医学界新聞

 

インタビュー

エンパワーメントの時代がやってきた!

糖尿病患者への新しいかかわり方

石井均氏(天理よろづ相談所病院内分泌内科部長・栄養部長)に聞く


 「糖尿病が強く疑われる人=740万人」

 ――これは厚生労働省が行なった2002年度の糖尿病実態調査の結果である。増え続ける糖尿病患者にどのような治療・援助を行なっていくのか。糖尿病の治療では,患者自身が自己管理を確立することがもっとも重要となるが,そこへのアプローチはしばしば患者の価値観,生活習慣,社会・人間関係などによって困難となりがちであり,多くの医師,看護師,コメディカルがその援助法に苦慮している。

 このたび,石井均氏(天理よろづ相談所病院・内分泌内科)の編集により,『糖尿病ケアの知恵袋 よき「治療同盟」をめざして』が弊社より刊行された。患者の「治したいという気持ち」「自分で何とかしようとする力」を引き出す援助理論である「エンパワーメントアプローチ」を日本に紹介した石井均氏は,そうした糖尿病患者へのかかわりに熱心に取り組む医療者すべてに向けた思いを本書に込めたという。本書のねらいと,糖尿病治療の今後の方向性について聞いた。


■糖尿病の「プロフェッショナル」に向けて

糖尿病ケアに悩む臨床家への福音

――『糖尿病ケアの知恵袋 よき「治療同盟」をめざして』刊行おめでとうございます。最初に,どういった方にこの本を読んでもらいたいかをお聞きします。

石井 ある程度,糖尿病にかかわった経験のある人ですね。糖尿病という疾患を学びはじめたばかりの人,臨床で本当に困った体験をしたことがない人にはピンとこない本かもしれません。逆に言えば,糖尿病の療養指導について,教科書的なことと現実の間にギャップを感じはじめた人,一般的な話ではなくて,今目の前にいる患者さんにはどういった援助がよいのかという議論を求めるようになった人にはぴったりの本だと思います。

 患者さんとの関係に悩んでいる,悩みはじめた,自分のやっていることがうまく患者さんに届いていないなと感じている,やってもやってもうまくいかない,自分のやっていることが役に立っているのか疑問だ……そういった「悩み」は,いわば「プロフェッショナルとしての疑問」です。それが心にひっかかってきた人にとっては,手前味噌ですが,そこへの「答え」を与えてくれる,はじめての本だということができるでしょう。

 本書の執筆陣は臨床で糖尿病患者に触れている人ばかりです。臨床で悩む当人たちが発信しているから,そうした人たちの要望に応える内容にすることができたのだと思っています。

チーム医療の理想

――本書は事例編,解説編の2部構成ですが,特に事例編では医師,看護師,PT,栄養士と,臨床で活躍する援助者の「生の声」が収録されていると感じました。

石井 そうですね。そういう,臨床家たちに語ってもらったおかげで,もう1点,「チームとしてうまく力を発揮するにはどうしたらいいのか」というエッセンスに満ちた本になったとも感じています。

 1993年にジョスリン糖尿病センターに行った時,エンパワーメントについて学ぶと同時に,はじめて「チーム医療」という言葉の意味が理解できた,と感じました。その時感じた「チーム医療」のエッセンスが,この本にはあると思います。

――チーム医療ということは言われて久しいと思うのですが,ジョスリンのチーム医療はどのような点で優れていたのでしょうか。

石井 私はそれまで,日本ではチームといっても,とりあえず多職種が同じ会議に出席する,といった形だけを整えたものしか見たことがなかったのですが,ジョスリンでのチームは違いました。単に作業を分担するのではなく,多職種がお互いにその専門性を発揮して,いい影響を与え合うという関係性をつくっていたのですね。

 ジョスリンで私は,「本当のチームというのは,複数の人間が協力し,知恵を共有することによって,何倍もの力を発揮するものだ」ということがわかったんです。それは必ずしも職種の違いだけではなく,そのチームにいる個々人の考え方や持っているスキル,知識の組み合わせによって力が生み出されるということです。

 そういったチームは,患者さんへのかかわり以前に,医療職者個々のパワーを引き出す効果を持っています。たとえば個々人の「悩み」が,いろんな人の間で共有されることによって,「次の展開へのきっかけ」になることは少なくありません。1人で抱えていたままだと絶対に動かなかった状況が,チームが介在することによって打開できる。チームが個々のパワーを引き出すというのはそういうことです。

 本当のチーム医療というのはそういうものだと思うんです。本書の事例編にはそういった事例が豊富に収録されています。事例検討や執筆に加わってくれた10数人それぞれの「知恵」がつまった,文字通りの「知恵袋」となっていると思います。

■「日本版エンパワーメント」を育てていきたい

エンパワーメントの時代が来た!

