医学界新聞

 

対談

これからの日本医学会と日本医師会
2004年世界医師会東京総会開催によせて

高久史麿氏
日本医学会会長
自治医科大学学長
橋本信也氏
日本医師会常任理事
世界医師会理事


■日本医学会と日本医師会

日本医学会会長としての抱負

橋本 今日は日本医学会,日本医師会,そして今年の秋に開催されます世界医師会東京総会のことについて,いろいろお話をうかがいたいと思います。

 日本医学会は現在98の分科会から構成されている学会の連合組織ですし,日本医師会は会員数約16万人を擁する医師という専門職の団体です。医学領域において,どちらも規模としては最大の組織ですし,創立も日本医学会が明治35年(1902年),日本医師会はその起源を明治8年(1875年)あるいは明治18年(1885年)ともいわれるくらい古い歴史を誇っています。

 近年,医療を取り巻く状況は厳しく,このような時に日本医学会と日本医師会が緊密な連携をとることによって,日本の医療の質はますます向上するのではないかと思われます。

 そこで今日は,日本医学会長の高久史麿先生に,いろいろお話をおうかがいしたいと思います。まず現在の日本医学会の状況について,お話しいただけるでしょうか。

高久 日本医学会は,創立100年を迎えています。明治35年(1902年)に16の分科会が合同して,第1回日本聯合医学会が行われた時をはじまりとしています。第二次大戦後の昭和23年(1948年)に,日本医師会の改組設立に伴い,日本医学会と日本医師会とが一緒になりました。定款上も「日本医師会に日本医学会を置く」とされ,日本医学会は日本医師会と密接な連携の下に,「医学に関する科学および技術の研究促進を図り,医学および医療の水準の向上に寄与する」ことを目的としています。それから50年以上になります。

 日本医学会の代表的な事業としては,4年に1回の医学会総会と定期的に行うシンポジウム,そして医学辞典の編集があります。学会認定医制協議会の時代には,医師会と医学会と三者協議を始めたとか,あるいは裁判の時の証人の問題で法曹界から頼まれて,学会に協力するよう働きかけたということもありました。後者の2つは比較的最近のことですが,それまではずっと医学会総会とシンポジウムと辞典の編集を主にやってきたと思います。

 毎年の評議員会で事業計画を立てていますが,日本医学会が戦後50年やってきたことを急に変えるわけにもいきません。ただ,私がいま考えていることは,医学に関する重要な事柄について,日本医学会としての意見をある程度世の中に出す必要があるのではないかということです。どうも日本医学会の声が聞こえないというか,形が見えないという意見がずいぶん前からあります。1つの例としては,いま,法医学会と内科,外科などいくつかの学会が一緒になって,医師法第21条の事故の時の警察への届出の問題について,第三者機関をつくることを提案するという動きがあります。それは確かに重要なことなので,日本医学会としてもサポートする意見をまとめて,世の中に発表していきたいと考えています。

 橋本先生のNPO医療教育情報センターの活動のように,一般の人に医学・医療のことをもっと知ってもらう必要があります。日本医学会としての意見の発表と啓蒙的な活動の必要性を感じています。医学会シンポジウムは,主に医師,研究者,並びに製薬関係者向けですが,もう少し一般の人に対する啓蒙活動を,将来的にはしていく必要があると思います。現在,医学界の中でも日本医学会のことをあまり知らない人が多いので,医学界にも啓蒙の必要がありますが,世間一般の人に日本医学会の存在を示し,日本医学会としての意見を出していく必要があるのではないか。それが,いま私の考えている今後の1つの方向です。

医の倫理と日本医学会としての発言

橋本 医学・医療が進歩していくなかで,これまで日本医学会の果たしてきた役割はとても大きいと思います。しかしもう1つ,科学の進歩に対して,倫理の問題がございます。今度,世界医師会で先生はこの問題で基調講演をなさいますが,倫理的な問題について日本医学会が果たさなければならない責任というのは,かなり大きいのではないかと思いますが,このあたりいかがでしょうか。

高久 おっしゃるとおりだと思います。倫理の問題,特に生命倫理の問題は,この度の世界医師会で私は「先端医療と医の倫理」というテーマで話をしますが,とても重要です。医の倫理,広くいえば生命倫理の問題は常に存在しますが,生命倫理というといろいろ難しい面がありますね。生命倫理を専門としている方には,哲学の方もいらっしゃるし,法律の方もいらっしゃる。それから,実際の臨床では患者さんの立場もあるし,医師の立場もあって,立場によって意見が違います。

