医学界新聞

 

座談会


うつ病に対する理解を共有するために
「日本うつ病学会」設立にあたって

山口律子氏
MDA(うつ・気分障害協会)・保健師
尾崎紀夫氏
名古屋大学大学院教授・精神医学
久保木富房氏
東京大学大学院教授・心身医学
野村総一郎氏
防衛医科大学校教授・精神医学<司会>


■わが国のうつ病治療の現状と問題点

うつ病への多面的なアプローチ

野村<司会> 厚生労働省の調査でも,ここ3年間で外来のうつ病の受診者が1.6倍に増えていますし,自殺者が1998年から激増し,その背景にうつ病の増加があることが推察されています。これは,世界的な傾向でもあります。

 治療に関しては,薬物療法も進歩していますが,システムは必ずしも整っていないのが現状と思います。先進国でも,半分以上の人が治療を受けていないというデータも出ております。また,職場の中でのうつ病がクローズアップされています。

 またうつ病研究は,多方面からアプローチされていますが,お互いの研究や治療体系を知らないということがあります。さらに患者さんの自助グループ=self-help groupも整備されておらず,アカデミズムとのつながり,社会への啓発も不十分です。そういう背景もありまして,研究者のつながりや社会との連携も視野に入れた,横断的な組織を作ろうとうつ病学会を設立し,その第1回の総会を7月2-3日に開催する運びとなりました。

 本日の座談会ではそれらを踏まえて,異なる立場からうつ病医療にかかわっておられる方々にお集まりいただいて,現状や課題についてお話しいただこうと思います。最初に自己紹介をかねまして,うつ病への取り組みをお話しいただこうと思います。最初に尾崎先生からお願いします。

尾崎 私は総合病院の精神科勤務を主体としてきましたので,外来でも入院でも,うつ病やうつ病圏の患者さんと多く接してきました。また,他科の患者さんの中にもうつ病の方が多数おられることを経験し,その対応にも取り組んできました。また,労災病院に勤務してきたということもあり,野村先生のお話にも出ました産業精神衛生的な面からうつ病を考えてきました。研究面ではうつ病の臨床的なポイントとして,「リズム性」という問題からうつ病研究に入り,うつ病の病態生理研究を行っております。

久保木 私はうつ病の専門家ではありませんが,心療内科に来られる患者さんの15%ぐらいはうつ圏の方ですので,多くの患者さんとお付き合いしています。こういう言い方が適当かどうかは別の問題になりますが,いわゆる「軽症うつ病」です。患者数が多く,大きなテーマだと思います。

山口 私はMood Disorders Association(MDA:うつ・気分障害協会)の保健師です。もとは保健所で精神保健を担当していたのですが,保健所ですとどうしても統合失調症やアルコール依存症の患者さんが主になります。そこで,うつ病を勉強するために,カナダのMood Disorders Associationに1年間留学しまして,家族教育やグループのサポートの仕方についてのトレーニングを受けました。その後,1年半ほどアメリカで仕事をして,日本に帰ってからMDAをスタートしました。

 日本ではどうしても医師の治療が主体になり,医療保険点数になりにくい家族や職場の方への心理教育や患者教育は軽視されるため,北米とは大きく異なります。私は,職場や保健所など地域保健の中で「うつ病」に対する啓発活動や家族へのアプローチに力を入れて活動しています。

「診断概念」について

野村 ありがとうございます。久保木先生が言われた「軽症うつ病」にも関係しますが,最初にうつ病の診断概念について考えたいと思います。日本の伝統的な考え方は,病因を想定してうつ病を狭く規定していたと思います。その一方では,臨床症状から規定して,広く捉える考え方がありますが,尾崎先生はどう思われますか。

尾崎 従来「内因性うつ病」という概念が提唱され,うつ病をかなり狭く取ろうという流れがありました。しかし,DSM-IIIの導入から,うつ病を広く捉える考え方が入ってきましたので,それに抵抗を感じる人が多いと思います。

