医学界新聞

 

レジデントサバイバル 愛される研修医になるために

CHAPTER 7
家族ともめないために(前編)

本田宜久(麻生飯塚病院呼吸器内科)


前回からのつづき】

 これまで,指導医,看護師,コメディカルなどとのコミュニケーションをまとめてきた。やっとではあるが,患者家族とのコミュニケーションに入りたい。しかし,この分野はたくさんの書籍があり,体系的な面接技法や患者家族の心理などの奥深い内容は他の文献を参考にされたい。ここではやはりサバイバル。研修医が日々直面し,なんとしても解決したい場面を設定してみた。数々の体験を紹介し,読者と体験を共有することで,つらい思いをする家族や研修医が少しでも減れば幸せである。

必ず名前を確認

 ある日の救命センター。救急車が絶えずやってくる。その日も60歳の女性が意識障害で搬送された。CTにてくも膜下出血の診断。緊急手術となった。ちょうどそのころ,救命センターでは頭部外傷患者の縫合が行われていた。そんな中,家族があわてて救命センターに到着。たまたま近くにいあわせた研修医に話しかけた。

家族「すみません。今,頭の治療を受けているって聞いたんですけど!!」

研修医「あ,今手術をしているところです。手術室にどうぞ」

 家族は手術室の待合室で待機。手術終了後,出てきたのはなんと他人(くも膜下出血の患者)だった。その家族は頭部外傷患者の身内であった。平謝りであったが,幸いにも外傷は軽症で,ことなきを得た。

 そして,またある日の救命センター。若い男性の交通事故。ロビーでは心配顔の中年男性が座っている。

研修医「お父さん,大丈夫ですよ!」

 あとから確かめると,その男性は父親ではなく,加害者だった!!

コメント

 まるで漫画のような出来事が,少しの油断で実際におきてしまう。人の名前も投与する薬剤と同じくらい慎重に確かめる必要がある。急変時や救急医療の現場でこそ,落ち着いて確認しておきたい。

 また,事件や事故の関係者,職場の人,近所の人,実は報道関係者など,事情や病状を知りたい人はたくさんいる。守秘義務を果たすためにも,情報を伝えても構わない人かどうか確認を! もちろん,自分も名を名乗ろう。

その他の事例

●主治医に電話あり。遠方の身内のものが病状を教えてほしいという。疑うわけではないが,もしものことがあってはいけない。来院している家族に病状を説明しているので,そちらから聞いてほしいと,いったん丁重に断った。または後日,家族の了承を得て説明を行った。

イラスト/小玉高弘(看護師)
必ず名前を確認
患者家族の名前も,投与する薬剤と同じくらい慎重に確かめよう。緊急時こそ落ち着いて確認を!

こまめに病状を説明

 ある日の病棟。肺気腫と肺炎で人工呼吸器管理中の70代女性。朝から意識が低下。痛み刺激にもほとんど反応がない。低血糖や二酸化炭素の貯留はない。CTを撮影したが,あきらかな脳出血もない。髄液所見もほぼ正常。いろいろと検査をしているうちに午後になった。そのころ,面会時間にあわせて家族がニコニコやってきた。

家族「あ,先生,こんにちはー。お世話になってまーす」

研修医「こんにちは,実は朝から様子がおかしくて,意識がないんです」

家族「えっ! 昨日まで元気だったのに。今日は,また元気に話せると思ってきたのに。何かあったんですか?」

 家族はあきらかに動揺している。

研修医「今,原因を調べているところですが,はっきりとはわかっていません」

家族「何か間違いはなかったんですか!とりあえず,みんなに連絡してきます」

家族(電話)「今日来て見たら様子がおかしいの。全然,知らなくてびっくり! 私も今,説明をされたのよ」

 研修医は,「ああ,やっぱり早めに伝えとけばよかった……」と後悔。

コメント

 以前の連載で,指導医に対して,「悪いニュースほど早めに相談」という項目をあげたが,家族にもまた同様である。この場合,悪くなった時点で電話で一報しておくと,家族の心の準備もできる。ただし,悪いニュースを伝えた時は,急変事態で一刻を争う状況なのか,時間に余裕があるのかを話す必要がある。そして,いずれにせよ,家族が事故にあわないよう,気をつけて来院されるように申し添えたい。

その他の事例

●心肺停止状態で搬送された交通事故患者。1時間蘇生行為を行ったが,回復しない。その頃,家族からどうなっているのか説明を受けたいと申し出があり,病状説明をしていないことに気づいてあわてた。

CAUTION

急変時に家族説明をする際に,安易に現場を離れてはいけない。特にショックや意識障害の時には治療を同時進行ですすめる必要がある。このような時には,必ず助けを呼び人員を確保。病状説明の際に,治療のリーダーを一時的に交代する必要がある。責任の所在を明確化するため,「○○先生,今から別室で病状説明してきますので,それまでリーダーをお願いします」と宣言することが大切である。