 患者さんは,当然,新しい治療を積極的にやってほしいと望みますし,医師は患者さんからの要望に応える形で,積極的になりがちですが,一般の人の中には先端医療に対する警戒心がありますし,哲学の方,法律の方々にもいろいろな見解があります。これは世界的な傾向ですね。

 極端なことを言いますと,1つのテーマについてバイオエシックスの人たちとバイオサイエンスの人たちとの間では,意見が平行線をたどり,時に対立する場合があります。私は,高度先進医療の問題に関しても,日本医学会としての意見をはっきり言うべきではないかと思っています。たとえば,以前の話ですが,脳死の問題は最終的に国会で決議されましたが,あの時でも,日本医学会としての意見はあまり出なかったと思います。現在問題になっているクローン胚の問題でも,生殖医療に関しては産婦人科学会が会告の形で規制をしており,さらに総合科学会議の中の生命倫理専門調査会で議論をしてきました。それはそれで結構なのですが,医学者の集団としての日本医学会の意見を,出したほうがよかったのではないかと思います。重要な生命倫理の問題については,関連する専門の学会で検討していただいて,それを日本医学会の幹事会で議論して,「この意見を日本医学会として出すべきだ」という結論が出れば公表してよいと思います。日本医学会の結論に反対する意見がその後出てきても,それは仕方がないと思います。

橋本 こういうお話を先生から,日本医学会としてうかがうことができて大変心強く思います。ありがとうございました。

日本医学会と日本医師会は車の両輪

橋本 日本医学会からみた日本医師会について,うかがいたいのですが,日本医師会を歴史的に調べてみると,明治18年(1885年)の「東京医会」が前身だそうでして,その会長はなんと松本良順だそうです。前身のまたその前なんです。

高久 長崎の医師ですね。

橋本 ええ。長崎でポンペに蘭学を習った方です。それから大日本医会になって(明治26年,1893年),帝国連合医会になって(明治36年,1903年),北里柴三郎が会長の大日本医師会になったそうですから歴史はかなり古い。しかし,いままで日本医師会は開業医の集まりで,日本医学会は学者の集団であると言われてきました。

 ところが,そういう構図は,最近では薄くなってきましたね。日本医学会のほうも専門医制を敷いたせいでしょうか,開業の先生方も入っていますし,日本医師会も勤務医が多くなってきています。このあたりを先生からご覧になって,日本医師会に対するお考えをうかがいたいと思います。また,これからの両者の関係についてもお聞かせください。

高久 日本医師会の定款で,日本医学会は日本医師会の中に置かれていますので,それを変えるわけにはいきませんし,私もその定款の変更を要望するつもりはありません。日本医師会は日本の医師の集団ですから,日本医師会には医師の立場で発言し,行動していただく必要があると考えています。日本医学会は医学会の立場から,日本医師会の動きを,できるだけサポートする義務があると思っています。

 その代わり,日本医師会には,開業医と勤務医の両方の立場から発言をしていただき,行動していただきたいと思っています。日本医学会の中心になっている方々は大学病院が多いと思います。ですから,大学病院の立場も十分に考慮していただいて,発言し,かつ行動していただければ,われわれ日本医学会としても是非一緒に行動したいと思っています。以前から日本医師会と日本医学会とは車の両輪といわれていますが,実際には日本医師会のほうがずっと大きくて,日本医学会は経済的にも非常に小さいので,両輪とはいえないのですが,お互いに少し立場が違いますから。片方は学会という立場で,片方は医師の団体という立場で発言し,行動していけばよいと思います。

 個々の問題になった時に,両者で少し考えが違うことがあったとしても,いままで,日本医学会は何も言ってきてはいませんから,結局,日本医師会の声だけ出ていたわけですね(笑)。もちろんわれわれが日本医学会としての考えを出す時には,日本医師会の了解を取らないといけないと思います。日本医師会が考えていることと反対のことを言っては,非常にまずいことになりますから。そこらへんは慎重にしたいと考えています。

 今後,植松治雄日本医師会長や橋本信也常任理事にいろいろとお話ししたいと思うのですが,日本医師会の委員会が分担してやられることと,日本医学会の委員会とで,少し棲み分けしたほうがよいのではないかとも思います。構成メンバーの点で少し難しいところもありますが…。