 DSMがうつ病の規定を広く取っているのは1軸(axis1)のうつ病ですが,合併する精神疾患や2軸のパーソナリティの問題,また身体疾患の併発というかたちでうつ病をグループ分けするのがアメリカの考え方です。しかし,まだ必ずしも日本ではなじんでいません。

野村 うつ病の概念が,操作的診断の考え方になっていることは否めません。久保木先生が言われた「軽症うつ病」という考え方も,そういうことにつながりますか。

久保木 私が軽症うつ病を研究しはじめたのは笠原嘉先生の影響です,先生は30数年前に,「外来うつ病」と言われました。外来で治せる軽めのうつ病のことで,この考え方のベースにあるのは,「内因性うつ病」ですが,症状があまり強くなく,体の症状が主に出るようなグループを規定しているのです。ここ数年は,DSM-IVの9項目の診断基準を使って,症状項目の少ないものを軽症うつ病とし,それと中等度以上のものとを比較研究しています。

野村 DSM-IV「Major Depressive Episode」の概念は重症度でうつ病を規定しているようですが,そうではない面もあります。すべての疾患と同様,うつ病にも重症と軽症があってもいいと思いますが,診断コンセプトと重症度が混同されるからややこしい。そこを整理してもらうことにも,軽症うつ病の研究への期待があります。

久保木 これまでは,まず「抑うつ」と「興味の喪失」,このどちらかが必ず必要で,それにさらに5項目が加わっていましたが,今回の研究では,この5項目の中で,「自責感」の項目が浮かび上がってきました。この「抑うつ」,「興味の喪失」,「自責感」の3つの有無によって,軽症と中等度の区別がほぼ75%つきます。

野村 山口さんはいかがですか。

山口 マスコミやコマーシャルで取り上げられている影響でしょうが,うつ病であれば社会的に容認されることもあるので,うつ病になりたがっている「自称うつ病」の方が増えています。

 主治医の診断書をいただいたり,お会いすると,明らかに「気分障害」ではない方がいらっしゃいます。断酒会・AA(アルコール依存症)など他の患者会を紹介すると抵抗を示されます。

野村 やはりうつ病の概念を確固としてほしいという思いがあるのですね。

山口 私のように心理教育をする立場からは,うつ病圏と「うつ状態」を呈するアルルコール依存症や境界例ではアプローチの仕方も違ってきます。

どこまで関与するか:専門医と非専門医

野村 現実問題として,うつ病の患者さんは精神科医より非精神科医を受診することが多いというデータが出ています。そのあたりについてはいかがでしょうか。

久保木 内科の先生方は「自分はうつ病の診断ができない」とよく言われます。

 これは,われわれにも責任があるのですが,トレーニングを受けていない。特に診断ができず,重症度が分けられない。抗うつ薬の使い方もよくわからない。そして,「軽症うつ病」も自殺の問題と関係しますが,「対応方法がわからず,精神科医との連携方法もわからない」とよく聞きます。アドバイスをいただければ,一般内科医は助かると思います。

野村 非専門医がどこまで関与したらいいのかという問題は重要だと思いますが,いかがでしょうか。

尾崎 自責感につながるような,もう少し言い方を変えれば,自己に対する「否定的認知」が強く出るケースがあります。「自責感」があるかどうかをまず聴いて,そこから「希死念慮」の確認をしていただく。

 この「自責感」の強さから「希死念慮」の有無が精神科医に託すべきポイントだろうと思います。

野村 「リエゾン精神学」という名前に象徴されるように,精神科医は他の科との連携が必要とされていますが,その面ではいかがでしょうか。

久保木 「中等度以上は精神科の専門医に任せろ」という考え方がありますが,うつ圏の患者さんが来診するのは,だいたい身体症状が原因ですから,内科医はそちらをサポートしていいと思います。

