医学界新聞

 

これからの感染症対策を見据えて

第78回日本感染症学会開催


 第78回日本感染症学会が,砂川慶介会長(北里大)のもと,さる4月6-7日の両日,東京・文京区の東京ドームホテルにおいて,「社会の中の感染症-新たなる感染症対策を目指して」をテーマに開催された。

 感染症についての話題が社会的関心を集めている状況の中,1000名を超える参加者を集めた本学会は,話題の新興感染症についての他にも,薬剤耐性菌への対策,専門医制などについての議論もなされるなど,さまざまな角度からこれからの感染症対策が議論される場となった。


■新興感染症をテーマとした議論

抗インフルエンザ薬への耐性ウイルス

 シンポジウム「SARSとインフルエンザ」(座長=けいゆう病院 菅谷憲夫氏,東北大 渡辺彰氏)では,社会的な関心を集めている新興感染症について,5名の演者がそれぞれの立場から発言した。

 まず基礎研究の立場から河岡義裕氏(東大)がインフルエンザウイルスのオセルタミビル(商品名タミフル)耐性について講演。インフルエンザ初感染とみられる小児で,オセルタミビルを治療薬として投与したうち30%近くに,オセルタミビル耐性ウイルスが発生していると発表した。耐性化したウイルスが同様の病原性を持つかどうかは不明としている。この理由として氏は,初感染のため,治療薬を投与しても体内にウイルスが残存する期間が長いと考えられる点をあげ,このことから,新型ウイルスによってパンデミックが発生した場合,どの感染者にも抗体がないことから,治療にオセルタミビルを使用すれば,ある程度の確率で耐性ウイルスが発生する可能性があると指摘した。

強化サーベイランスの必要性

 SARS流行時に改めてその役割が見直された感染症疫学については,谷口清州氏(感染研)が「インフルエンザ対策におけるサーベイランス」というテーマで講演した。氏は,インフルエンザに対するオセルタミビルの使用という治療法において日本は世界をリードしているとしながら,サーベイランスにおいては必ずしもそうではないと指摘。現時点での鳥インフルエンザの状況については,「ヒト-ヒト感染は可能であるがきわめて効率が悪い」と説明する一方,実際に新型インフルエンザのパンデミックが起これば,初発から1か月ほどで1100万人ほどに伝播すると予想されると述べた。そのうえで,新型ウイルスの発生を早期に探知し,対策を講じるためにも,症候群からのアプローチやウイルス学的サーベイランスの強化などを視野に入れた「強化サーベイランス」を行なっていくべきと強調した。

 川名明彦氏(国際医療センター)は「SARSとインフルエンザ」と題し,最近話題となったこの2つの新興感染症の比較と同時流行への対応について述べた。特に同時流行への対応について氏は,インフルエンザ様症状を呈する患者の早期発見のための急性呼吸器症状サーベイランスの必要性をあげた他,急性呼吸器症状のある患者の診察にあたっては最近の旅行歴を聞き,必ず標準予防策と飛沫感染予防策の両方を実施する必要があるとした。

話題の感染症を総括

 岡部信彦氏(感染研)による特別講演「新たなる感染症の発生に対応して SARS」では,SARS,鳥インフルエンザについての話題を総括。まず2003年に流行したSARSについて流行の経緯を概説し,そのうえで得られた教訓として氏は,発生初期の段階では「症候群サーベイランス」(急性脳症など,病名ではなく症状を指標として報告)が非常に重要な意味を持つことと,感染拡大防止のための,医療者への感染防止教育の徹底をあげた。

 一方,SARSの経験があったこともあり,岡部氏がセンター長を務める感染研感染症情報センターは,鳥インフルエンザの発生時にもすばやく対応し,国民に向け情報発信もできたことを強調した。氏は,新型インフルエンザについて「気がついたら広まっていた」という事態を避け,少しでも早く対処しようと努力しているとし,新型インフルエンザパンデミックについての現状を「長めの導火線に火がついているような状態」と表現した。

 まとめにあたり氏は,感染症対策で大切なポイントとして個人の人権と公衆衛生のバランスをあげるとともに,新たな感染症が発生した場合は,症候群サーベイランスなどを通じて,正しい情報を集め,考え,新たなエビデンスを作っていくことが大切と指摘。今後の課題として,専門家の養成・配備,感染症教育の強化,医育機関を含めた各機関の連携強化,国際連携の強化,一般国民への情報提供を通じて感染症に対する理解をもとめることをあげるとともに,医療従事者には「現場に行くこと」が大切であると提言した。

