医学界新聞

 

医学生をサポートする体制作りが必要

内田千代子(茨城大学保健管理センター助教授・精神科医)


 私は今回,1979年から2000年にかけて国立大学の学生631万8349人を対象とし,その中の979人の自殺者について自殺率(学生10万人における1年当たりの自殺者数),自殺手段の経年変化,性別と専攻による自殺率の比較,精神疾患との関係等において,統計的検討を行いました1)

 自殺者の増減は景気変動と関係しているといわれます。大学生対象の本調査でも,1988年から1991年までは自殺率に比べて事故死率が高かったのですが,1996年からは自殺率のほうが高い状態が続いています。

 全体の傾向として自殺手段では縊死や飛び降りによるものの占める割合が高く,診断された精神疾患としては統合失調症と気分障害の割合が高いこと(しかし,診断不明が77%を占める),保健管理センターが関与していた例は約20%という結果になりました。つまり,自殺した学生の多くは専門医による診察,診断を受けていなかったということです。

 また,学年別に比較すると4年制では5年以上,6年制では7年以上在籍の学生,つまり休学,留年中の学生の自殺率が学部を問わず高いという結果が得られました。

 これらの結果は,大学生の自殺危険群をとらえ精神衛生支援を行ううえで,有用な資料となります。

男女問わず高い自殺率

 学部に関係なく,性別では他の年代と同様に男子の自殺率が女子よりも高くなっています。しかし性別と専攻(文系,理系,6年制)により6群に分類して自殺率を比較すると,男女ともに6年制の学生は4年制よりも高い傾向が認められました。

 例えば1995-2000年の5年間をみた場合,10万人あたりの自殺者は6年制男子が23人,女子21人となっています(4年制大学では文系男子18人,理系男子14人,文系女子6人,理系女子7人)。6年制においては女子の自殺率が男性に近いのも特徴でしょう。

 ここでいう6年制の学部とは医学部,歯学部,獣医学部のことですが,獣医学部は4年制学部と同様の傾向であり,「6年制」学部に見られる特徴は,主に医学部の特徴と考えてよい状況です。

 ここで非常に重要なこととして,就学状況調査について説明します。私は全国の国立大学の死亡調査とともに,休学,退学,留年学生調査も毎年行っています2)3)。先ほど述べた性別・専攻別の6グループで比較すると,6年制学部は男女ともに4年制の理系文系と比べて,休学,退学,留年率のどれも低い傾向にあります。にもかかわらず,他学部に比べ自殺率が高いということは何を意味するのでしょうか。

 6年制ではカリキュラムや将来の職業などが他学部よりも明確であるため,流れに乗ってカリキュラムをこなせさえすれば,卒業しやすいように思えます。しかし,明確に決まっている分,一度コースから外れると逃げ場がなくなり,それが極端な行動に結びつくのかもしれません。

ストレスフルな医学部という環境

 さらに医学部特有のストレス要因が自殺率に関与していると思われます。

 まず第一に,医学は人の生死に関わる学問であり,勉強の内容自体が精神的に重くのしかかります。また,解剖実習などの医学部専門実習は精神的にも肉体的にも相当のエネルギーを要するだけでなく,将来なるべき医者という職業に直面する場であるとともに,職業適性を問われる儀式のような意味もあります。実習中,あるいは終わった後は精神のバランスを崩しやすい時期であると言われています。

 第二に,カリキュラムの問題はどうでしょうか? 医学の進歩により学ぶべきことは増え,授業はほとんどが必修。空き時間がないほどに授業が組まれていることも多いです。また,集中的に過重な負担のかかる試験期間と暇な期間との差が非常に大きく,カリキュラムに偏りがある場合もあるようです。ストレスに強い強靭な体力・気力・知力を備えた人が医師になるべきであるという意見もある程度は理解できますが,学生の負担を集中させないようカリキュラムを検討すべきではないでしょうか。

 また,どの学部でも共通していえることとして,1単位落としたら1年間留年というような柔軟性のない対応は,学生のメンタルヘルスに害あっても利はないように思われます。

 第三に,よく言われる医学部の閉鎖性という問題について考えてみたいと思います。クラスの人数が少なく,卒業後までお付き合いが続く上下関係は,密接な人間的交流を持ちやすいという利点もあります。

 しかし,サークルも医学部内のものに入ることが多く,総合大学の医学部であっても結果として長い学生生活における交際範囲は狭くなりやすい傾向にあります。いったん人間関係でつまずくと非常にやり直しにくい点があるようです。このように,人間関係においてもストレス要因は強いと考えられます。

医学部における女子学生

 次に,男子に近い自殺率を示す医学部女子学生についてふれてみたいと思います。医師は能力のある女性にとって,社会で職を得やすく活躍しやすい職業であるという面は確かにあります。しかし,女性医師が増えたとはいえ,医師は長い間男性モデルとされた仕事であり,女性であることが不利と感じることや生活設計上の不安などを多く抱えやすいことは事実です。自分の将来を考えた際に,不安を感じることもあるのではないでしょうか。

 一方で,成績がよいだけで医学部に入学してアイデンティティクライシスに陥る,ということが女子学生には多いと言われたりもしますが,こうしたことは男子学生にも当てはまるものと思います。

 以上に述べてきたように,医学部は学生にとってストレスの多い環境です。留年生などへの事務レベル,教師レベルでのフォローアップと,必要に応じて保健管理センターへの紹介は,今後も積極的に行われていくべきです。

 最近,アメリカの医学部の教育と入学者選抜についての視察調査をする機会があり,感じたことがあります。それは先輩が後輩に教えることを義務とし喜びとするような,教えることを評価する文化,そしてそれを実現できるように資金も労力もかけるという文化がアメリカにはあるのではないかということです。

 アメリカのアイビーリーグなどの名門医学部では,授業形式の教育に代わって,チューターがリーダーとなって問題解決方式で早い時期から臨床にエクスポーズする手法が主流になっています。患者と医師,チューターと医学生などの人間的交流に力を入れているそうですが,そのための様々な企画工夫がなされていました。理念はもちろん,それを実現する資金と人材配置,どれも医学教育には重要です。そして,勉学面でもメンタルヘルス支援の面でも,医学部生をサポートする体制を整えていくことが必要なのではないかと考えます。

参考文献
1)内田千代子他:大学生の自殺.第100回日本精神神経学会発表
2)内田千代子:第24回全国大学メンタルヘルス研究会報告書;12-25, 2003
3)内田千代子:大学と学生 2003年2月号第460号;25-33,文部科学省




内田千代子氏
東京大学農学部卒,東京大学教育学部学士入学を経て1985年東京医科歯科大学医学部卒。アメリカ,イエール大学関係病院,スイスの製薬企業精神科臨床研究部,法務省医療少年院,企業立総合病院神経科医長などを経て1999年より現職。全国国立大学生の休・退学,留年および自殺等の調査を毎年実施。医学教育においては大学入試センター「総合試験に関する分析的研究」に参加。著書に『ひきこもりカルテ』(法研)。