 そして,信頼できる精神科の先生をお持ちになって,場合によっては一緒に診たり,よくなれば内科に戻してもらえるような連携がとれるといいと思います。

尾崎 他の科の先生からこちらへご紹介いただく場合,「精神科でも一緒に診てもらいませんか」という形で,しばらく一緒に診ながら,徐々にこちらへシフトしていただくことが患者さんには安心ですね。

野村 私の経験からも,先にプライマリ・ケアの先生が診ている患者さんは対処しやすいという印象があります。

 それから,うつ病の患者さんが増えているのですから,精神科医だけで診療するのは物理的にも不可能です。軽症の方がたくさんいることも否定できませんから,久保木先生が言われたような方法が基本になると思います。尾崎先生が「自責感」と言われましたが,イライラや焦燥感がある場合にも,専門医に早急に送ったほうがいいという印象を持ちます。こういうケースは自殺のリスクが高くなる。ここは,自責感とともに大きなポイントになると思います。

尾崎 私も学生には「焦燥感」がある時は気をつけるように教えています。

患者さんの立場から見ると

尾崎 山口さんは,ご家族が一般科から精神科にかかることにバリアがあると思われますか。

山口 私は,産業保健師と職業カウンセラーの仕事をしていますが,あきらかに心の病気を持っている方が,内科や整形外科に通院しています。身体症状として,慢性疼痛などの不調が続いている場合には,「メンタルな部分を診てくださる先生を受診したらいかがですか」と勧めます。

 うつの傾向が高いと思って受診をお勧めする場合,「心療内科」ですと抵抗感は少ないのですが,「精神・神経科」となるとやはり抵抗があります。ステップとして「心療内科」や「メンタルクリニック」はかかりやすいですね。また同程度の病態でも,心療内科と精神科では,アドバイスの仕方が違うことがあります。そういう部分で,内科専門医も心療内科の先生に診ていただくと,身体症状に対するセルフケアのアプローチがよく,本人が症状管理について自覚しやすいことがあります。

野村 心療内科を標榜している医師の9割が精神科医ですから,診療科の特性というよりも,ネーミングの問題というところもあります。

うつ病と医学教育

野村 うつ病診療に関する医学教育はどうでしょうか。医師国家試験ではうつ病は「common disease」ですから,卒前教育では十分認識されているでしょう。

 また,OSCE(客観的臨床能力試験)でも,うつ病診療を取り入れる動きがあります。卒後教育との関係で言えば,卒後研修必修化に伴う精神科研修もうつ病をかなり意識しています。

尾崎 研修医は「気分障害」の患者を病棟で受け持たなくてはいけないと決めたので,今後はすべての研修医が一度はうつ病の患者さんを診ることになります。

 ただ,研修においては「気分障害」や「不安障害」に,もう少し重きを置いてもよかったと思います。期間が「最低1か月」ということになっていますから,気分障害や不安障害の患者さんをある程度まで診れるようになるかどうかは問題のあるところでしょう。

 それから,「病棟で受け持つ」としたのは問題ではないかと思います。入院しなければいけない気分障害の患者さんは典型例ではなく,一般のうつ病の患者さんとは違います。その意味では外来に関与するか,他科に入っている気分障害の人を診れるようにしなければ,プライマリ・ケアでうつ病の診療に関与できる医師とは言えないと思います。

久保木 一般的な内科疾患も,うつ病を合併しますから,そういう患者さんを診ることができる教育になればいいのですが。

■うつ病対策の展望と日本うつ病学会

自助グループの活動:カナダの場合

野村 山口さんが運営しているMDAは,日本ではまだ珍しい自助グループですね。

山口 当事者だけでなく,家族も含めてという点では初めてだと思います。当事者と支援する家族や職場の方が学べ,共感できる場が必要だと考えて進めています。

野村 対象とする方の幅が広いのですね。欧米では歴史的に古いのですか。具体的に紹介していただけますか。

山口 1980年代からですので,統合失調症やアルコール依存症に比べると,比較的新しいと思います。カナダのグループは,もともとBipolar(双極性)の方の奥さんが,ご主人のことでどうすればいいかわからなくて困り,同じ悩みを持っている方がいるはずだということからスタートしました。家族と当事者,そこへ精神科医や私たちのような精神科の看護師やカウンセラーの方が入っていますが,基本的には家族の方が運営しています。

