医学界新聞

 

研究のseedsをベッドサイドに

第63回日本癌学会開催


 第63回日本癌学会が,桑野信彦会長(久留米大)のもと,さる9月29日-10月1日の3日間にわたり,福岡市の福岡国際会議場,他で開催された。

 「がん征圧への新しい幕開け」をメインテーマに掲げた今回は,予防・治療の最先端の研究が発表されたほか,臨床試験の話題も取り上げられるなど,バラエティに富んだ企画がなされ,各会場で多くの参加者の興味を集めた。また,関心の高まっている臨床腫瘍学教育についてもセッションが設けられ,活発な議論がなされた。


■最先端の研究がもたらすseeds

 分子生物学の目覚しい進歩により,がんそのものに対する理解と,予防・治療のためのさまざまなseedsが提供されつつある。特別企画「Scientific seedsからベッドサイドへのロードマップ」(座長=埼玉医大 佐々木康綱氏,札幌医大 新津洋司郎氏)では,こうしたいくつかのseedsと,それを臨床に生かすためのシステムについて紹介された。

抗腫瘍作用を示す新規物質

 浅田誠氏(エーザイ)は,放線菌の代謝産物より見出された新規物質であるPladienolidesの類縁体の1つであるPladienolidesBについて,in vitroで強力な増殖抑制活性およびVEGF/PLAP産生抑制活性を持つことを報告。また,癌パネル,細胞周期,耐性株の検討から,この物質の作用機序が新規であると考えられるうえ,in vivoにおいても優れた抗腫瘍活性を示したことから,新規抗がん剤のseedsとしての可能性を示唆した。

 さらに,より優れた物質探索のため,PladienolidesBの類縁体から誘導体合成を行い,最終的にE7107と呼ばれる物質をデザインしたと報告した。E7107はCDDPやTaxol,CPT-11といった抗がん剤との薬効比較においても,同等あるいはそれ以上の抗腫瘍活性がみられたとし,繰り返し投与においても,毒性の蓄積がなく,耐性の出現も認めることがなかったことから,長期に腫瘍縮小を維持できる可能性があるとした。

新たな分子標的

 古川洋一氏(東大)は,新たな分子標的となる候補遺伝子の抽出について発言した。氏は,癌特異的に発現し,正常重要臓器での発現が少ない遺伝子からsiRNAを用いた発現抑制によりがん細胞の増殖抑制が認められた遺伝子を選んだ結果,肝がん・大腸がんで過剰に発現するSMYD3の発現増加により細胞増殖が促進し,がん細胞でSMYD3を抑制するとアポトーシスを誘導したと報告。この結果から,SMYD3をターゲットとした機能阻害薬が,これらのがんに対する新規抗がん剤となる可能性があるとし,開発への期待を示した。

AML再発を防ぐ併用療法

 松永卓也氏(札幌医大)は,急性骨髄性白血病(AML)に対する抗VLA4抗体療法について発言。氏は,まず抗がん剤などの進歩によりAMLの完全寛解率は約80%まで向上しているが,再発が多いため長期生存率は30-40%程度である現状を指摘。長期生存率向上のために再発予防法の開発が必要としたうえで,AMLに対する抗VLA4抗体療法について発言した。氏は,AML細胞がVLA4分子を介した骨髄stroma細胞との接着で抗がん剤への耐性を得ていることが実験によって明らかになり,また,化学療法を受けた症例について予後を調べたところ,VLA4の強発現症例群の長期生存率が低発現症例群の4分の1ほどであったと報告。これらの結果から,抗がん剤と抗VLA4抗体による併用療法がAML再発を防止する可能性があるとした。

■seedsを臨床に生かすためのシステム

医師主導型治験をスムーズに行うために

 田原秀晃氏(東大)は,基礎研究の中には,有望ではあっても想定する治療法の新奇性が高すぎるために製薬企業の創薬対象範囲に含まれず,思うように企業からの開発支援が得られない場合があり,その際,医師主導型臨床試験が必要になると説明。治療成績を飛躍的に改善させる画期的な新治療法の開発のためには,必要不可欠の経路であるとした。

