医学界新聞

 

「第38回糖尿病学の進歩」開催


 厚生労働省の2002年の糖尿病実態調査によれば,糖尿病が強く疑われる有病者は約740万人,その可能性が否定できない予備軍(880万人)を加えると約1620万人である。これは前回調査(1997年)より約250万人の増加となっており,今後の高齢化社会を考慮すると,糖尿病の一次予防や糖尿病患者の慢性合併症の予防と管理がますます重要になることが予想される。
 このような折りに,日本糖尿病学会主催による教育講演会「第38回糖尿病学の進歩」が,名和田新氏(九州大学)の世話人のもとで,さる2月6-7日の両日,福岡市の福岡国際会議場・福岡サンパレスにおいて開催された。
 「ヘルシーエイジングをめざして:糖尿病の予防と合併症の克服」をメインテーマに掲げた今回の講演会では,「医師・研究者向け」に糖尿病の臨床ならびに臨床医として知っておくべき基礎研究の最新知見に関して16題の教育講演と3題のシンポジウム,「医師・コメディカル向け」に12題の教育講演と2題のシンポジウム,「コメディカル向け」に糖尿病療養指導の知識全般と患者指導について23題の教育講演と2題のシンポジウムの他,医師とコメディカルが自由に討論し合える6題の「Off Line Discussion」が企画された。


■糖尿病の成因:4つの視点から

 名和田氏の開会の挨拶に続いて,「糖尿病学の進歩(overview)」と題して教育講演を行なった春日雅人氏(神戸大学)は,前記の厚生労働省の報告に触れ,「同報告では合併症の中で神経症,網膜症,腎症が微増,心臓病ならびに脳卒中が増加していることを明らかにしている。すなわち,糖尿病患者の増加とともに,それに伴う合併症,なかでも大血管障害の増加が当面の課題であり,これらの予防法と治療法の開発がわが国において重要な課題と考えられる」と指摘した。
 次いで,「糖尿病の成因」について「1型糖尿病の発症機構」,「インスリン分泌機構」,「2型糖尿病の成因と遺伝子」,「インスリン抵抗性の分子機構」の4つの視点からの講演が行なわれた。

「劇症1型糖尿病の発症機構」

 1型糖尿病の発症機構については,花房俊昭氏(阪医大)が次のように報告した。
 1型糖尿病は,インスリン分泌細胞である膵β細胞が破壊されて発症するが,そのメカニズムは,「自己免疫(自己免疫性1型糖尿病)」とそれ以外の「特発性1型糖尿病」がある。前者は膵β細胞を標的とする免疫反応が起こり,細胞傷害性T細胞などが最終的なβ細胞破壊に関与し,血中の膵島関連自己抗体の存在が診断に有用である。
 また,後者の原因は不明だが,最近,超急性に進行する「劇症1型糖尿病」の存在が明らかになった。この病型は,初期症状として感冒様症状,腹部症状などが見られ,口渇,多飲,多尿などの高血糖症状の発現から数日でケトアシドーシス性昏睡に陥る。95%の患者において,膵島関連自己抗体は陰性で,膵外分泌酵素が上昇している。花房氏は,さらに妊婦に発症する1型糖尿病のほとんどがこのタイプであり,「劇症1型糖尿病は,治療開始が遅れれば患者の死に直結し,糖尿病専門医のみならず,すべての医療関係者が認識しておかねばならない疾患である」と強調した。

「2型糖尿病の成因と遺伝子」

 一方,高脂肪食・運動不足など生活習慣下で激増している「2型糖尿病の成因と遺伝子」については,門脇孝氏(東大)が,講演。氏らは,PPARγヘテロ欠損マウスが高脂肪食下における肥満・インスリン抵抗性惹起が野生型に比べて軽度であることから,PPARγ高脂肪食下でインスリン抵抗性を引き起こす鍵分子であることを明らかにした。そこでPPARγ拮抗薬は糖尿病治療薬になり得ると考え,モデル動物への投与によって,インスリン抵抗性・高血糖が改善することを確認した。
 次いで,肥満では脂肪細胞由来のアディポネクチンの発現・分泌が低下してインスリン抵抗性の原因となることを明らかにし,また全ゲノム解析によって,計9箇所の染色体領域に糖尿病感受性遺伝子座を同定した。そしてPPARγ拮抗薬と同様に,アディポネクチン補充は糖尿病根本的治療法になり得ると考え,モデル動物への投与実験によって,インスリン抵抗性・高血糖が改善されることを確認。さらに,アディポネクチンの受容体を単離・同定することに成功し,現在,アディポネクチン受容体作動薬の開発を行なっている。
 門脇氏は,以上の近年の研究成果を踏まえて,「今後は2型糖尿病の遺伝素因が明らかにされ,遺伝情報による糖尿病の易罹患性診断とそれに基づく効率的な1次予防,分子病態にあわせた最適な治療法の選択(テーラーメード医療),遺伝素因を標的とした画期的新薬の開発が可能となるであろう」と述べて講演を締めくくった。