重症患者。厳しい現実と一筋の希望を

 内科病棟。80代女性。肺炎を起こし入院。自力排痰が困難で吸引を必要とする状態だった。窒息の危険性と急変時の対応を説明した。

研修医「肺炎で痰が多くなっていますが,自分で痰を出す力が弱いようです。窒息で心臓が止まってしまう可能性もあります。血圧も低い状態で,こちらも急変のおそれがあります」

家族A「そんなに悪いですか?」

家族B「まあ,病院はだいたい悪いように言うもんだ」

家族C「悪い話ばっかりで,治す気があるの?」

 家族の受け止め方と医療者の感じている現実にギャップがあり,研修医はとまどった。

指導医「もちろん,元気になってほしいという希望を持ってやっています。しかし,厳しい状況ではありますので,関係者にはすぐに知らせていただきたいです」

家族「わかりました。すぐに連絡します」

指導医「最悪の状況もやはり,考えておかねばなりません。その時にあわてないようにです。具体的には,急に心臓が止まった時に,心臓マッサージや人工呼吸を行うかどうかです。ご本人の気持ちを一番よく知っておられる皆さまに話し合っていただきたいのですが」

 結局,気管内挿管を行ったが,救命はできなかった。後日,

家族「結局,苦しい思いをさせてしまったので,あの時管を入れなければよかったのかとも思うんです」

指導医「この場合に,絶対に正しい答えはないと思いますが,ご家族の方が,ご本人のことを考えて下した結論ですから,間違いはなかったと思います」

コメント

 急変する可能性について理解が浅い家族,または頭がまっしろになってしまった方には「身近な人を呼んでください」と,具体的な行動を伝えると現実感が出るようである。また,厳しい現実の中にも,元気になってもらいたいと思って治療しているという気持ちも添えなければ,逃げ口実のような病状説明になってしまうので注意したい。

 急変時の対応についても,あらかじめ家族内の意見を統一してもらうように働きかけておきたい。また,決断に対し事後に悩む家族もいる。家族の決めた結論を支持する言葉も,時にやさしさであろうと感じている。

その他の事例

●気管内挿管を行う前に,救命できる可能性とともに,合併症の可能性,抜管できなくなる可能性もありうることを事前に説明する。

キーパーソンが近くにいるとはかぎらない

 ある病棟入院患者。くも膜下出血に対するクリッピングは成功。しかし,誤嚥性肺炎を発症し気管内挿管。なかなか改善がみられず,状況が悪化しつつあった。いつも来院する女性に,予後が厳しいことを説明。女性は「もう先生におまかせします」の一言ばかり。

 ある日の夜,病棟から連絡があった。

看護師「先生,○○さんのご家族の方が,先生を呼べと言ってます。すごく怒ってます」

研修医「え? なんでだろう。説明してるけどなあ。はい,行きます」

 病棟には,見知らぬ男性Aが怒り心頭で待ち構えていた。

男性A「なんで,くも膜下出血で入院して,肺炎になってるんだ!」

研修医「あ,いつも来られる方には説明してたのですけど……」

男性A「俺は聞いてねえ。患者は俺のおやじだぞ! お前の親父も同じ目にあわせてやろうか! 頭の病気でどうして肺炎にならなきゃならないんだ!」

研修医「それはですね……」

 この日,いくら言葉をならべても,火のついた怒りはおさまることがなかった。

コメント

 この場面は実はキーパーソンの確認を怠った指導医の責任であり,指導医が逃げなければ,研修医が矢面にたって責められることは少ないであろう。しかし,研修終了後はただちに自分の身に直接降りかかりうる場面でもある。この状態が初対面では,信頼関係を築くのは大変な道のりである。

 家族の中で社会的に重要な地位にある方は忙しく,頻回の来院は困難ではあるが,治療内容の決定には重要人物であることは少なくない。いつも来院する家族に,「他に直接私から説明したほうがよい方はいませんか?」と聞いたり,説明内容を記した紙を「他の関係者の方にも説明内容を見せてください」と話しておくとよいだろう。

 研修医である間に,誰がキーパーソンなのかを必ずチェックする習慣を身につけたい。

CAUTION

病状説明は原則指導医とともに行おう。どうしても困難な状況では,説明内容を,電話でもいいので指導医と確認しておきたい。書面に病状を説明する場合も,家族に渡す前に事前にチェックしてもらうほうがよい。




本田宜久
1973年生まれ。長崎大卒。麻生飯塚病院での研修医時代より院内でのコミュニケーションに興味を持ち,以来事例を集めている。
yhondah2@aih-net.com