――職種,あるいは援助者個人それぞれの,さまざまな考え方が収録されている中,本書に一貫しているのは「エンパワーメント」という方向性だと感じました。

石井 今回,この本の中軸であるケースディスカッションの収録は,本当に安心してできたな,という感じを持っています。それは,参加してくれた皆さんが,「どうサポートすれば,患者さんにうまく療養をやってもらえるようになるだろうか」という視座に常に立ってくれていたからだと思います。つまり,「教え込む」のではなく,「サポートをしていこう」という基本的な了解事項が参加者の間で共有できていたわけです。これは少し前までだったら考えられないことでした。ほんの10年前まで,医療者は「食べちゃ駄目!」としか言わなかったわけですから。

 この本で紹介されている患者さんへのアプローチは,その多くが短期的には劇的な効果を持つものではありません。けれど,少しずつ少しずつ患者さんの考え方が変わっていく中で,長いスパンでは必ず大きな効果が出る。そういった認識を参加者の間で共有できたことで,私はエンパワーメントが療養指導の中核になる時代がもうすぐそこまで来ていると実感しましたね。

エンパワーメントは普遍的な方法論

――エンパワーメントが療養指導の中核となるというお話でしたが,そうなっていくために乗り越えていかなければいけない課題,あるいは今後の展開についてお聞かせください。

石井 ジョスリンから帰国して,エンパワーメントということを提案しはじめてから,今に至るまでずっと同じ問いかけ,疑問が投げかけられ続けています。それは「エンパワーメントは欧米人のためのものであって,日本人には向かないのではないか」という議論です。

 しかし,それは偏見だと私は思っています。エンパワーメントは,一言でいうなら「その人が本来持っている力(健康な状態でありたい,という気持ち)が開化していく」ことを手伝う方法なのですから,そのことにアメリカも日本もないと思うのですね。

 たしかに,日本人は自己主張をしないとか,意見を言わないといった傾向が欧米人に比べてあるかもしれません。けれど,そのことはこれまでの医療者側のあり方を検証してからでないと,単なる国民性の問題として片づけてはいけないでしょう。

 「自分の意見を言わなかったのは,こちらが聞く姿勢を見せていなかったからなのではないか」と,一度は考えてみる必要があるのではないか。そして,実際に耳を傾けてみると,やはり患者さんには言いたいことがあったんだ,という経験は山ほどあります。患者さんにはいろんな思いがあり,「だから療養はやりたくないんだ」という理由,考えがあったわけです。

 そうした患者さんの考えを認めたうえで,もう一回,それが変わっていくことを援助するのがエンパワーメントだとすれば,これは国境を越えた,普遍的な方法ではないかと思っています。そのあたりをこの本で感じてほしいですね。

「日本版エンパワーメント」のために必要なこと

――ただ,石井先生はしばしば「日本版エンパワーメント」という言い方もされています。「日本版エンパワーメント」は,もとのものとは異なるのでしょうか?

石井 よい例えではないかもしれませんが,「自動車というのはフォードが開発したものだから,日本人には合わない」という人はいませんよね。欧米人が発明したものであっても,それを日本人は利用しています。これが普遍性ということです。

 一方で,やっぱり日本人に合わせて「日本車」を作りました。アメリカ車や欧州車は,日本の風土に合わないところがあったから,そのまま使うと不都合があったわけです。私が「日本版」というのはそういう意味です。

 エンパワーメント理論の中には,日本人に合わない要素はたしかにあります。しかし,だったら「その部分は修正すればいい」だけだと思うんです。本書の編集に協力してくれた皆さんはもちろんのこと,全国におられるであろう,糖尿病に真剣に取り組んでいる皆さんと協力して,そういう「日本版エンパワーメント」を作っていきたいと思っています。

――「日本版エンパワーメント」の今後の展開を期待します。最後に,日本版エンパワーメントを確立していくために今,必要なことは何でしょうか。

石井 実証的研究の積み重ねですね。海外ではDPPやUKPDS,あるいはミシガン糖尿病研究教育センターなどが実証的なデータを出しています。そこでは,エンパワーメントアプローチが,患者の血糖値や合併症発症率の低減,QOLの改善に有効であるということが明らかにされています。こういった研究を日本でもたくさん行なって,データを積み上げていく必要があるでしょう。8月にはエンパワーメントをテーマにしたセミナーも行ないます。今回の本をきっかけに,こうした取り組みの輪が全国に広がっていくことを願っています。

――本日はありがとうございました。




石井均氏
 天理よろづ相談所病院内分泌内科部長・栄養部長。1976年京大医学部卒業後,神戸中央市民病院勤務を経て現職。93年にジョスリン糖尿病センターに留学,アラン・ジェーコブソン氏,ウィリアム・ポランスキー氏らから「糖尿病の心理・社会的領域」を学び,帰国後,糖尿病患者への心理的アプローチに取り組む。主著に『糖尿病エンパワーメント』『糖尿病バーンアウト』(いずれも医歯薬出版・訳書)がある。