医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


医療界が抱える課題を,最も歴史ある学会で議論

新しい医療を拓く
藤原研司 編
柳田邦男 編集協力

《書 評》坪井栄孝(日本医師会会長)

 日本消化器病学会(藤原研司理事長)が,『新しい医療を拓く』と題したすばらしい書籍を出版した。日本消化器病学会は,日本医学会の傘下にあって,最も長い歴史のある老舗の学会であり,取り扱われる対象疾患の幅が広く,地域医療発展のために貢献度の高い学会である。今回,学会の企画によって出版されたこの本は,第89回日本消化器病学会総会の特別企画と特別講演の全記録を編集し,上梓されたものである。
 したがって,この書籍を完読すれば,第89回日本消化器病学会の全容を完璧に把握できるとともに,世界的な視野から見て,現在,消化器疾患に対して医療が抱えている医学的トピックスや社会医学的な課題と,それに対する多方面の学者からの論評が集積されており,近代消化器病学を知る絶好のガイドブックになっている。

バラエティに富んだ人選で「あるべき医療の姿」を議論

 例えば,特別企画として取り上げられている「直面する医療の課題を問う」という主題には,「あるべき医療の姿を構築するために」というサブタイトルが付いており,作家の柳田邦男氏と藤原研司理事長がコーディネーターを務めている。医学会のシンポジウムに柳田氏のような実地医療とは直接関係のない方が起用されているのは,シンポジストの顔ぶれを見ると納得がいく。
 東海大学の黒川清教授と厚生労働省からの新木一弘室長は専門分野からの出演であるので当然の人選として,司法界から前田順司判事,NPOの辻本好子さんやNHKの迫田朋子さんといった一般市民サイドから医療問題を捉え,積極的に発言をしてきている方々が顔を揃えている。しかも,1人ひとりが講演をするのでなく,いきなりディスカッションからはじまっているところが何とも斬新な企画であり,柳田氏のような作家の司会がまさに当たり役となって現れている。
 読んでいて臨場感があり,非常に興味がそそられる構成である。もちろん,内容は言うまでもなく,今の医療界が抱えている恥部を掘り起こし,その改善策を提言しているのであるから,日常診療の合間に読みこなすに絶好の教本である。

医療における重要テーマが語られる

 それと同じように,「ICD-10-消化器疾患の立場から」と題した特別企画も読み応えのある力作である。「ICD-10とは何か」の解説にはじまり,実地医療にICD-10分類を採用した時の臨床的意義と問題点が,専門疾患別の研究者によって発表されている。現在,世界的に医療の質の評価のためいろいろな定規が提案され,実務に採用されようとしているが,今後わが国がどの疾患分類によって医療の質の向上を図っていくのかは,国民にとってもたいへん重要な課題であり,消化器疾患を対象としてICD-10疾患分類の意義をこの学会でクリアしようとする意欲がうかがわれる。
 特別企画としての「新しい医療技術と生命倫理」は,遺伝子治療,ロボット手術,再生医療,細胞治療,移植医療という急速に発展してきた先端医療技術を,その発展の陰で支柱となっている生命倫理との整合という難事業をどう解決すればいいのか,特に先端医療技術を手がけている若い医学者にぜひ心に留めてほしい医の倫理の問題である。世界医師会において,ヘルシンキ宣言の取り扱いについて日本医師会が積極的に主導的立場をとり,いやしくも先端医療技術が生命の尊厳を無視したような暴走をしないよう主張し続けているが,国内においてもこのようなディスカッションの場がさらに拡がり,高い倫理観のもとで日本の医療が向上していくことを渇望している1人である。
 そのほか,特別講演として「富の医療,貧困の医療」,「医療人類学の視点から」,「患者の安全-医療の現状と課題」と,いずれもすばらしい企画が掲載されているが,紙面の都合上,題名を紹介するにとどめる。若い医学者に必読を切望する本である。
B5・頁176 定価(本体2,000円+税)医学書院


