医学界新聞

 

糖尿病根治の時代への扉を開く

第47回日本糖尿病学会開催される


 さる5月13-15日,東京国際フォーラム・よみうりホール(東京都千代田区)において,第47回日本糖尿病学会が開催された。岩本安彦会長(東女医大糖尿病センター)のもと,「糖尿病根治の時代への扉を開く」をメインテーマに開催された今回は,遺伝子診断・治療や移植,再生医療などの最新の治療に関するシンポジウムを中心に,海外からの演者を多数迎えて行われた。


糖尿病のオーダーメード医療

 会長講演では岩本氏が,自身が所長を務める「東京女子医科大学糖尿病センター」(以下,糖尿病センター)の臨床と研究について紹介した。

 1987年の竣工以来,糖尿病センターでは多くの糖尿病患者の治療および研究を行ってきた。食事・運動・薬物療法はもちろんのこと,膵臓移植をはじめとした,先進的な治療や,疫学的なデータの蓄積も積極的に行ってきたことが紹介された。

 岩本氏はこれらの取り組みが,近年の糖尿病患者の増加とそれによってもたらされた糖尿病治療費の増大の中で大きな意義を持つことを示唆した。特に治療成績に関するデータの蓄積は,単に治療成績を概観するだけでなく,例えば薬物療法の効果が異なる患者群を抽出し,そこに遺伝要素,環境要素を含めたどのような要素が関与しているかを調査することによって,いわば「糖尿病のオーダーメード治療」の実現をもたらす可能性があると述べた。

 このほか,データベースは食事,運動,薬物療法のEBMを行っていくには欠かせない材料となることは間違いなく,最終的には発症予測のための遺伝子の同定や,まったく新しい治療法の発見につながるものとして,糖尿病センターのデータベースの意義を強調し,会長講演をまとめた。

糖尿病根治への展望

 学会テーマである「糖尿病根治の時代への扉を開く」については,1型,2型それぞれについてのパネルディスカッションが設けられ,各分野で活躍中の演者が登壇,糖尿病の根治の見通しについて意見を交わした。

 1型糖尿病に関しては,近年の患者数増加の原因解明と,膵臓・膵島移植や遺伝子治療による根治の可能性について議論された。特に池上博司氏(阪大)は,遺伝子解析によって治療,予防,進展阻止を行っていく展望が見えてきたとしたうえで,「1型糖尿病が発症に至るにはいくつかのステップがある。そのステップごとに,症状を進展させる遺伝子を抑制するか,あるいは症状を止める遺伝子を活性化させることによって,将来的には合併症の発症に至る前に,発症を抑制することが可能となってくるのではないか」と述べた。

 また,会場とのディスカッションの中では人工膵島の自動注入について意見が交わされたが,当面は血糖値などをモニタリングしつつ自動注入も行えるような,「半自動化」された人工膵島治療が現実的であるという意見が大勢を占めた。

 また,2型糖尿病に関しては,遺伝子と環境因子のそれぞれが,どの程度発症と経過に関与しているかについてを中心に,活発な議論が交わされた。南條輝志男氏(和歌山大)は,2型糖尿病患者の30-40%は,遺伝的関与が考えられるインスリン分泌不全を持っていると述べ,門脇孝氏(東大)は,これらの遺伝的因子に環境因子との相互作用が加わることによって,糖尿病が発症していると述べた。

 また治療に関しては,小坂樹徳氏(東大名誉教授)が,約8割の患者を合併症のリスクのない血糖状態まで持っていけたと,長い臨床経験から導き出されたデータを紹介したうえで,「しかしながら,治療に至っていない残りの2割については自分として大きな課題であり,また,糖尿病では何が“治癒”であるのかの境界があいまいなので,患者との対話の中で治療を行っていくことが重要である」と述べた。また,小林正氏(富山医薬大)は,DPP(Diabetes Prevention Program;糖尿病予防プログラム)の中から,経口薬,プラセボ,ライフスタイル介入の3つの内,もっとも血糖値が改善したのはライフスタイル介入群であったというデータを紹介。地道な療養指導の重要性を指摘した。

膵(島)移植の現状と課題

 わが国の糖尿病患者全体に占める1型糖尿病患者の割合は3-5%と言われているが,2型に比べて血糖の日内変動が激しいことや,若年で発症しやすいことなど,さまざまな要素から,根治療法の開発が待たれている。

 ワークショップ「1型糖尿病の根治療法としての膵(島)移植」では,膵臓移植,あるいは膵島移植に取り組んだ全国の施設から演者を招き,症例を紹介しつつ,移植による糖尿病根治の可能性が話し合われた。

 新しい臓器移植法が施行されてから現在までに,日本では膵腎同時移植が14例(15件)行われており,うち1例をのぞいて生着,インスリン離脱という好成績をあげている。こうした日本の膵臓移植の現状について,はじめに金澤康徳氏(膵臓移植中央調整委員会)が概説。1型の患者で,膵インスリン分泌機能が著しく低下し,コントロールが悪くなった人で,移植手術を妨げる悪性疾患を持っていないことなどを条件として現在約100名が移植待機登録をしている。金澤氏は移植そのものの高い成功率について触れ,臓器提供者の確保が今後の課題とした。

