。

 永田頒史氏(産業医大)は職域におけるメンタルヘルス対策の現況を報告した。職場では自殺防止というよりも心の健康づくりとして対策が進んでいると分析したほか,日本でも導入企業が少しずつ増えているEAP(Employee Assistance Program)によるメンタルヘルス対策についても説明した。最後は指定発言として宇田英典氏(鹿児島県川薩保健所)が登壇。モデル事業の実際を述べたうえで,うつ対策に関して保健所・市町村が相互補完的に役割を担っていくことの重要性を指摘した。

 その後のディスカッションでは会場から積極的に声があがり,「大都市は農村地域と違い,個別アプローチが難しいため,違った形のメンタルヘルス対策の確立が必要」「ハイリスク者へ介入は難しいため,医療機関との連携が大切」などの結論が導き出された。最後に川上氏は,「自殺対策が公衆衛生の目的であることが理解してもらえたと思う」と成果を語り,心の世紀における関係者の取り組みに期待の言葉を述べて,最後の言葉とした。