医学界新聞

 

レジデントサバイバル 愛される研修医になるために

CHAPTER 8
家族ともめないために(後編)

本田宜久(麻生飯塚病院呼吸器内科)


前回からのつづき】

 前回(本紙2601号)に引き続き,患者家族とのコミュニケーションについて学んでいく。この分野はたくさんの書籍があり,体系的な面接技法や患者家族の心理などの奥深い内容は他の文献を参考にされたい。ここではやはりサバイバル。研修医が日々直面し,なんとしても解決したい場面を設定してみた。数々の体験を紹介し,読者と体験を共有することで,つらい思いをする家族や研修医が少しでも減れば幸せである。

家族の体調を気遣う言葉「ご家族の皆さまのお体も大切ですから」

 内科病棟。重症肺炎の治療のかいなく,次第に病状が悪化していた。家族は毎晩泊まり込み,疲労困憊の様子。主治医の病状説明があった。

研修医「依然,血圧も低下して,酸素の状態も悪いままです」

家族「ああ。そうですか……」

研修医「先日もお話ししましたが,やはり,いつ心臓がとまってもおかしくない状態です」

家族「先生,今夜も残っていたほうがよいでしょうか?」

研修医「そうですね。ええと……」

 さて,困った。疲労困憊の家族に,残っておいたほうがよいというのも酷な気がする。とはいえ,急変がいつでもありうるのは確か。研修医は返答に困ってしまった。指導医が助け舟を出した。

指導医「たしかに,いつ急変してもおかしくない状態ではあります。しかし,皆さまのお体も大事ですので,無理をなさらない範囲で判断していただければと思います。できましたら,交代でどなたかが残っていただいて,何かありましたら,すぐに連絡しますので」

家族「わかりました。では,少し帰らせていただきます」

 結局,翌日の夕方に患者さんは亡くなられた。後日,家族から「あの時,先生に無理をしないように,と言っていただいてホッとしました」と言葉をいただいた。

コメント

 死期が間近である時,家族も疲れ果てていることが多い。医師としても,先のことはわからない状態である。「帰っても大丈夫」とはとても言えない。家族も同様に「疲れたから,帰って寝たい」とも,言いだせない状態である。無理をして体調を崩し,外来を受診する方も少なくない。そんな時,家族の健康を気遣う言葉が助け舟になることがある。

 もちろん,それまでのこまめな病状説明による信頼関係の構築が前提である。

共感に注意

 ある日の内科外来。腹痛で17歳女性が来院。問診と診察のため,母親に退室していただいた。診察終了後,婦人科受診をすすめた。

研修医「腹痛の原因で,骨盤内の感染の可能性もあるので,婦人科の診察を受けたほうがいいと思います」

家族「………。」

 付き添いの母親は納得しない様子。勉強熱心な研修医は「そうだ,気持ちに共感するとよいと,教科書に書いてあったぞ」と思い出し,実行した。

研修医「なにか,お怒りのように見えますが」

家族「なんですかその言い方は,失礼じゃないですか!!」

コメント

 母は問診と診察の風景を見ておらず,なぜ婦人科受診が必要なのかに対して納得できていない様子。共感することによって,たしかに感情にフォーカスをあてることはできたが,かえって不満を爆発させてしまった。

 不安や痛みつらさについて,共感の態度が大事であると言われている。しかし,「自分への不満について形式的に共感することは,相手の感情を逆なでする」という教訓を得た。

 この場合は,「決めつけているわけではありませんが,確認はしておいたほうが安心と思いますので」とか,「もしも見逃すようなことがあってはいけないので」といった表現がむしろ必要であった。癌告知に使われる,いわゆる段階的告知という手法に似ている。

その他の事例

●自分のみならず,他人に対する不満や怒りについても,共感する場合には注意が必要である。詳しくは成書参照。

転院交渉を成功させる感謝の心「当院での治療を選んでいただいて本当にありがたいです」

 ある日の内科病棟。パーキンソン症候群のある70代男性A。誤嚥性肺炎で入院加療したものの,今後は自宅での介助は無理と家族も考えている。研修医と指導医は医療ソーシャルワーカー(以下MSW)を交え,家族と転院について話し合った。