 私がいたブリティッシュコロンビア州の場合,大学の先生やコミュニティの総合病院の精神科医,必要な場合は内科医に来ていただき,月に一度,専門家のセミナーを開催しています。普段は週2回のデイタイム・ナイトタイムのミーティングと,医療職・弁護士など職種別に分かれたミーティングがあります。

野村 当事者のミーティングですか。

山口 ええ,当事者が職種別にグループをつくっています。日本の当事者グループだと,仕事に就かず生活保護を受けている人や低所得層のイメージがありますが,北米の気分障害グループでは,弁護士や銀行の頭取など社会的ステータスの高い方たちがたくさん来ていることに驚かされました。

 話の内容のレベルも高く,自分たちの地位を高めるためにはどうすればいいかということを考え,保護を受けるのではなく,十分に活動できることをアピールしています。政治家や俳優,テレビのキャスターが「私もうつ病だった。特別な病気ではないのだから,恥ずかしがらずに治療に行くべきだ」とはっきり言います。また,「チャレンジ」という表現で,より良質の医療を受けられるようなキャンペーン活動をしています。

社会に根づいた啓蒙活動

野村 インターネットなどを調べてみますと,「DRADA」(Depression and Related Affective Disorder Association)や「DBSA」(Depression and Bipolar Support Alliance)などはとても素晴らしいホームページを持っていますね。

山口 DBSAは国と複数の州の補助金に加えて,複数の製薬会社が支援しています。

野村 ウェブサイトを見ていると,地域ごとに会があって,最初に「あなたはどこの地域に住んでいますか」と聞いて,近くにいる医師や支援グループを紹介しています。全国的に組織されているようですし,メールで相談もできるシステムになっていて,これはいいと思いました。

山口 やはり政治力を持っている方たちが委員として動いていますので違いますね。大会には知事や市長などが必ず開会の挨拶に見えて,「自分の周りにもいます」とか,「自分の兄弟がうつ病だ」という発言があります。

尾崎 欧米では,うつ病は決してマイナーな病気ではないと思います。むしろ優秀な人,社会で活躍している人に多い。その点は日本でも,これからはよいイメージを与えるような努力をすべきでしょう。

野村 文化的・社会的背景の違いがありますか。

山口 彼らの啓発教育が功を奏したのだと思います。医療従事者に対する教育はもちろんですが,小学生や中学生の頃から,障害のある人に対して差別してはいけないと強く教育されています。現在は,日本でも北海道の「べてるの家」の方が,「あなたたちと同じ人間で,特別な人間ではない」と啓蒙教育をしていますが,北米では日常的に当事者自身が学校や地域の中で積極的に啓蒙活動を行っています。

野村 教育や啓発活動などの支えがあって,可能になってきているのですね。

山口 私が「日本人は偏見が強いから難しい」と話すと,年配の方から「アメリカもカナダも30年前は同じ。それを自分たちが変えてきた。あなたたちの使命は,そういう人たちの意識を変えるための種を蒔くことだ」と必ず言われます。

アメリカの場合

野村 尾崎先生はアメリカにおられた時に,そういうグループからフィードバックがあったとお聞きしていますが。

尾崎 山口さんがおっしゃったように,「精神障害に対する偏見はアメリカも強い」と言われ,文化的背景の違いではないと強く感じました。またアメリカにも,特にうつ病圏の人でなくても,そうとうシャイな人がたくさんいます。決してカルチャーではない。きちんとした意図をもって,偏見の解決につとめたからこそ現状があるわけです。15年ほど前でも,多くの患者さんがそうおっしゃっていました。