腎疾患に関連する合併症の総合的な理解から生まれた実践書

腎機能障害患者の循環器病マネジメント
島本和明 編
浦 信行,土橋和文 編集協力

《書 評》伊藤貞嘉(東北大教授・分子血管病態学)

 最近,医学書院から出版された『腎機能障害患者の循環器病マネジメント』は,札幌医科大学第二内科教授・島本和明先生のチームが執筆されたユニークな著書である。島本教授の教室は,循環器疾患,腎臓疾患および糖尿病を含む代謝疾患の臨床と研究に優れた業績を上げている。

増加する腎疾患と循環器疾患の合併症例

 「序」にも述べられているが,人口の高齢化や糖尿病患者の増加により循環器疾患と腎不全を合併する症例は増加の一途をたどっている。循環器と腎臓の病態生理にはお互いに密接な関連があるので,実際の臨床においては,循環器病または腎臓疾患単独の理解では不十分であり,両者の関連を理解したうえでの総合的なアプローチが必要となる。本書はこのような観点から書かれた数少ない著書の1つである。循環器病,腎臓病および糖尿病のすべてを扱っている教室だからこそ,このような特徴のある著書が完成され,かつ,その内容がかなり実際的になったと考えられる。

臨床現場ですぐに役立つ本編と工夫された特徴ある付録

 第I章は「病態生理をふまえた患者マネジメント」と題して,腎機能障害患者における,循環器疾患の病態生理と治療を簡潔に解説している。平易な表現で無駄がない。第II章は「臨床における患者マネジメントの実際」と題して,症例を提示している。各症例において,実際の臨床的判断やそれに至る根拠が述べられている。腎不全患者における冠動脈疾患,弁疾患や不整脈の特徴,治療の注意点が実際的に記述されている。すぐに実際の臨床に役立つ内容である。第III章は「Key Note」としてトピックスがまとめられている。造影剤や外科治療,周術期管理の問題などが簡潔にまとめられており,どれも臨床に直接有用なものである。
 付録もすばらしい。循環器ならびに関連薬剤の代謝,透析性や腎不全患者での使用上の留意点などが一覧表にまとめられていて,わかりやすい。さらに,輸液製剤の組成や,循環器病薬の静脈投与のマニュアルから,関連学会や製薬企業のホームページアドレスまで掲載されている。
 本書の構成はそれぞれ関連しているけれども独立した内容の章から成り,どこから読んでも理解できる。写真や図表もふんだんに使用されており,非常に工夫されているのがよくわかる。
 以上,本書は今後ますます増加する疾患,すなわち,腎機能障害患者の循環器疾患に焦点を当てたユニークな著書である。循環器や腎臓専門医はもとより,それらをめざす内科研修医や実地医家にご一読することをお勧めする。
B5・頁232 定価(本体5,200円+税)医学書院


日々の倫理的課題に「見解」を出していくために

臨床倫理学入門
福井次矢,浅井 篤,大西基喜 編

《書 評》小島恭子(北里大学病院看護部長)

実践のそばにある倫理学

 「“倫理”を意識しないで病院業務を終える日はない」。医師である本書の編者の序文にまず“看護職者もしかり”と,同感の気持ちを持たされる。患者の最も身近にいる看護職者も,“倫理”に直面し,倫理を意識しつつ,看護業務を遂行している。
 編者は,臨床倫理学を実際の臨床現場の問題を扱う実践的な応用倫理学として位置づけ,医療におけるよりよい倫理的意思決定を模索し,よりよい結果を出すための分野であり,実際に役立つものでなければならない,と述べている。
 本書の基本的なスタイルは,冒頭にまず倫理的な判断を迫られるケースを取り上げ,どのような選択が最も好ましいかを検討し,その項目の著者らが倫理的に適切と考える決断や判断をその根拠とともに解説している。また,主要な論文や最新のデータ,他国の歴史的な症例や裁判の論点,判例等も紹介してあり,本書で取り上げられたような症例を検討する時の参考になる。
 臨床現場では,このような場合は,どのようなふうに考えれば良いのだろうか?としばしば疑問に突き当たる。このような時,提示されている事例に近い場合,その見解が参考になる。示された見解の根拠をたどり,自らの事例と照らし合わせ,倫理的な考察を深めることができる。