成果をあげつつある日本の膵臓移植

 膵臓移植は米国を中心に世界中で年間1000件以上行われている。その成功率は高く,生着率は80%を超えるデータが存在している。

 外科の立場から日米の移植医療の現況について述べた石橋道男氏(奈良県立医大)は,欧米では敬遠されているmarginal donor(年齢が45歳以上で,血行動態が不安定なドナー)が,日本では現実的にはドナー全体の半分を占めている現状を指摘。ドナーの質の担保がなされていない中で,日本の移植医療が欧米各国に負けない治療効果を実現しているのは,日本の外科医療のレベルの高さを示しているとしながらも,ドナー不足についての危惧を表明した。

 症例数の少なさもあり,膵臓移植の移植後の経過はあまり一般には知られていない。山崎義光氏(阪大)は,阪大で行われた6症例7回の移植手術の経過を紹介し,膵臓移植による糖代謝の改善プロセスを紹介した。山崎氏によれば,膵臓移植後,早い場合は数週間程度で血糖日内変動は健常者と変わらないレベルに達する。また,血糖値が安定しない場合も,1日2回程度の即効型インスリンによって日内変動を正常化することが可能だと指摘した。

 また,6症例のうち1症例では,膵臓内でインスリンを産生するシングルβ細胞が,一般的な1型糖尿病患者の4倍程度,健常者の5分の1程度まで増加する現象が見られたという。山崎氏はこうした糖代謝の改善について,術後の厳格な血糖管理と,免疫抑制治療が成因ではないかと述べた。

 こうした糖代謝の改善によって,移植後,多くの症例で症状の改善が見られている。岩瀬正典氏(九大)は九大で行われた膵腎同時移植症例のうち,1年以上経過した4症例について,合併症の変化などを報告した。

 報告された4症例のうち,自律神経障害や大動脈脈波速度に改善が見られたものは3症例であったが,4例ともインスリン治療・透析療法に関しては完全に離脱。QOLの著しい改善が見られた。また,石井晶子氏(東女医大)が報告した膵腎同時移植2症例についても,合併症の悪化傾向はなく,糖代謝およびインスリン分泌能は安定しているという報告であった。

根治療法としての期待がかかる膵島移植

 現在,膵臓移植と並んで1型糖尿病の根治療法として期待されているのが膵島移植である。膵島移植は,局所麻酔下で分離膵島を点滴によって肝臓に注入するものであり,膵臓移植に比して非侵襲的な治療法として期待されている。

 日本で報告された膵島移植はまだ2例だが,いずれも経過は良好とされている。ワークショップでは国内2例目の膵島移植を成功させた剣持敬氏(国立千葉東病院)が,膵・膵島移植研究会ワーキンググループ「膵島移植班」の活動を紹介しつつ,日本における膵島移植の現状を報告した。

 膵島移植は2000年にカナダ・エドモントンのアルバータ病院で確立された「エドモントンプロトコール」によって,現在では8割以上の成功率と報告されている。日本で行われた2例の移植も基本的にこのプロトコールに従ったものだが,膵島摘出後の保存法については,神戸大学2層法と呼ばれる保存方法を採用。2層法の保存率のよさが報告された。

 剣持氏は今後の課題として優良なレシピエントの確保をあげたうえで,現状ではしばしば1人のレシピエントの膵島移植に複数のドナーから採取した膵島が必要となることに触れ,「ドナー:レシピエントの1:1対応」の理想をめざしたいと述べた。

 ワークショップの最後に,谷口洋氏(神戸大)が,膵臓・膵島移植の当面の方針と将来の展望について言及。欧米に比して決してよいとはいえないドナー膵の質にもかかわらず,成功率は非常に高いとし,当面は膵臓移植,膵島移植を並行して行いながら,1人でも多くの1型糖尿病患者に移植を提供していくべきであるとした。

 また将来的には膵臓移植から膵島移植に移行していくことが望ましいが,そのためには膵島分離法の改善や保存法を確立した上で,ドナー:レシピエントの1:1対応を確立することが,必須条件であるとまとめた。


「患者自身が治療に参加しているという実感を持っていることが大切」

――日本糖尿病学会ランチョンセミナーの話題から

 5月15日,東京国際フォーラムにおいて,糖尿病学会ランチョンセミナー「DAWN Japan03調査レポート-効果的自己管理のために」が行われた。セミナーでは石井均氏(天理よろづ相談所病院)が,2001年に行われたDAWN調査結果と合わせて,2003年に行われた日本でのDAWN調査の内容について報告した。

 DAWN(Diabetes Attitudes, Wishes and Needs)はノボ・ノルディスクファーマ株式会社がスポンサーを務める,世界で例をみない大規模な糖尿病患者・糖尿病にかかわる医療関係者への調査プロジェクトである。2001年に行われた調査では世界13か国,数千人を対象としたが,今回報告された2003年の調査は日本のみ,数百人規模,患者のみを対象としたものである。石井氏は調査の趣旨について「2001年の調査はすばらしいデータを提供してくれたが,日本で臨床を行うものとして,もう1歩踏み込んだデータがほしいと思った」と述べた。

 調査報告の最後に石井氏は,糖尿病の自己管理を促進する要因について「患者自身が,糖尿病の治療法の決定に十分参加しているという実感を持っていること」が,1番大きなものとして調査の結果明らかになったことに触れ,糖尿病治療の今後の指針としてほしいと講演をまとめた。