橋本 そういう意味では,先生は長い間,日本医師会雑誌の企画・編集,生涯教育,それから学術推進,生命倫理と,いろいろ日本医師会の役職でもご活躍なさってこられたわけですが,臨床医として日本の医療を担っていく際,いろいろと関心を持たなければならない医療的状況というのがございますね。たとえば,いま問題になっている株式会社の医療への参入とか,混合診療という問題について,日本医師会は政府に対して一生懸命発言しているわけですが,このあたり,臨床医として何か発言するということは,いかがでしょうか。日本医学会としてはどのようなスタンスでおられるのでしょうか。

高久 実際問題として,日本医学会としての意見をまとめるのは,かなり難しいと思います。加盟している学会でこの問題に関係があるのは,病院管理学会ぐらいですかね。

橋本 しかし,内科医として実際に診療している時に,自費であっても,健康保険であっても,別によろしいでしょうか。日本医学会としては発言しなくても…。

高久 日本医学会としてはすぐには難しいと思っています。日本医学会の目的には,まず専門分野の学問を発達させるということがあり,それから,関連する問題についても発言をしていくということがあります。たとえば医師法第21条の件で,関連する学会と一緒に日本医学会が提案をしていくということなどは,まさにそういうことですが,混合診療の問題,株式会社の参入の問題を,日本医学会としては,いままであまり議論したことがなく,そのような場もありませんでした。混合診療や株式会社の問題は医療に直接関係した問題ですので,日本医学会ではいままで取り上げてこなかったのだと思います。しかし,この問題については,私自身個人的にはいろいろな考えを持っていますし,今後必要に応じて医療の問題についても意見を出したいと思います。

■2004年世界医師会東京総会開催

世界医師会への要望

橋本 次に世界医師会についてうかがいたいと思います。

 世界医師会は,各国医師会が82加盟して,組織としてはかなり大きいものです。世界医師会といえば「ヘルシンキ宣言」というぐらい有名な宣言も行い,啓蒙活動も行っています。今回,先生には基調講演をお願いするわけですが,先生は世界医師会について,どのようにお考えですか。

高久 世界のヘルス・ポリシーは,そのほとんどがWHOから出ていますね。世界医師会というと,「ヘルシンキ宣言」のことは皆さん知っていますが,ほかのことはあまり知らないですね。一方,WHOは,前の事務局長のブルントラント(Gro Harlem Brundtland)さんは,「タバコ規制枠組み条約」を批准するように世界中に働きかけましたし,いまの事務局長のリー(Lee Jong-wook,李鍾郁)さんは,肥満の問題を取り上げてキャンペーンをしています。それから,WHOは感染症についても,エイズ,結核,マラリアなどでいろいろな事業をやっていますが,世界医師会は「ヘルシンキ宣言」以外には,その活動をあまり聞いていないですね。

 世界医師会は,「ヘルシンキ宣言」のような倫理的なことも必要ですが,もう少し世界の医療のことについて発言すべきではないかと思いますが…。

橋本 おっしゃるとおりだと思います。

高久 世界的にみて大きな問題の1つは,医療が不平等なこと,inequityですね。よい例が,われわれは感染症にもかからずに長生きしているのに,一方ではエイズでバタバタと亡くなっているとか,マラリアでたくさんの人が亡くなっているということがあって,ヘルスケアが世界的にみて,きわめて不平等なのですね。それが,世界の医療の問題の中で,いちばん大きな問題だと思います。

 すべてのことに口を出すのはどうかと思いますが,せっかく世界医師会を開くのならば,その時に何か,現実の問題について宣言をしたほうがよいのではないかと思っています。生命倫理の問題も重要ですが,脳死やクローンが問題になるのは,一部の国だけでして,極端にいえば,世界中の95%ぐらいの人たちは,そんなことに関係がない。そのあたりのことを,世界医師会としてもよく理解する必要がある。しかし,WHOと同じことを言っても意味がありません。WHOは,ヘルス・ポリシー即ち健康政策が主要なテーマです。世界医師会は実際に患者を診ているドクターの集まりなのですから,実際に患者を診ているドクターとして,世界の健康の問題について提言なり,宣言を出すということが重要だと思います。