倫理的課題に1つひとつ「見解」を示す

 本書では,医師患者関係,守秘義務,インフォームドコンセント,臓器移植,遺伝子診断,医療資源の配分,終末期医療といった,日常よく遭遇するケースが提示されており,従来から解答を出すのが困難と言われている課題についても,筆者らの立場から見解が明確に述べられているのが最大の特徴である。“見解を明確に述べる”ことは,生命倫理学,医の倫理,および臨床の倫理的実践等の諸側面において造詣が深くなければ,なかなかたどりつけない苦しさがあり,勇気のいることだと体験している。その点において,本書の著者らの力量に敬服する次第である。
 最終章では,エシックス・ケース・カンファレンスの実際が掲載されている。筆者の病院でも,看護倫理を検討するためのシステム化を実施し,多くの倫理事例の検討を行なってきているが,1回の検討では,結局見解が導き出されないまま終わる事例もある。あるいは引き続き,何らかの見解を再度探し求める課題が残る検討事例も少なくない。
 そういった倫理事例の検討会の進め方においても,本書に掲載されたカンファレンスを読むと,それなりの見解を導き出しながら,進めていく様子がよくわかる。このことは読者が実際に検討を進める時の参考になるだろう。
 臨床におけるよりよい倫理的実践を支えてくれる力強い一冊として,本書を推薦する次第である。
A5・頁320 定価(本体2,800円+税)医学書院


「根拠に基づく健康政策」の基本は「地域診断」にある

根拠に基づく健康政策のすすめ方
政策疫学の理論と実際

Robert A. Spasoff 著
上畑鉄之丞 監訳
水嶋春朔,望月友美子,中山健夫 訳者代表

《書 評》篠原芳恵(徳島県鴨島保健所健康増進課健康対策係技術主任)

2冊の赤い本

 本書は,既刊『地域診断のすすめ方 根拠に基づく健康政策の基盤』(水嶋春朔著,医学書院,2000)の原書でもあり,続編でもあると思いました。
 私は,2年前の2001年9月に旧国立公衆衛生院の公衆栄養コースで1か月間の研修を受けました。そのとき出会ったのが,本書の訳者の諸先生方と2冊の赤い本『予防医学のストラテジー 生活習慣病対策と健康増進』(Geoffrey Rose著,曽田研二,田中平三監訳,医学書院,1998)と『地域診断のすすめ方』でした。先生方に教えていただいたことと,この2冊の赤い本との出会いは私にとって「感動」でした。
 その後,水嶋先生には徳島県での研修会(糖尿病に関する地域診断)でもお世話になりましたが,それまで悩んでいたことが一歩一歩解決されていくのが自分でもよくわかりました。それまでの悩みの内容は,「根拠に基づく健康政策」の基本が「地域診断」だということを理解できていなかったことによるものだと気がついたのです。