 日本では,偏見の解決をめざした活動が,まだ少ないと思います。精神科医も,心療内科医も協力して,そういう意図を伝えていく義務があると思います。

日本の場合

野村 日本でなさっている活動の中ではどのように感じていますか。

山口 計画性をもってスタートすればよかったのですが,資金的にも人的にも支援が少ないことが最も大変です。

 それから,今,活動している公共施設の公務員の方ですら,精神障害者に対する偏見や差別意識があります。公務員なので同和(差別禁止)研修を受けているのですが,「精神障害者の人たちが利用されると,安全面で問題になります」というような精神障害者への差別的な発言や,施設利用を断られることもよくあります。

野村 精神科医が開業する時にも,そういう問題があるようです。

尾崎 うつ病にしても,精神障害にしても,糖尿病と変わりはないと思うのですが。

山口 むしろ彼らのほうが平和的で真面目・律儀な人が多いでしょう

 実際,当事者の方にしても,ご家族の方にしても,いままでは保健所が無料でやってきたので,「なぜ,お金を出してまでやらなきゃいけないの?」というところがあります。特に,保健所からの紹介で活動に参加された方などは,「なぜ,あなたのところはお金を取るの?」となる。こういう啓発的なことは無料でやるものだという考え方が,日本には根強くあります。

尾崎 患者さんや家族の方への教育は大事ですが,保険点数が取れません。この点は,考えてもらわないといけないでしょう。

野村 日本の保険制度は優秀ですが,低医療費でカバーしてきた面があります。文化的な背景もありますが,サービスは好意だから無料,お金がからむと不浄だという考え方が基本にあります。その発想を変えないと,いいものは生まれないと思います。

「職場復帰のプログラム」

野村 山口さんが行っているプログラムの中に「職場復帰のプログラム」というものがあります。多くの職場で,うつが長引いてなかなか復職できない方の話を聞きますし,そういうシステムの検討が叫ばれていると思いますがいかがです。

山口 多くの先生がうつ病の職業リハビリテーションに興味を持っていますが,病院のデイケアプログラムのレベルでは,一般企業では通用しません。精神科の先生たちの間では,「職場復帰は,福祉的就労レベルより少し上ならいい」という考え方がまだ多いので,「とりあえず職場に行って,8時間座っていられれば」というレベルにとどまっているのです。実際に,産業精神保健の先生たちの論文の中にも,そこまでのレベルが職場復帰の1つのめどだとされています。でも,通勤し椅子に座るだけのレベルをゴール設定して職場復帰されると,職場での偏見は逆に強まるだけです。「うつ病になったら使えないじゃないか」となってしまうと,自責の念が強いですから,そういう視線に耐えられなくなって辞めてしまいます。

 他の科の職場復帰のためのプログラム,例えば心臓の悪い方の場合は,「歩くためにまず基礎体力をつける。こうなると息切れの症状が出るからどうすればいいか」というように負荷をかけながらリハビリします。ところが,精神科のリハビリでは「ストレス脆弱性モデル」というのがあって,「負荷をかけるのは症状を悪くする」という考え方があるので,負荷をかけたがらない。また,「長期間職場を離れて休養させるほうが病気を治すためには必要」という考え方があります。たしかに急性期の時は短期間,職場から離れてじっくり休養することは大切ですが,回復期には少しずつ負荷をかけて,回復させていくことが,職場復帰には大切になるのです。「精神症状は治ったけれども,基礎体力が落ちて職場には戻れませんでした」という方がいらっしゃいますから,職場復帰のプログラムでは,まず労働基礎体力の回復と症状の自己管理を学びます。どういう時に,どういう症状が出て,それをどのように克服していくかというプロセスを本人に体験させて,まず「意識改革」から入ります。

 そして職場に戻った時は,「9回完投型のピッチャーを目指さなくてもいい。リリーフとして1回を完璧に抑えれば,職場の人にも『できるところはできる』とわかる。それを見せなさい。最初から完投をめざして,1か月でつぶれたら意味がない」と言って,まずはできるところを見せる。そのためには何を準備していけばいいかというところから教育していくわけです。

