医学界新聞

 

【印象記】

第95回米国癌学会に参加して

小栗鉄也(名古屋市立大学大学院助手・臨床分子内科)


はじめに

 私はこのほど「財団法人金原一郎記念医学医療振興財団」より2003年度第18回研究交流助成金の助成を受け,2004年3月27日から3月31日まで,米国フロリダ州のオーランドで開催された第95回米国癌学会(American Association for Cancer Research 95th Annual Meeting)に参加させていただきました。

 オーランドは3月でも温暖な気候で,また数々のテーマパークが存在する観光地でもあるため,非常にリフレッシュできる環境の中での開催となりました。今回われわれの施設からは2題の演題を本学会で発表する機会を得ることができました。

 今年の米国癌学会では6000を上回る演題が採択され,その中から選択された“Best Abstract Plenary Session”の口演が行われるという新しい試みがありました。その他にも32のシンポジウム,13のフォーラム,さらに「Sunrise Session」,「New Concepts in Organ Site Research Session」,「Educational Session and Methods Workshops」や「Late-breaking Session」,「High Popular Public Forum」など数多くのセッション,フォーラムが催され,世界のさまざまな国から参加した研究者同士の知見を深める有意義な学会となりました。

注目されるRNAi

 ある遺伝子の機能を調べるために,その遺伝子発現を増減させ,それによって起きた変化を調べるという手法があります。特定の遺伝子を過剰発現させることはベクターを使った方法により比較的簡単に可能となりましたが,遺伝子発現の抑制は容易ではなく,作製に数か月かかるノックアウトマウスによって行われてきました。

 RNAiとは,2本鎖RNAを導入することによって,その配列特異的にmRNAが分解され,結果として遺伝子発現が抑制される現象です。このRNAiによる遺伝子抑制実験法では,培養細胞系において特定の遺伝子だけを簡便に,かつ数日で発現抑制することが可能です。したがって,近年研究手法として大きな地位を占めるようになりました。加えて遺伝子サイレンシングの配列特異性と発現抑制効果の高さから,癌の遺伝子治療への期待も高まっています。

 今年のOpening Plenary Sessionは「Targeting the Conquest of Cancer through Conceptual Integration and Innovation」をテーマとした5演題が行われましたが,その中の1つ「Functional identification of cancer-relevant genes」の中でもRNAiを用いた手法は大きく取り上げられ,教育セッションでも会場は多くの研究者で盛況でした。数々の採択演題においてもRNAiを用いた実験結果が発表されており,今後は遺伝子発現抑制の実験手法のみならず新しい癌治療法として有望視されています。

癌治療薬の開発とCdc25

 現在小分子をターゲットとした分子標的治療剤の開発研究が活発に行われています。われわれもCdc25という蛋白に着目し,分子標的治療の可能性について研究を行っています。Cdc25蛋白はCyclin dependent kinase(Cdk)のチロシン/スレオニン残基を選択的に脱リン酸化し,活性化させることにより細胞周期調節に関わっているデュアルフォスファターゼとして知られています。

 このCdc25蛋白にはCdc25A,Cdc25B,Cdc25Cという3つのアイソフォームが存在します。Cdc25AはCdk2/CyclinEやCdk2/CyclinAに作用し,細胞周期の調節においてG1/Sの移行に機能しているのに対し,Cdc25BおよびCdc25CはCdk1/CyclinBに作用し,G2/Mの移行に働いています。

 しかし近年,Cdc25AおよびCdc25B蛋白の発現が,発癌に関連することが示されました。また肺癌を含めた多数の癌においてCdc25AおよびCdc25B蛋白の高発現が明らかとなり,特に肺癌や大腸癌においてはCdc25Bの高発現が予後不良因子であることも報告されています。

 さらに,最近ではホルモンレセプターやepidermal growth factor receptorとの関連も示されました。しかしCdc25AやCdc25Bが発癌や悪性転化の過程においてどのような働きをしているのかは,いまだ明らかとなっていません。現在Cdc25蛋白の活性中心構造の同定とその活性を抑える薬の開発,そしてその薬の癌への効果を中心に研究が行われていますが,そのためにもCdc25B蛋白の機能や,癌,特に肺癌における働きを解明する研究が重要であると考えます。

 今回の学会ではCdc25B蛋白が,増殖因子であるheregulin-β1によってHER2/neuを介したシグナル経路を経て発現誘導され,肺癌細胞株の増殖に関与すること,さらにこの肺癌細胞株の増殖がCdc25活性阻害剤により抑制されることを見出し発表しました。Cdk阻害剤と同じセッションでの発表であったため,多くの研究者と意見交換をすることができました。

Gemcitabineの感受性・耐性規定因子

 肺癌は予後不良の癌の1つであり,現在使用されている抗癌剤を用いて,いかに予後の改善をめざすかは日常臨床における重要な問題です。

 Gemcitabine(GEM)は非小細胞肺癌の化学療法において広く用いられているヌクレオシド誘導体であり,DNA鎖に取り込まれることでDNA合成を阻害,抗腫瘍効果を発揮するわけですが,GEMの細胞内への取り込みにはヌクレオシドトランスポーター(NT)が関与しています。

 われわれはもう1つのテーマとして,このNT familyの1つであるhuman Equilibrative Nucleoside Transporter1(hENT1)に着目し,本学会においてhENT1遺伝子発現とGEMの抗腫瘍効果との関連について肺癌細胞株で検討した研究成果を発表しました。

 20種類の非肺癌細胞株を用いて定量RT-PCRによりRNAレベルでのhENT1発現と,各細胞株のGEMに対する感受性との関連について検討し,その結果hENT1発現とGEM感受性との間に相関を認めました。

 このGEM感受性はhENT1阻害薬Nitrobenzylthioinosineで阻害されたので,GEM耐性非小細胞肺癌細胞株を作製し,hENT1発現レベルを親株と比較検討を行いましたが,hENT1発現レベルに差はありませんでした。

 一方,細胞内でのGEMのリン酸化に関わる律速酵素deoxycytidine kinase(dCK)発現レベルはGEM耐性株で低下しており,dCK発現とGEM耐性への関与を認めました。以上の結果はhENT1およびdCKの発現が非小細胞肺癌におけるGEM効果の予測になりうる可能性を示しており,臨床への応用が考えられます。

最後に

 私は1997年にはじめて米国癌学会に参加しましたが,日本では経験することのできない,その規模の大きさに圧倒された記憶があります。しかし今年の米国癌学会は1997年当時に比べて会期が1日多くなり,演題数や参加人数もさらに多くなっています。癌に関する研究テーマがますます多様化し,インターネット等で日々新しい知見や情報がリアルタイムに手に入る現在,癌研究に対する研究者の競争意識とレベルの高さを改めて痛感しました。

 貴重な助成金をいただき,第95回米国癌学会議に参加し研究成果を発表する機会を得ましたことに対し,財団関係者の皆様にお礼を申し上げますとともに,同じ分野での研究者との交流・情報交換を行えた貴重な経験を生かして,今後もなお一層の努力を継続したいと思います。