実践から出た疑問にも答え

 このように,地域診断や政策サイクルのことが少しずつわかってきて,評価をどうするか,次にどう進めるか,ということを考えて保健所での実際の事業を考案,実施するようになりました。つたないながら,2年間このように進めてきた結果,まわりの理解がたいへん得られたように思います。しかし,実際の仕事に携わる中でまた新たな疑問が生じてきたのも事実です。地域診断のためのデータをどのように集め(既存のデータがあるかないか,どこを探せばいいのか),どう活用していくか,評価指標はどうするか,など数多くの新たな疑問の中で本書と出会えました。とてもタイムリーによい本に巡り会えたと思います。疫学的に難解な部分も多々ありましたが,実践に即役立ちそうな,第6,7,8章の政策の選択→実施→評価のくだりは,早く次のページが読みたくて,ページをめくる手ももどかしく……,という感じで読みました。
 これからも,本書と『地域診断のすすめ方』は,実践の現場で「根拠に基づく健康づくり」に携わっている人間にとって,バイブルとなるのではないかと思います。地域診断を恒常的に進めていくには,データバンク機能を持った(あるいは,持つべき)保健所や衛生研究所,行政が大学などと連携し,疫学の専門家である先生方と一緒に,「政策サイクル」にのせていくことが重要だと思われます。このことも本書及び『地域診断のすすめ方』の双方にわかりやすく,また深く書かれていたことです。
 最近,県の研修で政策法務講座を受講する機会があり,地域診断の結果をまさに自治体の政策に反映させていく過程をシミュレーションする演習を体験できました。行政職として,これまでこういうことを考えて仕事をしてきただろうかと深く反省し,「根拠に基づく健康政策」の原点は,「地域診断」にあるということを,改めて認識できたように思います。
 唯一残念だったのは,本書が訳本だということです。難解なことが,英語の並びで表現されているので,理解に苦しむ部分,もう1つすっきりわからない部分が,特に第1部の疫学手法に関する解説で多かったと思います。『予防医学のストラテジー(訳書)』のエッセンスが『地域診断のすすめ方』でわかりやすく解説されていたように,本書『根拠に基づく健康政策のすすめ方(訳書)』のエッセンスをわかりやすく解説した実践書の出版を切に希望します。
A5・頁320 定価(本体3,500円+税)医学書院


研修医が救急医療を学ぶ時代を支える良書

問題解決型救急初期診療
田中和豊 著

《書 評》堀 進悟(慶應大助教授・救急医学)

 日本中で,研修医が救急医療を学ぶ時代になった。この研修には救急室(ER)での診療が最も有効であるが,質を維持するには適切な指導者に加えて,よい教科書が必要である。残念なことに,日本には救急医学のよい教科書が少なかった。

救急医学の本来の視点

 『問題解決型救急初期診療』はいくつかの点でユニークな教科書である。著者が若く記載が明解なこと,分担執筆でないこと,ER診療に必要な思考過程に主眼を置いたこと,常に総論と各論を意識して記載したこと,などである。著者は日本で外科系研修を受けた後に米国で内科専門医となり,さらに日本で救急医療に専念する経歴を有するが,明らかにその臨床経験が,この本の随所ににじみ出ている。
 例えば「本来,救命救急医学とはprimary careの補充であるべきもの」と,あっさりと述べている。内科(急病)にも外科(外傷)にも偏らず,内容のレベルが高い。Digoxin中毒は血中濃度ではなく症状を重視すること,と述べた同じ視点で,別の項では四肢外傷の手術適応を述べ,さらにまれなcommotio cordis(非成人の胸部への鈍的外傷による心室細動)を紹介する。英語表現になじむこともできる。この著者の手にかかると,脳脊髄液と関節貯留液の所見が同じレベルにみえてくる。そして,わかりやすく頭に入る。

各論がいつも総論にフィードバックされる工夫

 イントロダクションでは診療の基本を述べ,その中に疫学のみならず哲学も含まれる。すなわちartを伝える努力が行なわれ,また患者教育や予防,コンサルテーションの項目がある。続いて症状編では,症候解析(総論)の後に,25の症状のマネージメント(各論)が述べられ,外傷編では,創傷処置,整形外科外傷(総論)の後に,他の外傷各論が記載されている。すなわち,総論,各論を適切に配置し,個々の傷病へのアプローチが,いつも総論にフィードバックされるように教育的配慮が行なわれている。救命・救急編では蘇生,ショック,中毒,環境障害などについて述べ,さらに付録では,勉強方法や推薦図書,法的事項や医学倫理までが含まれている。
 ER研修を行なう研修医のみならず,救急医療に関わるすべての医師に,この本を薦めたい。この著者は,ERの新しい教科書を作り上げることに成功した。
B6変・頁512 定価(本体4,800円+税)医学書院