医学界新聞

 

会話分析(エスノメソドロジー)は臨床にいかに貢献するか

D.Maynard教授講演会から


 さる2月28日,東京大学山上会館(東京都文京区)において,D.Maynard教授講演会「悪いニュース&良いニュース:いかにしてニュースを届けるか」が開催された。D.Maynard氏(Wisconsin大学Madison校)は医療現場におけるエスノメソドロジー(会話分析)の第一人者であり,『医療現場の会話分析-悪いニュースをいかに伝えるか』(勁草書房,2004;Bad News, Good News, 2003.)の著者である。この日は指定発言者に橋本英樹氏(帝京大医学部),川名典子氏(聖路加国際病院・リエゾン看護師)を迎え,病名告知等の事例から医療現場でのコミュニケーション問題を考えるとともに,会話分析が医療になしうる貢献について話し合われた。


「悪いニュース」をいかに伝えるか

  医療現場では,しばしば医療者が患者に「悪いニュース」を伝えなければならない場面がある。その時生じる問題は,それを医療者が患者にいつ,どのように伝えるかということであり,患者がそれをどう受け入れ,実感するかということである。
 メイナード氏は冒頭にこのように述べ,また医学生や若い医師がいかに頻繁に患者家族に対して患者の死亡を告げる場面を経験しているかについてのデータを示しつつ,その際のよりよい「伝え方」ついて体系的に学ぶ機会が確保されてこなかったことを紹介した。

3つの方法

 では,こうした問題にどのように取り組めばよいのか。メイナード氏は会話分析の結果から,ニュースの伝え方によって患者側の「気づき」(realization)のあり方を高めることができるとしたうえで,医療現場でよく使われるニュースの伝え方を3つの分類で紹介した。
 1つはStalling「引き延ばし」であり,これは抽象的な言葉や,楽観的な言い回し,あるいは専門用語を駆使することによって,決定的な情報を与える場面を先送りする方法である。これはしばしば患者と医療者の間での誤解の原因となっている。
 2つ目はbeing blunt「ぶっきらぼうな言い方」であり,これは事実をあまりにも率直なやり方で告げるやり方である。この方法では,患者が医療者に対して恨みをいただいてしまうことがあり,感情的なコンフリクトの中で真に伝えるべき情報が伝わらなくなってしまうケースが少なくない。
 そして3つ目がforecasting「前兆」であり,メイナード氏はこの3つ目の方法を好ましい方法として推奨している。
 Forecastingには大きく2つの方法がある。1つは沈黙や,ちょっとした言葉などで,続く情報を相手に推測させるような言い方や態度をとること。もう1つはPDS(Perspective Display Sequence)という方法であり,患者の視点(パースペクティブ)に合わせて理解してもらう方法である。
 PDSは,例えば医療者から患者へ「あなたはどう思いますか」といった形で水を向け,その答えと診断結果,さらには医師の判断などが患者の中で結果的に一致を見るといった方法である。
 いずれの方法でも,Forecastingによって患者はニュースがやってくることを前もって知り,それへの準備を整えることができる。また,PDSを用いることによって,ニュースそのものが患者の見立てに基づいて作られたものとなり,ショックが軽減されることが考えられる。

会話分析の臨床における意味

 指定発言者の川名氏は,その臨床経験から医療現場における会話の重要性は強く認識しているとしたうえで,「起きている現象に対する認識を深めることと,現象を理解し解決することは異なる」と述べ,臨床に会話分析がどのように貢献するのかと問いかけた。
 一方,橋本氏は「会話はあまりにもありふれた“日常”と化しているために,研究対象として注目されることが少なかった」とし,その切り口をあざやかに浮かび上がらせる会話分析の手法への期待を述べた。一方で,会話分析が臨床にとっての「即効の万能薬」をもたらすなどという期待はすべきではなく,自分たちが現在「できていること」や「できていないこと」について,その理由や根拠を知る手だてとして,会話分析を取り入れてはどうかと提案した。
 メイナード氏は両者の主張に強く同意し,「患者の世界をいかに理解するかについて,研究者は決して特権的な位置にいるわけではなく,むしろ,医療現場の人が実際にどのように患者の世界を理解しているかを知ろうとするのが自分たちの研究である」と述べ,会話分析はそのためのツールであるとした。
 最後にメイナード氏は,研究の中で「こんにちは」「さようなら」「ありがとう」といった,常識的な会話が上手な医療者がよい医療者であると感じたと述べ,そうした「会話における常識」とは何かを明らかにしていくことに,会話分析はもっとも貢献できるだろうと述べ,講演をまとめた。