橋本 たいへんに重要なご指摘をいただいたと思います。5月に世界医師会の理事会に,初めて出てみたんです。そうしましたら,先生のおっしゃるとおりでして,各国医師会の格差がものすごいんです。先進国で論ずることと,開発途上国,特にアフリカ諸国の論ずることとは非常にかけ離れている。それを1つのテーブルでやろうとすると,かなりの無理があります。植松会長もおっしゃっておられました。

 そこへもってきて,今回,世界医師会東京総会のテーマが「ITの進歩」とか「先端医療」です。私もこのテーマをいただいて,いささかプログラム編成に苦労しました。

高久 G7やG8の集まりならよいのですけどね。

橋本 先進国だけでやる医師会の学術集会ならよいのですが,そうではないんですね。ですから,かなり温度差があるということを,もう一度認識する必要があるのではないかと思っています。先生のおっしゃるとおり,各国医師会はそれぞれの国で立派なことをやっているわけですから,これが集まった時には,もっと世界に共通する医療の問題を取り上げなければならないのではないか,と私も思います。

高久 いま,アフリカの医師や看護師は,どんどんイギリスなどの先進諸国に行ってしまって,たいへんな状態になっていると聞いています。そのようなことは,医師としていちばん困ることですね。そのあたりの問題を,WHOはあまり取り上げていません。現実には非常に大きな問題になっています。

橋本 そうですね。アフリカでは内乱で医師がいなくなるとか,貧困でいなくなるということが起きている。残った国民の医療は誰も診てない。こういうことが,やはりいちばん問題ですね。

高久 問題です。医師も看護師も少なくなるものですから,残った人たちはますます忙しくなって,嫌になって逃げ出すということが起きています。国によってものすごく差があるのに,同じ医療として論じるのは難しいですね。

橋本 そうした意味から,先生は世界医師会というのは,今後どうあるべきとお考えでしょうか。

高久 先ほど先生がおっしゃったように,世界で現実に問題になっているテーマについて,ドクターの立場から発言していくことですね。「ヘルシンキ宣言」はドクターの立場からの宣言だと思いますが,医療を行っている医師の立場から,いまの世界のヘルスの問題を取り上げていくことでしょう。

橋本 そうですね。ところが,いま「ヘルシンキ宣言」をまた取り上げて,細かい部分を修正する作業をしています。これもまた問題だと思っています。

高久 この前読んだら,既に6回も修正していますね。

橋本 そうなんです。

高久 それは必要なことですが,先ほども言いましたように,開発途上国のドクターは,おそらく「ヘルシンキ宣言」は頭にないでしょうね。

橋本 ただ,開発途上国のドクターは,エイズの治験をやってもらって,治験が終了したらその薬をきられてしまうということで,「ヘルシンキ宣言」にはいろいろな面で注文をつけるわけです。

高久 そうでしょうね。

橋本 それでは最後にもう一度,これからの日本医学会と日本医師会について,まとめの形でお話をいただけるでしょうか。

高久 今年の春に日本医学会長になったばかりですので,今後日本医学会がどうあるべきかについて,現在,日本医学会の中の「あり方委員会」でいろいろご議論を願っています。私個人の意見としては,日本の医学・医療の問題について,日本医学会としてもう少し積極的に発言する必要があるのではないか,また,日本医師会との意見の交換もより頻繁に行い,日本医学会の考え方を日本医師会の執行部の先生方にご理解していただくようにしたいと考えています。橋本先生とは長い間のお付き合いで,橋本先生が常任理事になられ,このような率直な意見の交換ができることを喜んでいます。今後ともよろしくお願いします。

橋本 こちらこそよろしくお願いします。今日はどうもありがとうございました。

●2004年世界医師会東京総会
 10月6-9日/帝国ホテル

主なプログラム
 【日本医師会会長講演】今,医療に求められるもの(植松治雄)
 【講演
  1)先端医療と医の倫理(高久史麿)
  2)先端医療と医療保険(櫻井秀也)
  3)21世紀におけるITの進歩と医療との調和(開原成允)
  4)情報医学とゲノム科学によるヘルスケアの変化(Ju Han Kim)
  5)情報化社会における医療情報とプライバシー(樋口範雄)
  6)医師の生涯教育とプロフェッショナル・オートノミー(橋本信也)
 【パネルディスカッション】情報化社会における先端医療と医の倫理(座長=Sir David Carter)
問合せ先:日本医師会国際課
 TEL(03)3942-6489/FAX(03)3946-6295