医学界新聞

 

【印象記】
米国消化器病週間に参加して

水島孝明(岡山大学医学部・歯学部附属病院中央検査部)


 私はこのたび,2004年5月16日から5月19日まで米国のニューオリンズで開催された米国消化器病週間に参加した。最近の好調な日米の経済状況を反映してか,往復の航空便はいずれも満席で,長時間窮屈な思いをする旅となってしまった。

 今回も米国をはじめ世界50か国からの参加があり,演題採択率は約70%,発表演題数は数えることが困難なほど多く盛大なものであった。会場はミシシッピ川の岸に沿って建てられた巨大なコンベンションセンターで,建物の端から端までは直線に歩いても軽く5分以上かかり,脚力の要する学会でもあった。

雑誌編集長の講演

 私の研究の中心は膵臓の線維化の機序解明を基礎的手法により解明することであるが,今回はこの学会印象記を書くこともあって基礎研究を中心に他の領域も見て回った。不謹慎であるが今年の学会で最も気にしていたのは消化器領域のNo. 1雑誌『Gastroenterology』と『Clinical Gastroenterology and Hepatology』の編集委員による,投稿論文がそれぞれの雑誌に採択されるまでと,その秘訣を披露する企画である。私以外にも皆が興味を持っていたようで,すでに大勢の聴衆が集まっていた。しかし会場は最も小さな一室であったこともあり大変窮屈で,10分前には一杯で入場できないほど盛況だった。研究者たちが雑誌に採択されるため,皆苦心していることがうかがえる。

 編集委員は,その分野のスペシャリストであるReviewerを探すときに,「Doctor.com」を利用する場合があることや,6人のReviewerを選択し,実際はそのうち2人にreviewを依頼すること,最近4年間のおける投稿論文の採択率は約10%であることなど,内幕の一部を話していたが,基本的に話の内容は型通りのもので特に採択される秘訣のようなものは(当然かもしれないが)結局話されず,私には期待はずれの内容であった。

進む幹細胞研究

 食道の幹細胞のセッションでは,動物実験の段階ではあるが,BRdUでラベルされた幹細胞は下部食道に多く分布しており,基底膜付近では約0.3%の頻度だが上部食道に行くにしたがって減少すること,その分子生物学的特徴や細胞の表現型,インテグリンを指標としたFACSによる幹細胞の選択的回収方法などが報告されていた。

 また,これらの幹細胞からはCD34,CD29,CD49といった幹細胞の指標となる抗原の発現が確認され,RNAアレイによる検討も行われ,いくつか有望な遺伝子が列挙されていた。今後それぞれの遺伝子の機能解析が進み,さらなる研究の発展が期待される内容であった。

 特に血液幹細胞とバレット食道の関連では,他の臓器でも関心が高まっている,臓器の幹細胞と血液幹細胞との関連が取り上げられていた。

 雌性ラットに対し雄性ラットを用いた性不一致の骨髄移植を行った後に食道の組織標本をFISHにより解析すると,腸上皮化成や糜爛の粘膜では,Y染色体が検出され,食道幹細胞が血液由来の細胞であることを示唆されていた。また食道がん細胞に対する,vitroの系でのIGFBP-3の細胞増殖等の表現型に及ぼす影響も報告されていた。

 IGFBP-3は過半数の食道癌細胞株のconditioned media内に分泌されており,これらはEGF阻害剤で発現が抑制されたことから,EGF受容体を介した作用であることが示唆されていた。

 食道扁平上皮癌で過剰発現が指摘されているEGF受容体と大腸がんなどで抑制効果が示唆されているCOX-2のセッションでは伝達経路の関連についての研究が報告されていた。具体的には,(1)EGF受容体とその下流のAkt,MAPK,JUK,Rhoといった経路がCOX-2のRNA stabilityやtranscription活性化に関与している,(2)EGF受容体の活性化がTGFα,HB-EGFなどのリガンドをアップレギュレーションし,ポジティブフィードバックを受けている,(3)PGE2によって誘導されるマトリックスメタロプロテイナーゼが器質と結合しているTGFαの遊離を促進させ,EGF受容体のリガンドとなってEGF受容体を活性化させることに関与,(4)EGF受容体の下流にあるrasの活性化がcox-2誘導に重要で,さらにcox-2により誘導されるPGE2,PGD2,PGF2αなどに影響し,これらのプロスタグランジンが再びcox-2の発現を亢進させるポジティブフィードバック回路が存在することなどが報告されていた。

膵疾患への新しいアプローチ

 膵疾患のプレナリーセッションでは,106例のIPMT患者を対象に悪性度を病気の罹患期間の観点から解析した結果,悪性度は経時的に上昇,病型別では分子型の予後がよいといった報告がされていた。また,RASの制御を行うKS1癌抑制因子の発現について機能解析した研究では,約4分の3の膵癌で発現が抑制されており,R2領域のスプライシング異常によってp18を介する系の障害が示唆されていた。