研修医「Aさんも,そろそろ肺炎が改善してきましたね。当院は重症の方が入るところですから看護も重症の方を優先しなければなりませんし,あわただしいです。今後は,ご本人にとって,もっと落ち着いたところ,もっとゆっくりした病院のほうがよいのではないかと考えているわけです」

 家族の表情は固まり,空気は止まった(「ゆっくりしてなくても,この病院で満足」といった表情)。

指導医「結論から言えばですね。当院にいていただくことが不可能なんです。国の制度上,急性期の病院,慢性期の病院と決まっていまして,当院は急性期の病院です。ですから,これ以上の入院が難しいんです」

 家族はさらに固まった(「そんなこと言われてもなぁ」という表情)。目線が一定しない。

 MSWが助け舟を出した。

MSW「少し,よろしいでしょうか。MSWの○○と申します。皆さまが,当院での治療を選んでいただいて本当にありがたいと思っています。本当に嬉しいです。できることなら最後まで,お世話させていただきたいと思っています。それは,こちらにいる先生もいっしょの気持ちです」

 家族の表情が変わった。眼の焦点が定まってきた。初めて会話が成立した。

MSW「ただ,残念ながらどうしても,先ほど先生から説明があったように,ある程度病状が安定してきたところで,近くの病院にご紹介させていただいているのが現状です。私たちも悩んでいます」

家族「転院先でも,同じような治療をしてもらえるんですか?」

 と初めて口を開いた。

MSW「もちろん,状態がしばらく安定してきたらの話です。B病院が,ご自宅の近くとお聞きしていますが,行かれたことはありますか?」

家族「B病院なら,盲腸の手術をしたなぁ」

MSW「そうですか。あそこの院長先生は,Aさんのような方の療養を熱心にしていきたいと言ってましたよ。少し,建物は古いですけど,『しっかりやろう!』と熱意を持ってやっておられますよ」

家族「あぁ,そうですか?」

MSW「B病院のほうが御自宅に近いので奥さんの負担を減らせるとか,外出で家に帰れるかもしれないといった具合にAさんを説得していこうと思います。B病院に少しお話を聞きに行ってみてはどうでしょうか?」

家族「そうですねぇ。行ってみましょうか」

コメント

 この会話を眺めてみると,これまでの連載で紹介してきた内容と少し違いがある。これまでは結論を簡潔に述べる訓練を推奨した内容が多かった。しかし,この指導医のように家族との話し合いの場でいきなり結論から入ったのでは,これは交渉とは言えず,家族にとっても唐突で受け入れがたい横柄な態度である。

 そんな空気のこわばりを,MSWの感謝の言葉が癒してくれ,家族の心が開いていった。そして,医療者も家族同様に悩んでいると伝えて,敵対関係ではなく,同じ立場であることを確認したうえで,転院先に対する家族の経験や印象を聞き,家族の緊張をほぐしていった。MSWの高度な技術を目の当たりにした研修医・指導医コンビは,ただただ感動するばかりであった。

イラスト/小玉高弘(看護師)
転院交渉を成功させる感謝の心「当院での治療を選んでいただいて本当にありがたいです」
家族との話し合いの場でいきなり結論から入っては横柄な態度に映る。まずは感謝の言葉で家族の心を開こう。

次回につづく

推奨文献
1)箕輪良行,佐藤純一:医療現場のコミュニケーション,医学書院,1999.
2)飯島克己,佐々木將人監訳:メディカルインタビュー 第2版,メディカル・サイエンス・インターナショナル,2003.
3)飯島克己:外来でのコミュニケーション技法,日本醫事新報社,1997.




本田宜久
1973年生まれ。長崎大卒。麻生飯塚病院での研修医時代より院内でのコミュニケーションに興味を持ち,以来事例を集めている。
yhondah2@aih-net.com