医学界新聞

 

“標準化”による救急医療の質向上

第7回日本臨床救急医学会開催


 さる5月14-16日,第7回日本臨床救急医学会が,杉山貢会長(横市大市民総合医療センター病院長)のもと,横浜市のパシフィコ横浜において開催された。医師・看護師・救急隊員からなる本学会は今回「救急医療の標準化」をテーマとし,JPTEC・JATECに関するパネルディスカッションや,小児・精神科救急のシンポジウムなど,救急医療全体の質を向上させるための議論が行われた。


世界有数の救急ネットワークを

 会長講演で杉山氏はまず,患者の側は救急医療を「最適かつ,その場で完結する最終的治療」ととらえがちなのに対し,医療従事者は「非専門的診療であり,最悪の結果を避けるため翌日までの緊急回避的なもの」と考えていることをあげ,両者の認識にギャップがあることを指摘した。そのうえで,多様化する患者のニーズに応えるためには日本の救急医療システムに変革が必要であると述べ,イギリス,フランス,ドイツなど各国の救急医療体制を紹介。病院前診療が常識となっているこれらの国のシステムを参考にしつつ,日本の実状に則したシステム構築の必要性を強調した。

 氏は,日本は欧米に比べ地域あたりの救急病院の数が多いこと,また各領域の専門医も当直していることから,救急医療の質をさらに向上させることで世界有数の救急病院ネットワークが構築できると期待を述べた。そして,そのためにはガイドラインの整備やACLSの普及による「技術・システムの標準化」,地域ごとのメディカルコントロールの充実による「地域間格差の解決」を図るべく,各医療機関・消防・行政が一体化して取り組んでいかなければならないと提言した。

どこまでオーバートリアージを容認するか?

 パネルディスカッション「院外救急の標準化-JPTECを中心に」(司会=県立広島病院 石原晋氏,川崎市消防局 菅谷由紀夫氏)では,救急隊の病院選定におけるオーバートリアージとアンダートリアージの問題について,その判断基準が議論された。

 最初に登壇した大友康裕氏(国立病院東京災害医療センター)は救急隊員によるオーバートリアージについて,「アンダートリアージにより患者が命を失う危険があることを考慮すれば,多少はやむを得ないのではないか」と述べた。米国外科学会の外傷委員会では,「アンダートリアージを10%以下にするためには50%のオーバートリアージを容認する必要がある」としている。しかしオーバートリアージの増加は3次救急医療施設への負担を大きくするため,外傷に対する適切な重傷度の判断基準が求められている。

 氏は今回,救急振興財団が作成した「外傷重傷度・緊急度判定基準」を適用することにより,オーバートリアージを大きく増加させることなく(18.8%→23.3%),アンダートリアージを減少(17.8%→8.6%)させることが確認できたと報告。この判断基準の有用性を強調した。

 また,田辺和貴氏(川口市消防本部)は同様の調査をJPTECに関して行い,JPTEC導入後はオーバートリアージが増加したものの,アンダートリアージ防止の観点からは容認できる範囲であると述べた。

 和田耕治氏(東大阪市消防局中消防署)は,医療機関選定について救急隊員へのアンケート調査の結果を報告,JPTECの普及により外傷性の症例に対する適切な選定が行われている一方で,非外傷性の場合にアンダートリアージが発生しやすいことを指摘。氏はこの原因として,非外傷性の場合は病状把握が難しいこと,救急隊員の側に「重症患者はとにかく近くの病院へ」という意識があることをあげ,何らかの対策が必要であるとした。

 続いて奈良理氏(札幌医大病院)は,札幌市における外傷患者の病院選定基準について紹介。アンダートリアージを回避するためのオーバートリアージは容認するものの,「ICUが満床状態となり,搬入を制限する場合が生じる」,「結果的に軽症であった症例の受け入れ先が決まらない」といった問題が発生していることをあげた。氏はICUの満床については増床やスタッフの増員,他の3次医療施設との連携強化を図る一方で,軽症例の受け入れ先に関しては後方病床・病院の確保,傷病者および家族への説明が困難であると指摘。第3,4段階での病院選定に積極的なオンラインメディカルコントロールを活用することを提案した。

事故現場における状況評価

 JPTECでは衝突などの高エネルギー事故の場合,救急隊員の「状況評価」によって3次病院への搬送を考慮するよう指導している。篠原一彰氏(太田西ノ内病院)は高エネルギー事故512例について,状況評価から重傷度をどの程度予測することが可能かを検討した。