■求められる新しい感染症医の役割

感染症専門医制度の見直し

 本学会理事長を務める木村哲氏(国際医療センター)による特別講演「感染症専門医の在り方」では,学会が定める感染症専門医認定制度の改正について,本学会会期中の総会において承認された新制度の説明がなされた。同学会事務局によれば,4月13日現在で感染症学会の会員数は7947名,そのうち専門医認定を受けている会員は783名にのぼっている。

 感染症学会専門医認定にはこれまで,内科もしくは小児科の専門医資格を有していることが必要であった。ところが実際に感染症学会会員にはそれ以外のバックグラウンドを持つ医師も多いことから,新制度では内科・小児科に限らず,「基本領域学会の認定医もしくは専門医であること」と規定された。外科系出身者などからも専門医を認定する構えだ。

 また,臨床経験の評価についても,従来は受け持ち感染症患者50症例のうち,25症例以上が入院患者で呼吸器,消化器,尿路,CNS,敗血症を各5例以上経験することが必須とされており,内科系が重視されていた。新制度では外科系のバックグラウンドをもつ会員にも配慮し,50症例の疾患に「偏りがないよう配慮すること」と規定されるにとどまった。

 氏は講演の中で,感染症教育の現状についても言及し,感染症関連講座・部を有する医育機関が現状で全体の2割程度しかないとのデータを呈示。卒前教育の場での感染症教育の扱いが不十分である点を指摘した。さらに卒後の生涯教育についても,現状は学会への参加の他には自主的に学ぶしかないとし,学会として学習カリキュラムの作成や教育施設・指導医の認定などを進め,教育体制の充実を図る考えを示した。

感染対策への国民の正しい理解を

 シンポジウム「感染症対策におけるパラダイムシフト-医療保険制度,医療評価・医療の質,医療経済の観点から」(座長=慶大 相川直樹氏,東北大 賀来満夫氏)では,現在の医療が抱える課題と感染症対策について議論された。

 この中で朝野和典氏(阪大)は,ICT(Infection Control Team)による病院感染対策の中心になるのは適切なトレーニングを受けたICN(Infection Control Nurse)であるとしたうえで,ICTの活動を実効性あるものにするためには,ICNへの権限委譲が重要であると指摘。氏は感染対策の課題として,(1)人的資源の確保,(2)権限の明文化・委譲,(3)費用負担の認定,(4)質的評価の確立,(5)効果の証明,(6)エビデンスに基づいた病院感染対策のためのガイドラインの作成をあげ,これまで「余分な負担」というイメージだった感染対策を,機能評価のひとつの指標と認識することが必要であると提言した。

 森兼啓太氏(感染研)は,院内感染サーベイランスについての日米の取り組みを紹介するとともに,一般国民と医療者の院内感染に対する意識のギャップについて指摘した。院内感染は複雑な要因が絡まって発生するもので,必ずしも医療者の不手際だけによるものではなく,患者要因が介在する以上,ゼロにすることはできないという医療者の認識に対して,一般国民の認識は「院内感染は発生するはずがないもの」というものであると説明。現実を正しく国民に理解させるための啓蒙が必要であり,そのためには院内感染発生の頻度などの情報開示が重要と訴えた。

 すべての演者を含めた議論でも,サーベイランスと情報開示についてがテーマとなった。木村哲氏が,介入の効果を実証するためのサーベイランスの重要性を指摘した一方,武澤純氏(名大)は,現状の人員では十分なサーベイランスの実施が難しいと発言。これに対して森兼氏は,現在は黎明期であるため,まずは効果を立証するためにサーベイランスを実施していくことが重要と強調。電子化や人件費などの問題は後から考えるべきとの考えを示した。

 また,武澤氏は「コストと成績を担保しなければ生き残れない」としたうえで,DPCの導入によって得られる病院の情報を積極的に「自分たちを見つめる鏡」として利用することの必要性を指摘。これを受けて松田晋哉氏(産業医大)は,DPCの導入に付随してかなり院内感染についてのデータは収集できており,分析も進んでいると説明。しかし,院内感染対策に対して一般国民の中で正しい方向性ができていない中で情報を公開することはできないとし,まずは国民に正しい認識を持ってもらうことの重要性を強調した。