 そのために,医師にも来ていただいて,まずは病気や薬について,そして生活の自己管理をどうするかを教育します。また,家族にも「症状や体調の変化があった時は,早めに対処したほうがよい」という具体的な方法も教えます。さらに,職場の人や上司に聞かれた時は,自分の病気をどのように説明するか,というように複合的なプログラムを組んでいます。

病気と職場をつなぐ手法:職場復帰後の対策

野村 病気と職場の間をつなぐ手法を精神科医は持っていませんでしたが,それは必要でしょう。産業精神保健にも造詣が深い尾崎先生は,その点をどのように考えていますか。

尾崎 残念ながら,医師国家試験の問題レベルでは,「うつ病の患者さんには,『がんばれ』と言ってはいけない」ということだけで,そこで終わってしまっています。

 ところが現実的な問題として,「がんばるな」と言うだけでは,当然ながらいつまで経っても職場復帰はできません。職場復帰に向けて少しずつがんばっていく,そのスイッチングの見極めが実は難しいところです。きちんと評価をしながら,ここまでくれば少し背中を後押ししてもよいということがわからなければいけないでしょう。

 不安感や焦燥感,それから自責感があるような時は当然無理ですし,それが収まっても,億劫さは少し残ります。

 その億劫さだけになったあたりから,少しずつリハビリを進めていくことです。最初はリズムを整える。リズムが整ってきたら,少しずつ話し合いながら,まず通勤のシミュレーション。次は図書館へ行って本を読む。それも次第に仕事の内容に近いようなものを読む。そのようなステップを踏んでいきます。

 実は,億劫さの背景には認知の問題があって,「これができなければ,私は0点」と思ってしまうと,ますます億劫になってしまう。だから,少しできたら「これがやれたから大丈夫」と,億劫さを乗り切っていくわけです。最初はこれで,次はこれだけというようなステップを,職場復帰してからも確認しながら進めますが,職場の人と話し合いながらやらなければなりません。したがって,かなりきめ細かく職場とやりとりをしなければならないので,保健師さんやカウンセラーの人にもできるような方法を作っていきたいと思います。

 具体的には,「復職支援プログラム」というのを作っています。これは,復職してからの半年間にどのようにステップアップしていくかを,1か月単位ぐらいで上司と保健師さんと私たちで練って,確認しながら進んでいくものです。それがある程度動きそうであれば,広めていくことが重要だろうと思っています。

山口 コメディカルの方に,そういう部分の力をつけていただくといいですね。職場復帰して最初の3か月ぐらいが,本人も家族も職場の側も一番しんどいという現実があるので,職場復帰前後の何か月間を支えてくれる場所があると,受け入れる職場の不安感も軽減すると思います。家族や周囲が不安になることで,本人の病状が揺れるということがあります。職場復帰前の支援はできつつありますから,コメディカルの方をトレーニングして,復帰後の支援体制を作っていく必要があります。

「ジョブコーチ」

野村 アメリカでは,グループセラピー的なアプローチ法がありますが,どのようなものでしょうか。

山口 アメリカではマンツーマンのジョブコーチを使います。うつ病の方へのアプローチは,最初の1か月間はグループで学ぶ時間もあるのですが,あとはすべてジョブコーチがつきます。最初にその方の職務分析を行って,「この人にはこれができる」と調整します。統合失調症の方の場合は,ジョブコーチが1日つきっきりになりますが,うつ病の方の場合は,1時間から半日程度で済みます。

野村 そのジョブコーチという方は,医療機関に所属しているのですか。

山口 いえ,日本でいえば障害者職業センターみたいなところです。それから,就労支援を専門とするNPO団体があります。

野村 その費用はどうなるのですか。

山口 公的な資金ですが,場合によっては個人で雇っている方もいます。

「アウトカムスタディ」について

野村 これは難しい問題かもしれませんが,アウトカムスタディについてはいかがでしょうか。

尾崎 患者さんも家族の方も,最終的に希望するアウトカムは「きちんとした復職」ということになりますが,そういうアウトカムスタディはあまりないと思います。

 私の不勉強のせいかもしれませんが,HAMD(Hamilton Depression Rating Scale)が何点になろうが,職場できちんと仕事ができなければ意味がありません。

