医学界新聞

 

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個人・地域のニーズに応える家庭医療
離島医療を経験した若手家庭医の立場から

齊藤裕之(奈義ファミリークリニック,前・麻生飯塚病院研修医)


飯塚病院から離島診療所へ

 2003年の年の暮れ,飯塚病院に代医診療の要請があった。「Drコトーのモデルとなった鹿児島県下甑島(しもこしきじま)の代医診療求む」,これに私は反射的に反応した。研修医宛てに送られたこのメールに14名もの応募があった。私は来年度から地域医療に従事する理由から優先的に選出された。その結果,私を含めた3名でDrコトーが不在する1週間の代医診療を務めることとなった。

 診療を行った期間は2004年1月11日から18日までの1週間。その間,約3700人の離島住民の命を3名の飯塚病院研修医・指導医で預かることとなった。「出産なんかあったらどうしよー。CPA患者が来たらどこまでできる診療所だろう?」,出発前は疑問や不安だらけであった。代医初日から2,3日目までは毎日60-70人の外来患者と10数人の入院患者を忙しく平和(?)に診療する日が続いた。しかし,その平和も長くは続かなかった。この離島は私たちに数々の試練を与え続けてくれた。

・胃もたれを主訴に来院した女性。何だか体が黄色いぞ。エコーで膵頭部腫瘍が見つかった!
・なんとなく胸が重いと来院され,心電図を撮るとPSVT! モニター付除細動器を装着しながら薬剤を投与。結果オーライでホッと一息。
・今度は病棟患者がnarrow QRS tachy!薬剤投与するも治らない!除細動を決行!50J→100J→150J→200J!うぉー!でもまだtachyってます!
・先生,何となく体がだるいんです。胃カメラしてもらえませんか?え,いいですけど。胃カメラ挿入。えー!本当に潰瘍があったよ!
・夜中に漁師の娘さん(妊娠36週の妊婦)が産気づいたと連絡あり。自衛隊ヘリを要請するも外は暴風雨!雨よ今だけやんでくれっ・ヒッヒッフーと自分にラマーズ法・
・病棟患者が朝8時にCPA。波形はVf!飯塚ACLSを発揮しろ!

 ここでは想像以上に急性期疾患が多かった。一般的に診療所で働く家庭医は,緊急性の高くない慢性期疾患のcommon diseaseを診察範囲としているはずだが,ここはそうではなかった。これも離島医療の特徴であり本土の地域医療との決定的な違いであろう。下甑島は本土までフェリーで約3時間かかる。急性期疾患すべてを搬送することは不可能であり,島民もそれを望んでいない。「できるならここで治療してください」この島民のニーズが離島医療の柱になっていた。島民のニーズは本土の僻地以上に高いレベルにあり,慢性期疾患のみを診療範囲にすることは不可能であった。学生時代から私は将来家庭医として地域医療に従事することを考えていたが,初期研修は急性期疾患が豊富な飯塚病院でその対応を学んだ。今回この「離島」という特殊な地域・僻地で,その研修の成果が発揮できた。また,この経験から以前から考え続けていた「家庭医療とは? その診療範囲とは?」の疑問が解決できたように思える。それは,島民の人間臭さから生まれる個人・地域のニーズがキーワードだった。

家庭医療の診療範囲とは

 今回の離島医療体験ではいくつかの急性期疾患(不整脈,胃潰瘍,CPA)を診療・治療した。下甑島は本土からフェリーで3時間かかり,緊急性のある疾患はヘリで患者を送らなければならない。今回,幾つかの急性期疾患を治療したが,言い換えれば「治療しなければいけない」環境であった事は間違いない。だとしたら,離島医療を報告することでこんな疑問は出てこないだろうか。

 「離島だからそこまで要求されるのだろう。土地つながりの本土では,すぐに搬送するだろうし,無理に設備のない診療所ではそこまで診ることは少ないだろう」

 「では,離島医療と地域・僻地医療は別物なのだろうか。それぞれの診療範囲が微妙に違うのはなぜだろう」

 この答えは患者個人のレベル,離島で出会えた島民の『人間臭さ』が教えてくれたように思える。大病院では感じにくいが地域の住民は自分の住み慣れた土地・家へのこだわりが強く,日頃からかかっている診療所医師への信頼も思ったより大きい。この傾向は患者の年齢が増すほど強くなる印象がある。