■管理に工夫が必要な糖尿病のケース

医療者は「指導」よりも「サポート」を

 シンポジウム「特殊な管理を要する糖尿病」では,さまざまな背景を持つ糖尿病患者の管理法について議論された。
 吉松博信氏(大分大)は,肥満患者への対応について述べ,まず米国における糖尿病予防プログラム(Diabetes Prevention Program=DPP)について言及。氏は,非常に厳しい生活習慣指導が必要となる同プログラムを日常に使っていくのは困難としたうえで,患者の日常生活のすべてに介入することは不可能と指摘。患者が自己反省や評価に使う意味でのセルフモニタリングや,それぞれの患者が持つ問題点の抽出,肥満治療がストレスとなるのを防ぐマネジメント,体重減少や血糖値低下を知らせることなどといった,努力に対する「報酬」を与える工夫などを通じて,肥満症治療の医師・患者関係を,これまでの「教育・指導する医師に患者が従う」関係から「患者の自己管理を医療者がサポートする」関係へ変えていく必要性を示した。
 貴田嘉一氏(愛媛大)は,小児糖尿病をテーマに講演。氏は小児糖尿病の認知が進んでいる北欧諸国に比べ,日本では小児糖尿病の発生率こそ20-30分の1と少ないが,標準死亡比は7倍と高いことを紹介。これには小児糖尿病への理解が不足していることが障壁となっていると指摘し,プロフェッショナルによる啓蒙が必要と訴えた。治療については,強化療法の継続で合併症を減らすことができるとした一方,強化療法は低血糖を起こす率が高く,特に小児では低血糖が異常脳波を示す率を上げる要因にもなっていると指摘。低血糖をコントロールしながらきめ細かな治療を進めることの重要性を示した。また,小児の場合は心理的発達と自己管理の関係が重要と述べ,サマーキャンプなどを通じて,医療側のチームは医学的,心理的,社会的にサポートして行くことが必要であるとした。
 佐中眞由美氏(東京女子医大)は,妊娠糖尿病について発言。妊娠中の母体高血糖は胎児や新生児にも種々の合併症を引き起こすと指摘。妊娠中の糖尿病合併症の悪化を防ぐためには,妊娠前から,血糖値だけではなく,胎児に影響があるとされているケトン体の値にも注意しながら,インスリン量・食事量をコントロールする必要があると述べた。また,妊娠中期以降はインスリンを増量してコントロールすることも重要と指摘した。
 難波光義氏(兵庫医大)は,患者・医療者ともに努力しているにもかかわらず著しい低・高血糖を繰り返す「不安定型糖尿病」について述べ,その病因としては,内因性インスリン分泌の高度障害や,インスリン拮抗ホルモン分泌障害,自律神経障害,インスリン抗体の産生,過剰なスライディングスケール,食行動異常,精神的・社会的問題のそれぞれをあげた。氏は,特に夜間2-3時ごろに起こる低血糖を避けるようインスリンをコントロールすることが重要とし,CSII(持続皮下インスリン注入療法)の利用や,持効型アナログインスリンを併用した頻回分割注射法によって,至適な基礎インスリンを補償することが必要とした。また的確なSMBG(血糖自己測定)によって,無自覚性低血糖と過剰なスライディングスケールの回避を図ることも重要と指摘した。
 最後に大原毅氏(神戸大)が,糖尿病患者の周術期管理について発言。氏は,糖尿病患者の術前評価で特に重要なものとして,虚血性心疾患の評価と,クレアチニン・クリアランスの測定をあげるとともに,術前の血糖コントロールについては血糖値が200mg/dl以上で尿中ケトン陽性の場合は手術延期も考慮すべきとした。術中は頻回な血糖値のチェックとインスリンの投与によって血糖値をコントロールし,術後は食事開始とともにインスリン注射をはじめるとした。まとめとして氏は,周術期の管理には手術に関わるスタッフと糖尿病スタッフとの連携が重要であると強調した。