 内視鏡検査を行うときの前処置が膵外分泌に及ぼす影響については,後期の重炭酸の分泌を軽度抑制するものの臨床的にはセクレチン刺激を阻害するほどではなく,内視鏡を用いた膵液採取に問題はないとのことであった。さらに,急性膵炎の回復期において経口消化酵素の長期補充療法を行うと,自覚症状とQOLの改善が見られることなどについての臨床的な報告を中心に行われた。

 膵疾患(ホルモンなど)ではヒト慢性膵炎との関連が注目されているCFTR遺伝子をノックアウトしたマウスの研究では,催炎症作用と抗アポトーシス作用により急性膵炎の発症にもこの遺伝子異常が影響を及ぼす可能性が示唆された。さらに同様の報告でトリプシンの活性異常が遺伝性膵炎の原因とされているR122H異常トリプシンの影響を見るために,腺房細胞に異常トリプシンをトランスフェクションした結果,カスパーゼ3の系を介したアポトーシスの誘導が起こること,また逆にトリプシン阻害剤でアポトーシスの誘導が抑制されることが報告され,膵炎発症の分子生物学的なメカニズム解明が議論されていた。

 このセッションでは膵癌細胞とEGF受容体の関連についての報告が複数あり,1つは膵癌の遺伝子治療のターゲットとしたEGF受容体の検討で,特にCXCR4のリガンドであるSDF1aがEGF受容体のチロシンキナーゼを活性すること,さらにCXCR4とSDF1aの結合がマトリックスメタロプロテイナーゼにより遊離する,膵癌細胞内でのCXCR4-MMP-EGFR-Erkの経路の存在を示唆していた。またEGF受容体のアップレギュレーションと細胞接着についての報告では,EGF受容体の活性化がE-カドヘリンのinternalizationを起こすことで細胞間接着の変化をきたし,転移遊走に影響を及ぼす可能性が発表されていた。

 ヒトPYYをバランティアに静脈内投与して膵・胆道への影響を見た報告では,血中濃度を上昇させるだけでは膵液,胆汁の分泌亢進は起こらず,sham feedingをおこなって,PYYを投与すると両者の分泌亢進が起こることが報告された。

ポスター会場で意見交換

 ポスター会場も巨大で,すべてのポスターを見て回ることは非常に困難であったため,主に基礎研究の領域を見て回った。消化管粘膜の酸化ストレスがPKCを介してPKDの活性化し,核内への再移行を示した報告では,その方法論,特に免疫細胞染色の手法についていろいろと情報交換をすることができた。colonic lamina propria fibroblastsのTGFβによる影響をみた報告では,αアクチンの発現をウエスタンブロットと細胞免疫染色で評価しており,取り扱っている細胞は異なるものの,評価する手法や項目はわれわれの研究と酷似していたため,作用機序やシグナル伝達経路について意見の交換を行った。また腺房細胞の再生とPI3Kの関連をみたラット膵切除実験での報告は,膵再生がPI3Kの経路で行なわれており,阻害剤で再生が抑制されることが示されており,今後の参考にさせていただいた。

旅のトラブル

 今回で3回目となるニューオリンズで気の緩みがあったためか,今回ほどトラブルに巻き込まれた旅行はなかった。まず往路では,大阪からデトロイト行きの飛行機はオーバーブッキングとなりキャンセルとなってしまった。

 復路ではニューオリンズのホテルから空港までのエアポートシャトルが現れず,やむなく乗った流しタクシー(アメリカらしくおんぼろ車でフロントガラスにはひびが入っていた)が高速道路上で破裂音とともにパンクして路肩に突っ込み(幸運にも運転手と私は2人とも無傷であった),そのままタクシーの運転手と2人がかりで20ドル紙幣を片手に,高速道路でヒッチハイクをするはめになった。

 帰国便の飛行機の搭乗時間が徐々に迫ってくる中,約30分必死で手を上げ続けて,かろうじて1台の空港に向かうタクシーが止まってくれた。偶然にもそのタクシーの乗客もDDWに参加していたミシガン大学のアメリカ人研究者で,いろいろ話をしながらも心中は飛行機に間に合うかということでいっぱいで,その時いったい何を話していたのかはまったく記憶にない。朝の混雑している高速道路でヒッチハイクをする私たちもさることながら,それに応じて片側4車線ある高速道路の最も内側に停まるタクシーの運転手もまったくいい度胸をしていると言えよう。あらためてアメリカ人の幅の広さ(ものの考え方,行動など)を知ることができた次第である。今後医学界新聞読者の先生方と私が,このような不運に見舞われることがないように祈りながら,この稿を終える。