 「本土に渡らんでも,ここで診れるのなら診てくれませんか」

 下甑島では,島民のこんな訴えが多かった。それはそうであろう。フェリーで3時間といっても年配の方にとっては大変な距離である。この感覚は地域・僻地から30分かかって大病院に行く高齢者も同じであろう。遠くの最良の医療が受けられるニーズより,近くて信頼できる医師から,できる範囲の医療を受けたいというニーズが勝るのであれば,それに応える医療を提供できる。これが家庭医療であろう。

個人レベル・地域レベルのニーズに応えられる医療

 「家庭医療とは○○である!」と一言で説明するのは難しい。それは家庭医療が個人や地域のニーズに合わせて診療スタイルを変えるからである。では具体的に個人レベル・地域レベルのニーズに合わせるとはいったいどういうことであろう。

 今回,甑島で不整脈の患者を治療した。飯塚病院でもよく他院から不整脈患者の救急依頼がある。設備の整った大病院であるため,その担い手にならなければならない。しかし不整脈患者がすべて飯塚病院に運ばれて治療を希望しているのであろうか。

 例えば80歳の女性が不整脈になったとしよう。その患者は家から近くの60床あまりの小規模病院に10年以上かかっている。救急要請して,もちろんその小規模病院に搬送された。来院時,会話はできるが血圧が85mmHg。いつもは140mmHgなのに……。主治医はそこから車で30分かかる大病院に搬送しましょうと,患者・家族に説明した。しかし,その女性が「先生,ずっと診ていただいたじゃないですか。ここで,治療できるのならやってくださいよ。そんな遠くの病院に行くより,先生に治療していただいてダメならしょうがないですよ」

 ドラマのような会話だが,まだこんなことを言ってくれる人も少なくない。これも下甑島に渡って,出会えた財産だ。もし主治医が,この場面で不整脈治療の知識を持っていれば,「治療をしてください」といった患者のニーズに応えることができるであろう。しかし,その知識さえ持っていなければ大病院に送るといった選択肢しかなくなる。はたして,その医師は個人レベル・地域レベルのニーズに応えたと言えるのであろうか。

 胃カメラの話に置き換えても同じである。家庭医が習得すべき技術の1つに胃カメラの必要性を議論することがある。日本は専門医から胃カメラを受けられるアクセスの良さ,地理的条件が整っているため,専門医に比べ技術の劣る家庭医が胃カメラすることの必要性を疑問視する意見もある。果たして一概にそう言い切れるだろうか。家庭医は胃カメラをするべきではないのであろうか。例えば,患者の家族の声。

 「先生,おばあちゃんに胃カメラをしてもらえませんか。最近,よく吐くから心配で。おばあちゃんも先生にしてもらいたいって言ってるし。そりゃあ,大きな病院の方が専門的なのはわかりますけど……」

 こんなことを言われても,この患者を車で30分の大病院に連れて行くことが個人レベルのニーズに応えることなのだろうか。設備と技術があれば,そこで胃カメラをしてあげることがどれだけこの家族に喜ばれるであろうか。こういったニーズは離島や過疎地など後方病院へのアクセスが容易ではない地域であるほど高い。離島はその典型である。家庭医療の診療範囲は,その地域のニーズに応じたものであった。

 ベストな専門医を何人も主治医として持つことより,セカンドベストな主治医を1人持つことを好む患者もいる。そのセカンドベストのニーズに応えることができるのが家庭医であろう。

 大病院に送ってほしいという患者もいれば,そこでできるのなら治療をしてくださいと言ってくれる患者もいる。「遠くの最良な医療」よりも「近くのできる限りの医療」のニーズはそんなに少なくない。世の中,欲を張らない人も少なくない。

 家庭医をめざす私に離島はこんなことを教えてくれた。




齊藤裕之氏
2000年川崎医大卒。2001年川崎医大総合診療部。2002年麻生飯塚病院。現在,岡山県奈義ファミリークリニックにて家庭医療修行中。地域に揉まれ,絶えず悩んでいる。また全国の若手家庭医と集い,メーリングリストを通じて交流している。メーリングリストの目的は日本式の家庭医専門医研修のガイドラインを作ること。全国に散らばっている『若手家庭医』のメーリングリストの参加希望者はdyamashita@marianna-u.ac.jpまで。著者へのご意見はhappy-dr@nifty.comまで。