身体で覚える
糖尿病療養援助技術 〔第6回〕今を変化の時期ととらえるための支援 |
吉田百合子
富山医薬大附属病院地域医療連携室・看護師
(前回よりつづく)
人生は「変化」の連続である
糖尿病の療養では,生活の変化・調整が求められます。そして,その変化・調整こそが難しいのだと,糖尿病患者も援助者も感じています。しかし,実は人は誰でも生まれてから今日に至るまで,自らの生活を常に変化・調整させながら過ごしているものなのです。幼児期から成人するまでの間の身体・精神の成長にかかわる変化はもちろんのこと,家庭の事情,社会の情勢など,私たちの生活は変化の連続の中にあるといえます。ここでは,「糖尿病も変化の1つ」と捉えることによって,患者自身がうまく変化していけるように支援する技術を紹介します。
今を変化の時期ととらえるための支援
人が変化する過程をみれば,そこには過去,現在,未来があります。過去を振り返り,未来を意識することで,現在が「過去から変化してきた結果」であり,また「未来へとつながる変化のポイント」であると感じられるようになります。そのように患者を支援していくことは,患者に現在を意識してもらい,それを豊かにしていってもらう試みでもあります。ただ,人は無意識でも「このようにすればよいことがある」と判断しながら行動を決めているものです。一見間違った行動に思えても,その人なりの価値観,信念があるものです。ですから,変化を無理に求めても反発を受けることになるでしょうし,意識が変わっても実際に行動の変化が表れるまでには長い時間がかかることも多く,粘り強く待つ姿勢が大切となります。
プログラムは,(9)ライフスタイルを聞く,(10)食事ナラティヴ,(11)運動ナラティヴ,(12)目標の確認です。
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(9)ライフスタイルを聞く
その人のライフスタイルは,その人がこれまで生きてきた経過(過去)によって作られてきたものです。そこでまずはじめに,現在の状態はどうなっているのかを聞くようにします。0時から24時の時間軸が書かれた用紙に,起床から食事,仕事などを書き込んでもらいます。自分のライフスタイルをより意識するために,患者自らに記載してもらうことにまず意義があります。また,その後に記載されたものをナースが確認しながら,質問を加え加筆していくことにも効果があるでしょう。ナースはさまざまな年齢や職業のライフスタイルを聞くことにより,その人の1日のライフスタイルを知るだけでなく,生活の波,リズムを感じる力がついてきます。
夜中2時から新聞の折り込み広告入れで動いている方や,深夜12時でお店を閉めても寝る時間は2時,3時になる方,あるいは,漁師やトラックの運転手など2日周期でないとリズムが描けない人など,聞くほどに現代社会の多様さと,生活に規則性が求められる糖尿病療養を行うことの難しさが理解できるようになります。
ライフスタイル表ができたら,まず患者に書いてみてどうであったかを聞き,そして,変えられない部分,変えられる部分を聞きます。そこでは,ナースと患者が協同作業で糖尿病との共存生活を作ることとなります。
研修時には,これをロールプレイで行うことになります。自分のライフスタイルは自分自身がよく理解していると思いがちですが,質問に答え,表に書き込むことで,あらためて自分の生活を振り返ることができると思います。
(10)食事ナラティヴ
食事療法は糖尿病治療の柱です。そしてそれは食品交換表の通りにやればよい,というような単純なものではありません。「生きるために食べるのか,食べるために生きるのか」がわからないくらい,食事は生活の中で重要な部分をしめています。糖尿病の食事療法を成功させるには,そこを大事にする視点が不可欠です。そこで,このプログラムではまず,生まれてから今までの「食事の歴史」を書くことからはじめます。書く内容は,食事の時間や食品の種類,味付けなど直接的な内容に,一緒に食事した人や食事場所などの環境も加えます。さらに,それらが幼児期,学童期,学生時期,の成長段階でどのように変化してきたかを記します。
このことによって,自分の食事の傾向に経年的な変化要因(給食からお弁当になったetc)が存在すること,変化した事実があること,さらに状況に合わせ,自ら変化するように行動してきたことに気づいてもらいます。
臨床ではまず,患者に自分で記入してもらい,ナースが質問を加える形で書き足していきます。記入が済んだら「過去を振り返ってどうのように感じたか」を聞きます。また,「糖尿病になったことを,この中でどのように位置づけていこうと思うか」などを聞くようにします。
研修では,ナース役として質問する訓練を行うのはもちろんのこと,患者役になって,自らの食生活の歴史を振り返ることによって,実感として「食習慣は変わるのだ」ということを確認するようにします。
(11)運動ナラティヴ
食事ナラティヴと同様,療養のもう1つの柱であるその人の運動の歴史を聞きます。「運動療法」という限定された内容ではなく,日常での動き,仕事での活動,遊びや余暇活動など,生活の中で自然と行ってきた身体活動について聞きます。記入は食事ナラティヴと同様,幼児期からの成長時間軸に乗せて行います。運動は食事と違い生活に不可欠なものではありません。そこで,運動を聞く時には,その時の気持ち,身体の感覚,楽しかった思い出などと一緒に聞くようにします。そのように聞いてみると,案外多くの人が,幼い頃に外を走り回った楽しさを持っているものです。
記入が済んだら,同様に過去を振り返ってどのように感じたか聞きます。そして今後どのように運動を生活の中に組み入れるかを聞きます。
(12)目標の確認
人は未来に目標があれば,今を頑張れるものです。ここでは,ともかく目標を作ってもらい,そこから今を意識してもらうように支援します。これは,特に糖尿病のような自覚症状の乏しい慢性疾患においては,自己管理を促す大きな技法の1つとなります。研修ではナース役から患者役に対して,率直に「あなたの人生の目標は何ですか」といった漠然とした質問からはじめて,じょじょに絞り込んでいくようにします。例えば,「どのような状態であればよいと思いますか」と聞いた答えが,「今と同じ状態」といった漠然としたものだった場合も,「そうであれば,どのようなよいことがありますか」「それを実現するのは難しいですか」と続けていくのです。
そして,最終的には「旅行や仕事ができる身体でいたい」,あるいはもっと具体的に「毎年2回の温泉旅行」「あと10年はトラックの運転手を続けたい」といった目標を導き出してもらいます。
臨床では,こうして患者さんとともに導き出した目標は,外来受診時に合言葉として声かけし,療養を続けてもらうために有効なはずです。
「今が変化の時期なんだ」と思える支援
以上,過去,現在,未来の経過の中で今を捉え,今を変化の時期と感じることができるように支援する方法を紹介しました。こうした研修を行うことで,私たちは過ぎていく日々を意識することとなります。ここで紹介したプログラムは,糖尿病を考えるというよりも,人生を考え,支える私たち援助者の立場がはっきりと出るものであり,また,一心に聞くことによって,さまざまな生き方に触れ,支援者としての幅や深みを増すことのできる,相互学習として優れた方法だと感じています。
[著者略歴]
国立山中病院附属看護学校卒業後,国立がんセンター勤務を経て現職。佛教大,富山医薬大学院に社会人入学し,社会学,看護学を学ぶ。「現場の“技”を言葉にして,それをもう一度現場に還元するのが私の仕事」と語り,日々後進の指導に取り組む。 |