医学界新聞

 

医療ジャーナリズムの役割とは?

英国医師会雑誌編集長,リチャード・スミス氏が来日講演


 医療法人社団カレスアライアンスの主催による,「英国医師会雑誌編集長リチャード・スミス氏と考える 医療ジャーナリズム・フォーラム」が,さる6月9日,札幌市の北方圏学術情報センターにおいて開催された。本フォーラムは,北海道家庭医療学センター長の葛西龍樹氏の呼びかけにより,英国医師会雑誌(British Medical Journal=BMJ)の編集長であるスミス氏の来日にあわせて行われたもので,テーマは「医療ジャーナリズムやマスメディアは,国民の健康ニーズに応えて何ができるのか」。

進む情報化

 スミス氏はまず,健康に関する情報は膨大になっていると述べつつ,情報の増加は理解を示すものではないと強調。患者は,自分の病気についての知識を治療法や副作用も含めて知りたいと思うが,正しい情報に患者がアクセスするのは難しいと述べた。

 一方で,医師に対しては,毎日のようにたくさんの情報が送られて来るが,その中から患者に最適な情報を見つけ出すことは大変難しい状況があると述べ,これを「情報が多すぎて腐っている」と表現した。毎週膨大に送られてくる情報を医師は読んでいるのかについて医師にアンケートをとった結果,80%以上の医師が「読むのは半分以下」と答え,情報量に対して60%の医師が,「有益な情報だろう」と認識しながら忙しさのあまり読めないということに罪悪感を感じているという。

マスメディアにできることとは

 氏は,これまでBMJが医師の行動変容を促した例として,抗がん剤の副作用について取り上げた際,製薬メーカーの株価が下がった例や,掲載した記事がきっかけとなって英国におけるアルブミンの使用量が減少した例などをあげ,ジャーナルは変化を引き起こす可能性があることを示唆。

 一方で,ジャーナルが直接行動変容にむすびつくことは非常にまれであるとも指摘し,マスメディアができることとして,「アジェンダ(議題)の設定」をあげた。マスメディアの出す情報によって直接的に行動変容が促されるというのではなく,マスメディアは議論の場や,議題を提供する役割を持つという視点だ。

医師と患者の新しい「契約関係」

 さらに氏は,患者と医師の関係についても言及。患者は,医師なら社会的問題も含めて患者の問題のすべてを解決してくれると思っており,その一方で医師は,医療に限界があり,危険であることも認識しているという,それぞれの考え方のギャップを指摘した。

 ところが,患者を落胆させたくないという思いや,信用を失うことへの恐れから,医師はこうしたギャップについては何も言わない場合があるとし,こういった間違った「契約関係」があると,結果として患者には失望,混乱,誤解を生じる場合もあり,医師も不満と恐れをもって,身を守る姿勢をとるようにもなると述べた。

 こうした状況を踏まえて氏は,医療には限界があることを患者に知ってもらうことが必要であり,治療は医師に任せるのではなく,パートナーとしていっしょに歩むことが大切と指摘。これらをお互いに認識しあう,医師と患者の新しい「契約関係」を提案した。

医療政策を幅広い視点で

 続いて指定発言では,患者が「あったらいいな」と思うことを集めて医師にフィードバックする活動を行っている和田ちひろ氏(いいなステーション)と,東大の先端科学技術研究センターにおいて今秋開講予定の医療ジャーナリズムに関するプログラムを準備している立場から,近藤正晃ジェームス氏(東大)が登壇した。

 和田氏は,医療情報を患者に提供するために,病院内に設置されている「患者図書室」について発言。現在,全国で約30病院にこのような施設があり,患者が自分の病気についての知識を得たり,自分と同じ病気にかかった人の闘病記を読んで孤独感を和らげたり,ベッド以外の入院中の居場所として機能しているなどといった役割を果たしていると説明した。また,このような図書室の持つ課題として,治療に対する正しい情報の取捨選択が困難であることや,従来あった職員図書室を患者向けに開放している場合,患者にとってアクセスが困難である点などを指摘した。

 近藤氏は主に,現在の医療政策について発言した。自らが経済財政諮問会議のメンバーとして医療政策についての議論に参加した経験から,日本では医療政策については中立的なデータに基づいた議論がなされていないと指摘。ここに医療ジャーナリズムの果たすべき役割があると述べた。また,現在,医療は日本国民の最大の関心事であるとし,今後の医療政策は,医師,政治家,官僚の間だけでなく,患者,ジャーナリスト,NPOなども含めて議論していくなど,幅広い視点で進める必要があると強調した。