医学界新聞

 

看護情報学から見た看護診断

第10回日本看護診断学会開催


 さる6月19-20日の両日,第10回日本看護診断学会が,江川隆子会長(京大/前阪大)のもと,大阪市の大阪国際会議場において開催された。医療分野においても急速に進むIT化は,電子カルテに代表される大きな変革を医療現場にもたらしている。「電子カルテ時代の看護診断」をテーマとした今学会では,「看護情報学」の視点から,なぜ看護診断が重要なのか,そして今後どのように医療現場で活かされるべきなのかが議論された。


看護診断で看護の質は向上する

 会長講演において江川氏は「看護師の究極の目的とは“患者に提供する看護の質”を高めることである」と述べ,そのために多くの看護理論家が人間,社会,健康,看護実践といった看護学の概念について論じてきたことを紹介。そして,その過程において看護に対する考え方の統一化が起こり,その行き着くところとして看護用語の統一,つまり看護診断が開発されたと説明した。

 看護診断は,看護師による治療(看護治療)によって改善される,患者の健康上の問題に診断名をつけたものである。そのため,患者や社会に「看護師による治療で症状が改善された」ということが明確に認識され,看護師が専門職として適正な評価を受けられることにつながる。氏は「“治してくれた”という患者からの評価は看護師の,自分が行った看護援助に対する自信になる」とする一方で,看護診断に対応する看護治療の開発が,まだはじまったばかりであることを指摘。「看護診断をより臨床に適応させるよう改良し,それに伴う看護治療の開発によって看護の質が全体的に高まるだろう」と期待を述べた。

看護情報学の先駆者たちが講演

 今学会では,看護情報学分野の第一線で活躍している3人の講演者が海外から招かれ,招聘講演を行った。

 ノーマ・M・ラング氏(ペンシルバニア大)は,看護情報学とは「看護情報やデータ,知識を収集・保存し,問題解決や意思決定に利用する」ものであると定義。そして看護情報学において重要な要素として「言語」をあげた。氏はかねてより「看護活動を言語で表現できなければ,看護の実践,教育,研究はできず,政策に反映させていくこともできない」と提唱している。

 しかし看護の言語である看護用語や,それによって構築された看護分類はそれぞれの国において異なっているため,各国の看護データをそのまま比較することは難しく,標準化された看護用語の開発が求められていた。

 そこで国際看護師協会(ICN)がリーダーシップを取り,看護実践国際分類(ICNP)を開発。氏はその中において中心的な役割を担っており,「このICNPは既存の看護用語とクロスマッピングできるため,異なる看護用語,看護分類によって集められたデータを比較することができる」とその有用性を強調した。

 ロイ・シンプソン氏(Nursing Informatics社)は,人口の高齢化や看護師の不足,そしてグローバリゼーションといった変化が看護に与える潜在的影響は非常に大きいと指摘し,この変化に適応する鍵が看護情報学であると述べた。そして米国におけるEPR(電子患者記録)の現状について,10年以上も前からIOM(Institute of Medicine)によってEPRの導入が義務付けられているものの,「共通の定義・仕様がない」という理由や法的,社会的問題などによって,いまだ普及しているとはいえない状態にあることを報告した。

 しかし氏は,患者データの必要性が高まってきたこと,EPRが導入しやすい価格になってきたこと,さらに人々の移動範囲が広がり患者データを国際的にやり取りする必要などが生じてきたことから,看護情報学およびEPRは今後ますます発展していくだろうと,その可能性を示唆。「ITはすでに看護の領域に入ってきている。病院管理者も医療従事者も,この変革に正面から取り組んでいかなければならない」と強調した。

NANDA-NOC-NICのリンケージ

 最後に登壇したマジョリー・ゴードン氏(ボストンカレッジ)はNANDA(北米看護診断協会)において看護診断の開発に大きな貢献をした人物である。氏は,看護診断によって浮き彫りとなった患者の健康上の問題を記録するためには,看護診断と電子カルテシステムの語彙が合致していなければならないと指摘。そして,さらにそこから看護成果(NOC),看護介入(NIC)へとリンクさせていくことで,看護師の判断,行ったケア,そしてその結果が目に見える形で記録され,患者や社会に適切に評価されることができるだろうと述べた。

 また,看護診断の二次的役割として,語彙や記述が統一されるため,電子カルテを研究・教育のためのデータベースとして活用でき,保健政策に影響を与えることも可能だという。

 最後に氏は今後の課題として,「診断に基づいた介入についてのエビデンスはまだ十分とは言えない」と述べ,この作業には世界各国の看護師の努力,協力が必要であることを訴えた。

■電子カルテ導入の現状は

 20日に行われた「徹底生討論-電子カルテ時代の看護診断」(司会=青森県立保健大 新道幸恵氏,日赤看護大 中木高夫氏)では,日本看護診断学会の学会長を務める藤村龍子氏(東海大),わが国で最初に電子カルテを導入した島根県立中央病院の春日順子氏,厚労省の高本和彦氏が前述の招聘講演者と活発な意見交換を行った。

 まず春日氏は,島根県立病院では「医療の主人公は患者さん」という理念のもと,電子カルテシステムによる完全なペーパーレス運用が行われていることを紹介。看護師に対して行ったアンケートでは「電子カルテは看護に役立っていると思うか」という問いに対し83%が「思う」と回答したことを報告し,その理由として「看護計画作成の時間短縮」などをあげた。また看護師のほとんどが「電子カルテでの用語の統一は重要である」と考えていること,「電子カルテでは自信を持って看護診断できる」という意見が多かったことを述べた。

 高本氏はわが国における電子カルテ導入の現状を説明。2006年までに全国の400床以上の病院の6割に電子カルテを導入するのが厚労省の目標だが,現在のところ導入しているのは1.2%にとどまっていることを述べた。しかし氏は「具体的な導入計画があるという病院も含めれば30%に達する」とし,電子カルテの導入が全国的に現在進行中であることを強調した。

 会場からも積極的な発言があり,「IT化された看護診断,情報システムを医療に導入するのは経済的に大きな負担であり,国,地域格差が出てしまうのではないか」という質問に対し,ラング氏は「看護診断や情報システムの開発にはコストがかかるが,標準化されたものを一度開発すれば,国・地域問わず利用できるのではないか。現場でのシステム構築にかかる費用も,普及するにつれて下がっていくだろう」とコメント。春日氏も,「IT導入によるメリットはコストに見合っている」との見解を示した。

 また,電子カルテ導入のコストについては,司会の新道氏が高本氏に「厚労省のグランドデザイン(2001年に保健医療情報システム検討会が発表)においてどう考えられているのか」と質問,高本氏は「個々の病院における電子カルテ導入は経営的判断に委ねる」としつつも,必要に応じて支援する基盤を考えていく必要があるだろうと回答した。

編集室注:
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