 これを測定する尺度がないですね。そういう意味で,そういうものをきちんと踏まえたアウトカムスタディを今後の学会に期待したいですね。

日本うつ病学会への期待

野村 学会への期待というお話が出ました。本日お話しいただいたことが,課題や問題点としてすべて「期待」になると思いますが,改めて最後に,学会への期待をお話しいただけますか。

山口 最初に申しましたが,学問としてきちんとした診断基準を作っていただきたいと思います。それから,それを踏まえて,一般の方に対する啓発活動を進めていただきたいと思います。うつ病の患者さんやご家族の方は非常に勉強熱心です。ただ,マスコミなどを通じて流されている情報は,いわば玉石混交です。そういう意味で,一般の方への,洗練された啓発教育とも,学会として積極的に推進していただきたいと思います。

久保木 いまおっしゃったことで十分だと思います。たしかに「ピュアなうつ病」という考え方もありますが,逆にさまざまなうつ病があると思います。今日のお話にありました「軽症うつ病」というグループの人たちが大勢いますので,そういう人たちも正しく診断されて,適切な対応を取っていただければと思います。そしてなおかつ,一般社会の側の偏見を是正して,患者さんたちも十分に社会生活が営めるという認識を広める活動を望みたいですね。

尾崎 「うつ病という言葉は世の中に広まったけれども,うつ病が何であるかは理解されていない」という言い方があります。病因論に少し触れますと,現時点で判明している病因が世の中に正確に伝わっているかということになると,怪しいところがあります。やはり,バイオ・サイコ・ソーシャル(bio-psycho-social)という意味で学会としてきちんと伝え,医療者に理解していただくことが最も重要だと思います。

野村 今日のお話は,どちらかというと治療システム論が中心でしたが,いま,尾崎先生が最後に言われた,生物学的な病態研究も盛んに行われています。学会として両者の架け橋を作ることも大きな責務ではないかと思います。

 また,さらにうつ病に対しては今日のお話には出てこなかったさまざまな面も含んだアプローチが必要とされると思います。これらのことを少しずつ,着実に一歩一歩積み重ねていって,社会活動にまで高めていきたいと思っております。今日は,どうもありがとうございました。

(おわり)

●第1回日本うつ病学会開催案内
「日本うつ病学会」設立にあたって

 第1回日本うつ病学会が,野村総一郎会長のもとで,きたる7月2日-3日,「うつ病-治す力と支える力」をメインテーマに,東京の東京商工会議所において開催される。主なプログラムは以下の通り(詳細はhttp://www.secretariat.ne.jp/jsmd/を参照)。
シンポジウム:うつ病は心の風邪か?】(1)うつ病の予後:寛解と回復と再発(名市大・古川壽亮),(2)うつ病はくすりでどれだけ治るのか?(新潟大・染矢俊幸),(3)精神療法からみたうつ病の経過(慈恵医大・中村敬),(4)「うつの時代」を再考する(杏林大・田島治)
セミナー】(1)うつ病類似の状態について:その鑑別と対応(東洋英和女学院大・山田和夫),(2)現場で役立つ精神療法(大正大・鍋田恭孝),(3)職場のメンタルヘルス-うつ病対策の実際(横浜労災病院・山本晴義)
市民公開講座】うつ病への家族の対応
問合せ先】〒107-0052東京都港区赤坂9-5-27乃木坂ミツワビル2F(株)コンベンションリンケージ内 第1回日本うつ病学会総会事務局
 TEL(03)5770-5549/FAX(03)5770-5580
 E-mail:jsmd1st@c-linkage.co.jp