 そのうえで,東大医科研における遺伝子治療実用化に向けた前臨床試験において,品質の優れた医薬品を製造するための要件をまとめたGMP(Good Manufacturing Practice)基準で臨床試験を支援するために設置された治療ベクター開発室について述べた。同施設は2002年にISO9001を取得し,その後も米国FDAのコンサルタントによる査察を受けるなど,質の確保に努めているという。

 西村孝司氏(北大)は,2003年7月の改正薬事法施行を受けて,2005年7月までに新改正GMP省令が施行され,医師主導型治験のための製造にGMP実施基準が必須とされることを紹介。一方で,GMP基準に準拠した作業は非常に煩雑であるという問題点を細胞培養加工工程を例に指摘した。この点から管理と研究の役割分担が必要と考え創設した,北大と産業技術総合研究所発のバイオベンチャーである(株)バイオイミュランスについて説明し,新治療法開発の促進と,創薬・治験産業の推進のために,大学発ベンチャーが集積した研究開発支援センターが存在することの重要性を強調した。


がん治療の専門医育成を議論

――第63回日本癌学会の話題から


 がん診療における質の高い専門医の育成に対して,社会的な関心が高まっている。シンポジウム「臨床腫瘍学教育のあり方」(座長=慶大 北島政樹氏,癌研 北川知行氏)では,改めて臨床腫瘍学教育の現状と問題点が議論された。

がん診療の現状と専門医制度

 冒頭で北島氏は,各大学の医学部長を対象としたアンケート結果から,日本の大学では臨床腫瘍学の講義が行われているところがまだ少ないという現状を示した。また,日本におけるがん治療の特殊性として,特定のがん種にとらわれない臓器横断的な学問体系である「腫瘍内科学」を専門とする医師が不足しており,外科系の医師による抗がん剤治療が行われている現状を指摘。氏は日本ではがん治療の専門医が約2万人必要であると推計し,これだけの数の専門医を育成するには,各科が協力して基盤を整備することが現実的であると提言した。

 新津洋司郎氏(札幌医大)は,米国における臨床腫瘍学教育について,卒前教育では必ずしもすべての大学でカリキュラムが整っているわけではないと説明。一方,卒後の研修カリキュラムは確立しており,腫瘍内科専門医となるためには,内科専門医取得後,2年間の腫瘍内科フェローシップを経て,1年間以上の基礎・臨床研究に従事することが必要であり,その後の専門医試験に合格することが必要と紹介した。

 畠清彦氏(癌研病院)は,化学療法をめぐる医療過誤の増加や治験コーディネーターの不足などといった病院の現状を指摘。一方,腫瘍学教育にとっての好材料として,合同カンファレンスによって患者主体の治療方針を決定している病院の存在や臨床腫瘍学会によるカリキュラムの決定と認定試験の具体化などをあげ,今後への期待を示した。

 吉野肇一氏(慶大)は,日本癌治療学会によるがん治療専門医制度について発言。2005年の10月には最初の専門医認定を行う予定であるとした。また,がん治療をめぐる日本独自の背景を踏まえ,専門医制度によって外国に倣うだけでなく,日本の独自性をいかしつつ臨床腫瘍医を育成していきたいという考えを示した。

 門田守人氏(阪大)は,全国の大学関係者を対象としたアンケートを行い,腫瘍を総合的に診る臨床腫瘍科の必要性を認識していた施設が,すでに同科がある施設で77%,ない施設では53%にのぼったと報告。逆に不要であるという施設は,ある施設で1%,ない施設で6%であったことから,臨床腫瘍科への要求は高いとした。一方で臨床腫瘍科設立に向けて何の努力もしていないと答えた施設が全体の75%にのぼり,ここに大きな問題点があるとした。

 議論の最後に北川氏は,学会や診療科を超えて,本当によい制度を考える必要があると指摘。膨大な知識全体を包括したきちんとしたカリキュラムが必要と述べ,シンポジウムを締めくくった。