 その結果,四輪車の場合車体の形状・座席位置は重傷度にあまり関係がなく,高スピード衝突であってもシートベルトを着用していれば重傷度は低いことがわかったという。しかし一方で,歩行者,二輪車乗員は重症外傷の可能性が高く,「高エネルギー事故であると判断したら高次病院を選定してもよいのではないか」と提言した。

 齋藤福樹氏(岸和田市民病院)は外傷患者に対する頚椎固定について,救急搬送された外傷患者654例について調査。その結果,搬送時に頚椎固定が必要と判断された例が335例(51.2%)だったのに対し,救急隊により頚椎固定が施行された例が126例(19.2%)であったことから,「急性期脊椎脊髄損傷患者に対する治療は受傷時より適切に開始されなければならない」と述べ,病院前頚椎固定の新たなプロトコールの必要性を強調した。

 最後に司会の石原氏は「JPTECや救急振興財団の判定基準など,標準化に向けて明確な方向が示されていると思うが,今後はそれらの内容について現場からのデータを集積し,フィードバックしていくことが大切である」と述べ,議論をまとめた。

■対応が急がれる精神科救急

 救急医療において,精神疾患を有する患者については疾患や社会的側面,行政や司法の介入が必要な場合があるなど,その特殊性から対応が遅れている。シンポジウム「救急医療における精神科医の関わり」(司会=都立墨東病院 分島徹氏,国立病院横浜医療センター 山本俊郎氏)ではこうした現状に対するさまざまな視点からの議論が行われた。

患者の搬送が困難

 増原淳二氏(板野東部消防組合)は救急隊員と精神科医師・看護師に対して行なったアンケート調査の結果を発表。アンケートでは「精神科の救急搬送は救急隊が担当することが望ましいと思うか」という問いに救急隊員の多くが「思わない」と答えたのに対し医療機関側は「思う」という回答が多かったことから,精神科救急に関する両者の認識の違いが浮き彫りとなった。

 また救急隊員からは「通報時に傷病者の正確な情報が得られにくい」,「興奮している場合,少人数での搬送が難しい」など現場での対応に苦慮する意見が多く,氏は救急隊員に対する精神医学的教育の必要性を強調した。

 こうした問題に対し,橋本聡氏(国立熊本病院)は救急現場で精神科医の介入を必要とする症例を判別するための評価尺度JEPS(Japan Emergency Psychiatry Scale)を開発した。これは15項目のチェックリストで,救急場面で遭遇することの多い「精神病圏の疾患」「気分障害」「人格障害」に特化している。すでに救急外来における症例に対して試験的に導入し,その有用性が確認されたため今後は院外の救急隊員への適用を図るという。

 精神科救急の特殊性として,自殺企図の患者が搬送されてくることもあげられる。山本俊郎氏(横市大市民総合医療センター)は1990-2002年までの自殺企図1085例について調査。既遂症例では統合失調症,気分障害の割合が高く,未遂症例では人格障害が多く,リピーター化する傾向が強いことを指摘した。

 諸江雄太氏(武蔵野赤十字病院)は,医師に処方された医薬品を大量服薬して入院した患者について,人格障害やうつ病が多いこと,過去に同様の大量服用を繰り返していることをあげた。

 また,自傷行為に使われた大量の薬については処方の変更によって残ったものや,内服予定分として多めに処方されたものがほとんどであることから「処方やかかりつけ医の変更,複数医療機関からの同時処方などで大量の医薬品が簡単に手元に残ることを処方医は留意すべきである」と述べ,「服薬管理の工夫・徹底」と病院間での情報共有・連携の必要性を強調した。

精神科医ができること

 菊地陽子氏(麻生飯塚病院)は「救急受診者の中には精神科疾患が主病名で入院する患者や精神科疾患を合併する患者が多い」と述べ,救急医療の現場に精神科医がかかわることによって,迅速な患者対応が可能となり,病態に応じた閉鎖病棟・開放病棟などの選択ができるといったメリットがあると指摘。精神科医の積極的な参加と精神科救急を担う医師の育成を今後の課題とした。

 小松崎大助氏(獨協医大越谷病院)は精神科医の立場から救急医療におけるチームアプローチについて提言。救急医療においては患者の救命が最優先されるため,軽度の精神症状,心理変化が治療の対象とみなされず,放置されたまま退院となってしまうことが少なくない。しかし氏は,「救命後の生活を見すえ,早期から精神科医,PSWがチームとして参加することは重要である」と指摘。医療者が疾患単位としての患者観から脱却し,患者の支援者として機能することの重要性を強調,「疾患の治療だけの救命医療から,患者の精神的自立も視野に入れた全人的医療としての救急医療をめざすべき」と述べて口演を結んだ。